挑戦者 若井 剛
若井は着々と実績を重ねていた。
彼の試合だけは、同団体のメンバーでは無く他の団体に行き有望株の格闘家と緊張感の高い試合をしていた。
猛田人脈を使い、平野がブッキングの実務を行うスキームで試合を組んでいた。
猛田は平野とは反りは合わないが、実務能力は凄いなと感じていた。
結果は上々で、デビューしてから1年5戦して4勝1敗。
内1勝は有名な100戦錬磨の格闘家で大金星ともいわれた。
若井の成長は平野から見ても、もちろん毎日コーチをしている猛田から見ても明らかに実力は上がっていた。
あと1~2年でもっと化ける。
そんな確かな感触があった。
そして、彼はある国内の格闘トーナメントでも優勝し一気に脚光を浴びていた。
若井はまだ若いが格闘人生は短いと思っていた。
その為、焦っているわけではないがチャンスがあればどんどん前に進みたいとの希望を持っていた。
そんなある日、ある日本のイベンターから世界戦タイトルマッチのオファーがあった。
ある日本のやり手のイベンターが無敵と呼ばれる最強の格闘家を日本のイベントに呼ぶことに成功したらしい。
そして強い相手と試合がしたい、アメリカの格闘チャンピオンが是非やりたいと申し出があった。
そんな中、若井に白羽の矢がたった。
リックが若井を選んだ理由はいくつかあった。
1.日本人選手でそれなりに評判がある相手であること。
2.強い相手でも正面から向かってくる選手である事
3.若井が、格闘家を謳わずプロレスラーを謳っており、異種格闘技っぽくなり
注目度が上がる事。(これはプロモータの目線)
そんなところ。
オファーのファイトマネーも商店街プロレスからすれば破格の値段であった。
懐事情の苦しい小さな団体にはとてもうれしい金額。
じつは、若井の前にめぼしい日本人にすべて声をかけたがすべて断れるか団体の長が許さず相手が見つからなかった。
そこで、団体、個人とも知名度は若干弱いが若井に白羽の矢が立った。
アメリカの選手の名前は、リック・パワー。
29歳で経験、体力、バランスがとれ脂が乗りきっている格闘家。
体もプロレスラーと比べても大きくボディビルダーの様なムキムキの体では無く、うっすら脂肪がのった柔らかい体でバランスがとれており、早い動き、トリッキーな動き、冷静な判断力、強靭な精神、完成された、寝技・打撃のコンビネーションを備えている。
そしていやらしいくらい勝利に貪欲で試合前の相手の分析も手を抜かない。
彼はデビュー10戦目くらいまでは、相手と互角な試合での勝利であったが最近の24戦は全て圧倒的な試合、3分間試合がもてば善戦と呼ばれていた。
まさに業界の化け物になっていた。
本来、これだけ無敗を続けると戦績に傷が付かないよう相手の足元をみて試合数を絞るのだがリックは違った。
これだけの強さを持ちながら、負けを恐れていない。
試合をするのが大好きで、できれば毎月でも試合をしたい。
なので、プロモータと契約する時も数多く試合をする事が条件だった。
今までに見たことにない全くの規格外。
噂によれば、試合終了後負けた相手が立つ事ができる状態であれば負けた選手をレフェリーが抱きしめ、3分以上の試合であれば無事に生きて試合を終える事ができたという意味で「コングラックレーション」と耳元で囁くそうである。
また、3分持たなかった場合は、「Good fight but under 3 minits」というらしいそもそも、試合終了時レフェリーの声が聞こえる状態であれば善戦。
だいたいが、失神か大けがですぐにドクターが駆け寄る始末。
レフェリーの声が聴ければ成功、「コングラッチレーション」と言われれば大成功。
日本の猛者も何人かアメリカに行って挑戦しており、もう国内には自らリックとやりたいという選手は居なくなっていた。
試合を見ても圧倒的。
まだ、実力が知れ渡る前はロシアの猛者が挑戦したが2分半で決着。
そして、自分に自信がある格闘家も意気揚々と挑戦したが撃沈。
ブラジリアン柔術のトップ、キックボクシングのトップと試合もしたが結果は同じ。
しかも、柔術の試合は柔術ルール、キックボクシングはキックボクシングルール。
勝ちにストイックなリックの事なので、リックが望んだルールでは無く、プロモータが勝手にハンデを付けた形だが、それを受け入れた上で、3分以内に決着し圧倒的な強さで相手を倒していた。
そのため、圧倒的な試合をするようになってからは、相手の選手は隠語で、ライオンの檻に入れられたウサギという意味を込め、”ラビット”と呼ばれるようになっていた。
それもあり強い選手も弱い印象となってしまう為、挑戦者がいなくなっていた。
そんな話があるなか、商店街プロレスのメンバーで集まり、リックの試合をみたが空恐ろしい存在。
格闘で名をはせた若井のコーチの猛田も次元が違うとうなっていた。
試合を受けたいという若井に、社長はのりのりであったが猛田は反対していた。
強い相手と早くやりたいという気持ちは痛いほどわかるが、相手が悪すぎる。
体格が二回り大きい。
それだけでも大きすぎるハンデだ。
、そして、スピードも現時点では若井よりはるかに速い。
経験も豊富。
そして試合まで準備期間が短い。
下手をすれば、再起できないくらいのダメージを食らう可能性もあった。
大事に育てている選手を、そんな簡単に危険な試合に出すわけにいかなかった。
猛田はやらせるならベストな状態でやらせたかった。
いつかやればいいとは思うが今ではない。 そう思っていた。
社長と、猛田の話し合いは続いた。
リック側からの回答期限が迫る中話し合いは続いていた。
基本的には若井はやりたいという意見だが、猛田の指示に従うとしていた。
社長は今回の試合の危険性をわかっておらず40%は勝てるんじゃないかと簡単に判断していたが猛田は冷静だった。
冷静に分析すれば勝つ確率40%どころか10%の割合で3分もつかというレベルである。
社長は全くピンと来ていない。
日本にいる格闘家全員がもっと言えばプロレスラーも含め全員が今に限っては誰もやりたいという人間はいない。
アメリカでも相手が怖がって見つからないというのが現状だった。
(実際はやりたいというメンバーはいて、全員挑戦したが無残なもので4分もったものがいなかった)
そんな話は日頃一緒に練習している、平野の耳にもはいっており、ビデオで最新10戦の試合をみていた。
若井が挑戦する事になったら少しでもいい練習台になれるよう必死で見ていた。
ビデオを見た平野は震え上がった「なんと恐ろしい選手・・・」パワー/スピード、次元が違う。
ある試合ではカウンターの膝一発で終わった試合もある、他には試合後ピクリとも動かない。
ある試合では腕ひしぎ逆十字を仕掛けられたが、腕のコントロール、パワー、スピードを組み合わせ余裕をもって外していた。
防御/攻め、穴がない。
そして、勝ちが決まるまでは荒々しくまた正確な攻撃。
また、寝技に入ったと思ったら4~5秒程度で関節を極め試合を終わらせることもあった。
その選手はギブアップする前に一瞬で腕を折られていた。
平野は総合格闘技で試合に出た経験は無いが動きのキレは良く分かった。
そのバランスに モハメド・カレリン 又は アレクサンダー・アリなどと呼ばれているのもうなずける。
なぜこれを見て、社長が危険と気づかないか!!半分怒りにもにた感情が走った。
平野はつくづく格闘家でなくてよかったと胸をなでおろしていた。
リックの戦績は全勝で、ここ10試合中3分持った試合は4試合。
内訳は3分2秒、4分59秒、3分40秒、3分17秒。
つまりレフェリーからコングラッチレーションと言われた選手は10試合中4人
しかも内3人はギリギリ3分台。
5分を目の前に負けた選手は、試合が終わった瞬間、勝ったのではと間違うほどの歓声を浴びていた。
(その選手は試合終了後、レフェリーに抱きかかえられた後、気を失いタンカで運ばれていたが・・・)
平野は若井に社長に呼び出されても受け入れないよう説得をしていた。
負けを記すのはいいが、再起不能になったら・・ っという思い。
やるならもう少しあとでと・・。