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だから、僕は、独りで今ここにいる


「あたしの用ってのがね、このでかい魚を仕留めることでさ。お、珍し。えらい大きな宝核石じゃないの。ラッキー。んーと、どこまで話したっけ?」


 イブさんはあの後、短剣のような刃の短い採取刀と呼ばれる刃物で先ほど首を切った砂竜(サンドドラゴン)の遺体をかっぴらき、素材を回収しているところだ。僕はそんなもの見たこともなくて、申し訳ないけれど直視できないと早々にリタイアし、イブさんとは真逆の方向を眺めていた。

 恐怖の対象である砂竜(サンドドラゴン)をでかい魚呼ばわりする人間を、僕はこの人以外に知らない。

 相変わらず憎々しいほどギラギラとしている太陽の光を受けてか、遠くがゆらゆらと実体を持たず揺れているような錯覚に陥る。


「イブさんが定期的にギルドの収入を経て、目的のない旅を続けている、までは聞きま、聞いたよ」

「あー、そうだ。そうそう。それでさ、楽して稼ぎたいなーって思って高額の高難易度の討伐依頼ばっかり受けてたらギルドの覚えもよくてね、立ち寄った街のギルドでよく個別に依頼されるって感じなわけよ。だからリオ、きみに会った……というよりか見つけた、だね。ってのは本当に偶然が何重にも折り重なった結果なんだよ。なんてったって、偶然いるはずのない魔物(モンスター)の目撃情報がギルドに転がり込んで来た直後に、あたしが偶然街に到着したわけだからね。そしてあたしは街に到着してすぐにここに来たんだ。きみは本当に運がいい」


 ぞっとした。僕が出発した時にはそんな情報、欠片も入っていなかった。

 そもそも車輪が埋もれて通れないこの地帯を避け、遠回りで割高ではあるものの安全なルートを通る馬車も竜車もあるのだ。わざわざここを通る者は少数だという話も聞いていた。

 そもそも話をしてくれた旅人のお兄さんは、この地帯を抜けて僕の目指す隣町から来ていたが、旅人としての装備を整えていたし、慣れていただろうし、なにより大人だった。

 僕は子どもで、さらに体力がさほどないと自覚していたのにも関わらず、話だけを聞いて装備すらまともに整えずに軽率に行動した大バカ者だ。本当に運が良かったとしか言えない。

 イブさんがいなければ今頃僕は、真後ろにいる砂竜(サンドドラゴン)のかっぴかれた腹の中から発見されていただろう。

 いや、すでに腹の中ですら存在していなかったかもしれない。


「……よぉし!素材回収完了。いいね、大量じゃないか。……?どうしたんだい?そんなに暗い顔してさ」

「……僕は、今自分の大バカさ加減に打ちのめされているんですよ……」


 膝を立ててそれを抱え込むように小さく座りながら、一人反省会だ。生きたいからと飛び出してきたくせに、なんて愚かな人間なんだろう、僕は。

 そんなウジウジしている僕の背を、また勢いよく背中をたたかれる。驚いて背筋がピンと伸びた。


「いいぞ、背筋が伸びてる。さっきも言っただろう?失敗は生かすものなんだ。忘れちゃいけない。失敗した数だけ成長できるんだよ、人間は。怖がるんじゃないよ、大丈夫。きみはまだ若いだろう?あれ、きみは何歳だ?そういえば名前以外何も知らないのにあたしは何を語っているんだろうね?」

「いい話で終わりそうだったのに自ら話の腰を折ってる……。えぇと、僕は……10歳です」

「なんだ、やっぱり親の庇護が必要な年齢だ。詳しくは聞かないけれど、きみは今、頼れる大人が近くにいるかい?」


 頼れる大人、そう問われて、思い浮かんだのは両親だった。けれど、もういない。

 思考を振り払って新たに思い浮かんだのは、失礼な世話係の男だった。敬語は使えないし、仮にも雇い主の息子である僕に対する態度があまりにもひどくて。

 父上にも母上にも訴えたけれど外面ばっかりはいいもので信じてもらえなくて、わめいて地団太を踏んだこともある。

 礼儀作法もマナーも常識も悪いこともいけない遊びも節操なく教えてくれた彼は、態度は悪かったけれど確かに僕のことを想っていてくれていて。僕もなんだかんだで使用人の中では一番彼になついていた。

 けれど、もう、いない。遠い、とても遠い国へ行ったのだと、本人以外の口から伝えられた時にはもうその痕跡すら残っていなかった。

 彼が消えてから、少なからず仲良くしていた使用人は、みんな辞めてしまった。引き留める間もなく。理由もわからず。


「……いません。だから、僕は、独りで今ここにいるんです」


 故人からの"生き抜いてね"という言葉は、目標とするにはあまりにも重すぎて、呪いのようだと思った。けれどその呪いのような言葉はどうしても守らなくてはいけないもので。

 それに、僕は僕の大切な人達が消えた色々な真実が知りたい。本人以外の口から伝えられた事柄は、どうしても信じきれなかった。

 たとえ真実がどうしようもないことだとしても、僕には知る権利がある。知らなくちゃいけない。

 でも僕は自覚している通り甘くて、大バカ者で、無知で、経験不足で、見通しだって持てない。

 だから、経験を積みたい。知識を得たい。自分でなんでも判断できるようになりたい。何通りでも未来の予想を立てられるようになりたい。強く、なりたい。

 今家に帰れば、僕は間違いなく始末される。思い通りになってやるものか。


「イブさん。僕を連れて行ってくれませんか?今は無理でも、お礼は絶対にします。強く、なります。だから、お願いです」


 立ち上がって深く頭を下げる。先ほどは勢い任せでお願いしたけれど、イブさんが本気ではなかったことなんてとっくに分かっていた。

 もし、もし目の前のこの人が、僕の願望通りお人よしなら、連れて行ってくれるんだろう。

 でもそれは僕の願望でしかなくて、甘い考えが通用しないなんて当たり前で。

 視界の端でイブさんが重心を右足に移し、腕を組んだのが見えた。表情は、見えない。


「……ねぇ、リオ。きみはあたしが何歳に見えるかい?」

「……はい?」


 だから、突拍子もなく投げかけられた問いの意味が、理解できなかった。少し顔を上げるとイブさんは真剣な顔をしていた。なんで?


「……二十三歳、とか……」


 自信がなくて、思っていたよりも小さい声になった。女性は若く見られたいと母上が常々言っていたのを覚えている。

 けれど、人生経験豊富そうだし強い彼女はもしかしたら僕が感じていた年齢よりも上かもしれない、と漠然と考えていた。その横で、疑問がグルグルと渦巻いていた。

 するとイブさんは顎に指をあてて考え込むそぶりを見せた後、考え込んだとは思えない軽い口調で言った。


「うーん、許容範囲!いいよ、連れてってあげる。ただしいいかい、あたしはそんな甘くないからね。嫌がろうがさっきみたいな解体も見せるよ」

「えっ……え?いいんですか……?」

「うん。あたしの初弟子かぁ」

「で、弟子……?」


 腕を組んで満足げに頷く姿を呆然と見る。 

 連れて行ってほしい、とはお願いした。この女性(ひと)に付いていけば、得るものは多いだろうと、学べることがたくさんあるだろうという思いは確かにあった。

 けれどそれは"見て盗め"とか、"見て学べ"といった感じで、まさかわざわざ教えてもらう機会を設けてもらえるなんて思わなかった。

 彼女にしてみれば僕はただのバカな行き倒れの男だ。それに、僕は自分の事情をほとんど話してない。得体の知れない怪しい人間だと自分でも思う。

 実力差は歴然としているので、例え僕がなにか不利益をたくらむ人間だったとしても、すぐに無力化されてしまうということが事実だとは分かっていても。

 連れていくだけでも全くメリットがない上に僕は足手まといだ。それなのに。

 だから、驚いたんだ。そして、困惑した。


「……あれ?もしかして、違ったかい?あたし、勘違いしてた?」


 あまりにも僕が変な顔で黙り込んでしまったためか、イブさんは急に自信を無くしたようにおずおずと聞いてきた。


「えぇと、あの、僕なんかが、弟子……それも初めての、になってもいいものか、と……。それに、僕は連れて行ってもらえるだけでもうれしいんです」

「……、!ハァ――っ!恥ずかし!ごめん、ごめんよ、あたし浮かれちゃっててさ、色々すっ飛ばしちゃってたよ。うん、ごめんごめん」


 急にしゃがみ込むとその手で顔を覆った彼女の耳は、赤く染まっていた。

 底の知れない人だと思っていたけれど、もしかしたら思っていたより親しみやすい女性(ひと)なのかもしれないと、場違いなことを思っていた。

 しばらくするとすくっと立ち上がり、一つため息をついたイブさんはふと悲しげな表情を浮かべ、視線を地面にずらした。耳はもう赤くはなかった。

 その意味が分からなくて戸惑っていると、ポツリと彼女は語りだした。


「あたしね、実を言うと……二十歳なわけ」

「えっ」


 本当に思わず、予想外で声が出た。十しか違わない。僕は十年後、彼女のように生きているのだろうか。

 悲しいことに全く想像すらできなかった。僕にはたどり着けそうもない領域だった。


「そのえっ、はそのえっ、だい?」

「いや、だって、考え方が達観しているというか、貫禄があるというか、強いし……」

「うんうん、考え方で年齢を当てようとした子は初めてだね。あたしってば老け顔らしくってさ。それがコンプレックスなわけ。きみくらいの子どもに声を掛けられるときなんて"ねえ、そこのおばさん"がザラなんだよ?"ババア"のときもあるし。お姉さん呼びだなんてそれこそSランク級のレアだね!」

「そ、そこまで…?」

「うん。だからね、嬉しくってさ。きみは素直そうだし、なんていうんだい?育て甲斐がありそう。知識も経験もないけど根性はありそうだし。それが理由さ。大したことない、なんて思うだろうけどね」


 伝説級のランクだった。

 大したことがない、なんて僕は言えない。コンプレックスというのはその本人にしかわからないし、立場が違えば他人のコンプレックスが羨ましくてたまらないと嫉妬してしまうことだってあり得るのだから。

 けれど確かに僕から見ればそんなに気になるほどでもないとは思う。決して言わないけれど。

 改めてイブさんの容姿をチラリと見る。肩口まである濃い灰色の髪は、いかにも一房ずつつまんでそのまま切りましたと言わんばかりで、お世辞にも綺麗に切り揃えたとは言えないけれど、不思議なほど似合っている。

 猫のような緑の目は、今は楽し気に吊り上がっていて。二十歳には申し訳ないけれどあまり見えなくて、やっぱりもう少し上に見える。でもどちらかというと容姿だけの問題ではなく……。


「イブさんの口調や仕草や考え方が少し年上に見える理由なんじゃ……」

「えーっ、今更直んないよ、そんなもん」



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