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辯解  作者: 千東風子


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1/6

いち

辯解=弁解です。

「憧憬」、「夢幻」の続きです。

あらすじをご確認ください。m(_ _)m


誤字訂正しました。

誤字報告ありがとうございました。


 

 懺悔をしよう。

 いや、言い繕っても仕方ない。ただの言い訳、自己弁護、辯解べんかいだ。


 妻を守ると誓った夫たる自分が、一番妻の心に傷を残した理由、それは甘えだろう。


 妻ならば分かってくれている。

 驚いても喜んで受け入れてくれるはず。


 言葉にも態度にも示していないのに、ましてや寝所を共にするどころか、口付けさえもしたことがないのに。

 妻ならば自分の愛情を分かっているだろうという、根拠のない自信が自分にはあった。


 それが、愛する妻を絶望に叩き落とし、二年も見失うこととなった、全ての原因。







 初めて会った時、自分は十六で、妻は十だった。


 我が国は三国と海に接している。

 三国とも綱渡りのような交渉がひっきりなしに行われ、辛うじて戦端が開かれてはいないという小康状態。

 それがここ五十年の話である。

 山も川も海も平原もある我が国は、三国からすれば宝の山に座っているように見えるらしく、光に群がる羽虫のように寄って来ては、少しでも奪い取ろうとちょっかいをかけてくる。


 我がルーセンベリ領は、隣国との境に位置する辺境のひとつ。隣国との間には国境ともなる深い谷が横たわり、谷底には人外が這っている。

 この谷の向こうの国は、隣接する三国でも一番厄介な国だ。

 非常に好戦的なこの国は、何かとあれば我が国をさも『本当は自分の物なのに』というツラの皮の厚さで兵を向けてくるのである。


 我が国が我が国であるために、長年、軍事力と経済力、そして外交力をもって三国を牽制してきた。


 谷からは人外が、その向こうから隣国の軍隊がやってくるのを迎え撃つのが、このルーセンベリ領の存在意義だ。


 人外は人から外れたもの、闇に落ちた元人間。人は死する時に闇に落ちると、自我を無くして輪廻から外れ、腐る体を引きずって目の前の生き物を襲うようになる。

 生き返らせることも魂を元に戻すことももう出来ない。

 対峙すれば、ただ人外をほうむるかこちらが死ぬかのみ。


 祖父の時代にこの谷から人外が溢れ、ルーセンベリ領の果ての町アンバイタスを襲った。

 町は半壊し、たくさんの民が命を落としたが、被害はそこで食い止められた。

 他でもない、アンバイタスからの命がけの知らせが届くや否や、祖父がすぐさま出陣したからである。

 祖父は辺境伯の歴史の中でも指折りの猛者もさで、休まずにアンバイタスへ駆けつけて人外をなぎ払い、その勢いのまま隣国側の辺境をも制圧した。


 谷底で這っている人外が谷から溢れた理由が隣国にあったからである。


 隣国はその数年で政変から内乱が続き、力なき民の多くが命を落としていた。そこに加えて不作が続き、民の絶望は計り知れなかった。絶望の中死んでいった者たちが谷に這い、積み重なり、遂には溢れ出てきたのである。


 細かく分裂していた隣国は、国境を越えて進軍してきた祖父を迎え撃つ力もなく、領土割譲の代わりに莫大な償金しょうきんを我が国に分割で支払うことになった。祖父の進軍によって隣国の王族は系譜を変えざるを得なくなり、内乱は終結した。


 それを今でも逆恨みもしているこの国との外交は、水面下で激しいものがある。

 戦端を開かぬよう、交渉という武器を持って戦う外交官たちは、表に出てくることはあまりないが、この国にとって英雄である。


 やがて祖父が引退し、父が辺境伯を引き継いだが、父は弱くはないが祖父と比べられてしまえば、国からも領民からも頼りなく映ったのだろう。王家や領民と良い関係が築けたとは言えぬまま、父は若くして引退した。


 自分が辺境伯を継いだのは十六歳の時だった。


 父のとも母のとも色の違う髪と目の色は、祖父と同じ色。容貌も辺境伯と言うよりは文官と見られる父よりも祖父に似ていると言われている。祖父母は小さい頃の父と自分はそっくりだと言うが、いかんせん髪の色と目の色が祖父と同じであるため、若々しい祖父と出かけると、祖父が『父』であると見られることも度々あった程である。


 体格に恵まれた自分は剣の道に進んだ。

 祖父の再来として期待を受けていることは感じていたが、この地が平和を保ち続けたのは、祖父の睨みに加え、父の細やかな領地経営のたまものであると実感している身としては、とても複雑だ。


 父は、あまり長く自分が辺境伯の座にいると民の不満が溜まってしまうと言って、十年あまりで引退した。祖母が亡くなり、抜け殻のようになってしまった祖父から辺境伯を引き継いだ父は、祖父の補佐についていた時から人材を育てることに注力し、父の代でそれを完成させた。そしてそれらの全てを自分に引き継いだのである。


 ……当時も「あれ?」ってちょっと思ったが、今となっては丸投げされたと理解している。


 父は天才だ。

 非常に面倒くさがりの天才だ。

 世論を逆手にとって『皆が望む祖父の再来』である自分が年若くても領主として立てるように根回しという名のレールを敷き、見事に引いていった。

 自分に領主を引き継いだ時、父は四十一歳、母は三十四歳。

 やることはやった。財産も充分。解き放たれた父は非常に楽しそうに『余生』を過ごしている。晴れ晴れとした顔をして、あちらこちらへ旅行を楽しんでいるのだ。


 余談だが、父の母への溺愛は息子としては見ていられない程である。父母は引退してからすぐに年子で二人の子をもうけている。弟と妹だ。

 自分は蔑ろにされているわけではないが、四人で楽しそうにしているのを見ると、寂しく思ってしまうのは内緒だ。

 もう親に甘える時期は過ぎ、自分の肩にはこの国と領民の命がかかっているのだから。


 というワケで、十六歳で辺境伯を継いだ時、王都へ向かった。世間的には期待の新辺境伯、しかも未婚で婚約者もおらず、そんなに見た目も悪くないとくれば、縁談がわんさか来た。王に襲名の挨拶をした後は、しばらく結婚相手を探して、自分で選んだ嫁と一緒に帰って来てもいいとさえ父にも家臣にも言われていた。


 そもそも、この歳になっても本決まりの婚約者がいなかったのには理由がある。

 これも隣国が理由だ。

 外交でどうにもならないほど拗れた時、大きな戦争とならないように、隣国の辺境伯の長女と仮に婚約を結んでいたのである。仮なので公表はしていない。知っているのはごく一部の関係者のみだった。

 知らずに送られてくる釣書を丁寧に断りながら、自分の人生なのに、自分の妻でさえ国の思惑が絡み、いいように使われていると嫌になることもあった。


 しかし、それも白紙になった。

 外交の勝利である。

 隣国の辺境伯家と仮婚約などで担保しなくとも安定した外交ルートが築かれたため、自分の結婚相手は自分で選べることになったのだ。


 尽力してくれた外交官たちにとても感謝した。

 同時に、外交の、交渉の力とは途轍とてつもない武器であると認識した。


 王から、丁度その立役者であるベケネ子爵が一家で王宮に滞在していると聞き、ベケネ家の王の謁見に同席させてもらえることになった。

 ベケネ子爵家は外交を長く担う一家。これからも隣国を担当するベケネ家と顔を繋いでおけとの王の指示だ。

 共に来ている生き字引とも言える家令に聞けば、表だっての親交は控えていたが、父も祖父もしっかりとベケネ家との繋がりを大切にしていたという。

 外交は情報戦。どういった手札つながりを持っているかを隠すのがつねだという。


 この世の水面下は煩雑でぐちゃぐちゃだな、自分は剣を振っていた方が性に合うと思ったものだ。


 そして、出会った。


 十歳の妻は静かに父親と母親の間に立ち、王の前できちんと膝を折り礼(カーテシー)をした。


 妻が顔を上げた瞬間、光がはじけた。

 凜とした声で「ファビアン・ベケネの長女、メルルラーラでございます」と陛下に告げた眼差しも。


 自分に向けて欲しい。自分だけに向けて欲しい。


 木から落ちたような、足下が突然崩れたような、内臓がせり上がる浮遊感と共に胸が締め付けられた。


 美人局(ハニートラップ)に引っかからないように、閨教育もとうに済ませた成人男性の自分が、十歳の女児に墜ちた瞬間だった。


 この瞬間で本当に悩んだ。

 自分の性癖が子どもに向いているのではないかと思うと、有り体に言って自分に恐怖していたし、認めたくもなかったのだ。


 ベケネ子爵とはしっかり挨拶していたと、後から側に控えていた家令に聞いて安心したが、はっきり言って自分がどんな言動をしたか覚えていないくらい動揺していたのである。それが表情に出なかったのは父の教育のおかげだ。


 しかしまあ、陛下と子爵の微かな苦笑いは、きっと勘付いていたからだろう。

 だからこそ、五年後に他でもない自分に『王命』が下ったのだろうから。


 そんな自分の、この時の王都での婚活は言うまでもなく惨敗で。

 かといって十歳のメルルラーラに求婚する気概もなく。

 二十歳を迎えても婚約者どころか恋人もおらず、周囲からは『究極のヘタレ(童貞)』か『ストライクゾーンがピンホール』と、からかわれる始末。

 辺境伯領は荒くれどもが多い。皆、遠慮もなく口も悪い。……誰が童貞だ。ちょ、素人童貞って言うな! 脳筋どもめ!


 そんなふざけた空気を吹き飛ばす一報が舞い込んできたのは真夜中だった。


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