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これはお節介のアドバイスだよ



 情けないことに軽々と女性に担がれて到着した場所は、切り立った大きな岩山の影だった。

 ギラギラと輝いていた太陽は岩山に隠れ、どうしようもない暑さは随分と落ち着いている。

 

 ありがたいことに分けてもらった水と少しの食料で意識はもう随分とはっきりしている。

 倒れる前後の記憶は曖昧だったが、視界にこれほどまでの大きな岩山はなかったはずで。

 どれだけ背負われて移動したのだろうと不安になった。


「この度は、本当にありがとうございました。食料を分けて頂いただけでなく、涼しい場所に運んでくださるなんて……」


 まだ少しだるい身体を最大限に折り曲げてお礼をする。情けない恰好ではあるけれど、今は無視だ。目の前の女性は本当に、大げさではなく命の恩人なのだから。

 あのまま誰にも気づかれなければ僕は干からびて干物になっていただろう。


「いーよいーよ、堅っ苦しいお礼は。あたしもここに用があったんでね。少年くらいなら荷物にすらならんよ」

「で、でも、僕は本当に助かって……!お礼は、お礼できるものは、持っていないのですが……」


 フードを外し手を軽く振りながらカラカラと薄く笑う目の前の女性は、二十代半ばから後半くらいだろうか。

 肩口で揃えた……適当に揃えて切ったという表現がしっくりくる濃い灰色の髪を下ろしている。

 身に着けたローブの価値はよくわからないが、使い込まれていることと、丁寧に手入れをしているということは素人の僕でも分かった。

 旅人、だろうか。それともギルドで依頼を受けるハンターか。知識はある程度あっても素人の自分にわかるわけないかと早々に匙を投げた。

 僕程度では荷物にすらならないとは言うが、一番最初の印象とは真逆で、身長も百四十セントル(センチ)の僕より少し高いほど。見た目は華奢でどう考えても自分が大きい荷物だったということは分かる。

 身体強化の魔法が広く愛されていることは知っているが、僕の体重が小麦粉一袋……大体二十五キラーム(キロ)よりも重くなったと失礼な世話係に笑って担がれながら言われたのは、もう随分と前なのだ。さらに申し訳なくなった。


「うーん、あたしは盗賊じゃないし、ないって自己申告されたものを無理やりあるだろうと剥ぎ取る趣味もないんだ。」


 目の前の女性は、困ったように首を傾げて頬をかいていた。困らせている、それは十分に伝わってきたが気持ちが収まらない。

 父上には助けてもらった時には相応の対価をお礼として渡すものだと教わった。

 母上には感謝を忘れるような人間になってはいけないと諭された。

 けれど僕の持ち物と言えば、尽きた食料を入れていた小容量の魔法付与革鞄(マジックバッグ)と、八歳の誕生日に父上にもらった短剣、それに母上の形見のブローチ。

 家から勝手に持ち出した地図と、両親にプレゼントを買おうと貯めていたお金が少し入った魔法付与財布(マジックウォレット)。それと身にまとっているローブ。たったそれだけ。


 随分と先のことを考えずに飛び出してきたものだと乾いた笑いが出る。

 

 短剣とブローチは手放せない、手放したくない。僕のお守りだ。

 小容量の魔法付与革鞄(マジックバッグ)なんてそこかしこに流通してるし、魔法付与財布(マジックウォレット)だって商業ギルドに行けば比較的安価に手に入れられる。そもそもお金がなければ僕はもうどうしようもないのだけれど。

 地図なんて売ったところで銅貨一枚にもなりはしない。ローブの下の服は、見た目は地味だけれど素材はいいものだからそれなりの値段になるかもしれない。

 けれど、ローブの前をしっかり閉めているとはいえ、服なしローブのみで歩くには勇気が足りない。

 せめてお金があれば。他にお金になりそうなものを持って出ていれば。後悔しても遅いし、取りに帰るなんてしたくないし出来ない。

 もし魔物(モンスター)を狩るだけの力があれば素材を分ける、なんてこともできただろう。

 けれど僕はそんなことをしたこともないし、やったとしても僕か魔物(モンスター)のどちらかが見るも無残な消し炭になる未来が見える。

 

「気持ちだけ受け取っておくよ。年下にたかる趣味もないもんでね。大人は子供を助けるのが当たり前ってもんだよ、少年。素直に大人の厚意だと割り切りな」

「でも……」


 どうしようかとしかめっ面になりうんうんと唸っていた僕を見かねてか、少しだけ微笑んだ女性はそう言って勢いよく僕の髪を撫でた。撫でる、と言うよりかは髪をかき乱したと表現した方が近いようなやり方だったけれど。

 乱された黒髪が視界に入る。そっと戻す僕の姿を、目の前の女性は猫を思わせる緑色の目でじっと見ていた。

 しばらくすると彼女は思い出したかのように話し出した。


「……あとね、これはお節介のアドバイスだよ。聞かなくても別に構いはしないけどね」

「え?」

「持ってる高価な短剣はとにかくしまっときな。魔法付与革鞄(マジックバッグ)でもなんでもいい。すーぐ狙われちまうよ」


 腰に下げていた短剣を思い出し思わずローブ越しに触れる。硬く慣れ親しんだ形に触れ、気持ちが落ち着いた。

 きっと運んでもらった時に見えたか触れたかしたのだろう。つくづく僕は運がいい。

 助けてもらった上に少ない持ち物は全て手元に残っているのだから。


「それと言葉遣い。どう見たって庶民のあたしに対してえらく丁寧じゃないか。適当でいいよ。」

「でも、あなたは恩人で……」

「いらんいらん。丁寧な言葉遣いは商人か貴族って相場は決まってる。どれだけ丁寧な物言いがしたくても、街中以外は捨て置くのが賢明な判断さ。少年の、それも商人か貴族のような奴の一人旅なんて狙ってくださいと大声で発信しているようなもんだ。」

「は……う、うん、そうで、そうだ……難しいですね」


 年上の、それも命の恩人の女性にというのはなかなか難しい。物心ついた時からの意識はなかなか崩れないものだと身をもって知った。


「ハハ、なかなか難しいかな。少年には。そうだなぁ…使用人に言うように、というのを心がけてはどうさね」

「あぁ、それなら……、……、僕、使用人がいそうに見えます……?」


 今身に着けているローブは、失礼な世話係の男がいた最後の日に、使う日が来なければいいですけどね、と独り言だと誤魔化しながら置いていったもので、庶民が着ているものよりもよっぱど着古したような見た目の代物だ。

 家を出る時だって深くフードを被っていたら、新入りとはいえ雇っているメイドに浮浪児と間違えられて箒でたたき出されたほどだ。

 そこまでではないにしろ、普通の旅人に紛せていると思っていた。旅人は、持ち金が少ない者も多いと聞いていたから。


「それを聞くなら短剣のことにあたしが触れた時点で気付くべきだったよ。少年、きみは世間知らずで人を疑うことを知らないね。"高価な短剣"ってのを否定しなかった時点であたしが少年を殺して奪う、なんてこともありえたはずなのにね」

「それは……」

「全く、初対面で人を信用しすぎだよ。ま、行き倒れてる時点で危機管理はダメダメのダメダメだけど」

「……はい、本当に。その通り過ぎて……、あれ?」


 今僕は、ローブの前をしっかりと閉じている。中なんて見えない。僕が気を失っている間に持ち物を調べられていたなら可能性はあるけれど、そもそも意識のない人間の持ち物を勝手に洗いざらい調べていたらとてもじゃないが一緒にいても安全な人とは言い難い。

 そしてなにより。僕が短剣を持っているということには気づいても、それが高価なものとはなかなか分からないだろう。

 装飾は限りなく地味で、一見そこらの武器屋に売っている安物の短剣にしか見えないのだから。


「……あの。どうして、高価なものだと……?」


 僕は、"いい人"の皮を被った人間が、世の中には一定数いることをよく知っていた。身をもって学んだはずだった。なのに。

 助けてもらったからといって油断しすぎだ。迂闊だった。

 暑さのせいではない嫌な汗が背中を流れる。戦ったことなんてない。持っている一応の護身用の短剣ですら、触れたのは手入れのときだけだ。使えやしない。

 警戒心をようやく抱いて少し距離を取った僕を見て、女性はなぜか腹を抱えて大声で笑い始めた。


「そこでまた確信を得るようなことを言っちゃうなんて、疑う余地もない経験不足だね!運ぶときに触れた感じで短剣ってわかっただけで、実物は見ちゃいないよ」



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