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おもてなしスープレックス  作者: わび わさび
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商店街プロレス



 過去にはゴールデン枠で放送されていたプロレス。

 根強い人気があるものの全盛期に比べれば観客動員数は過去に比べるまでもなく、会場も体育館での開催ができればいい方で少々大き目の会議室のような場所でかつてのスター選手ですら体をボロボロにしながら試合をしている。


 苦しい懐事情でありながらプロレスへの愛情、観客を楽しませるサービス精神で身を削りながら試合をするレスラー達には本当に敬意を表したい。


 そんなプロレス業界に「商店街プロレス」という団体がある。

 かつてバブル時代 東京にある大き目の商店街が数か所が集まって出資し合い各商店街のある地域で約4か月に一回お祭り程度に開催していた。


 団体旗揚げ当初は引退した大物レスラーを中心に7~8人を集め、1人2試合づつ行う等細々と開催していた。

 徐々にレスラーが集まるようになり小さくはあるが、レスラーも生え抜きが現れ、過去スター選手だった選手も合流などしそこそこの盛り上がりをみせ商店街以外からの出資もあり独立した団体となっていた。


 独立時、その他の団体名を付ける事も検討されたが団体の始まりを大事にする為商店街プロレスの名を遺す形となった。


 とはいえ今、懐事情は非常に苦しい。

 TOPレベルの2~3人はプロレスだけで食えたがそれ以外はみんな別の職業との掛け持ち、興行だけでは食べて行くことはできなかった。

 それぞれGYMで働いていたりしながら何とか食いつなぐのが現状だった。


 そんな団体に目立たないレスラーがいる。

 平野 直 年の頃は48歳、身長169cm 88kg独身、典型的なオジサン体系でおなかがポッコリ出ている。

 しかし、背中にしっかり筋肉がついて体は見た目以上には鍛えられており、体の基礎だけはしっかりしているレスラーだ。


 そして彼はマスクマン。

 額にかわいいワサビのマークを付けたマスクを被る、その名も「ピリリ ワサビ」。

 彼は試合出場は元より、企画、運営、団体対団体の交渉、選手のマネージ等目立たない仕事もこなし、儲からないが厳しい団体を支える為忙しい日々を送っている。


 両親はまだ健在で八百屋を営んでいる。

 未だに独身である事を心配しつつも、彼の職業を良く理解し、決して有名レスラーでもなんでもないが陰ながら応援をしていた。


 両親はプロレスがゴールデンのTV放送でやっていた全盛期を知っている。

 その為、平野がプロレスラーになってから「あんたは中々TVには出ないね」が口癖だった。

 平野が実家に寄って三人でTVを見ていると偶にプロレスラーがゲストで出たり、話題の中で試合が映るシーンになると、いつも「あんたはTVにはでないんかね。」

 そう言って、平野にプレッシャーをかけていた。


 そんな環境ではあるが、彼は彼の愛するプロレスと、自分を所属させてくれる団体への恩で

レスラーとして最低限の体を維持しプロレスを続けている。


 彼はジャーマンをはじめとする投げ技が得意で試合でも良く技を出していた。

 技のキレは悪くない。

 ただ、綺麗なジャーマンにこだわるあまり相手へのダメージが少ない。

 どちらかというと肩をつけスリーカウントをとるダメージの少ないジャーマン。


 彼も初めから効かないジャーマンを打っていたわけでは無い。

 先輩から教えを請い、綺麗なジャーマンを研究する中で彼は持ち上げてからスピード、高さをコントロールできるようになった。

 その過程で効かないジャーマンが出来上がっていった。

 そして、彼のジャーマンは綺麗な事と見栄えにこだわるあまりいつの間にかダメージを与えるジャーマンが出来なくなっていた。


 ただただ、彼の投げ技は相手にダメージを与えるというよりは見せる投げ技で綺麗な弧を描く。

 それが彼の持ち味であり、団体で重宝される技だった。


 とても見ごたえがあり、会場は沸く、試合も盛り上がる、そして相手レスラーのダメージが少ないことから、所属レスラーは彼を試合相手に選びたがっていた。

 そしてダメージが少ないそのスープレックスを親しみを込めて、「おもてなしスープレックス」とよばれており、投げられる選手は彼にバックを取られても恐怖感は無く安心して技を受けていた。


 しかし彼は目立たない・・。

 チャンピオンにもなれない、それどころかベルトをかけたタイトルマッチもこのキャリアで1度しかない。

 しかもそれは、タッグで元々の選手が怪我で出られなかった為、急遽組んで出た試合だった。


 彼もタイトルマッチというものをやりたくなかったわけではないし試合でTVにも出たかった。

 やはりプロレスを目指した頃は、前〇や高〇、〇州などに憧れかっこよくチャンピオンベルト

を巻き、自分を鼓舞したかった。


 しかし、48歳体力が落ちていく一方で、人気も特にあるわけでは無い彼は、プロレスラーになる

夢は叶えても試合でTVにでたりチャンピオンはおろか、タイトルマッチをする事など夢のまた夢となっていた。

 そしてあれよあれよの間に独身のまま50歳が目の前に迫ってきていた。


 彼は別に手を抜いてプロレスをしてきたわけではない。

 とにかく経営の苦しい団体に役立つために地味な役回りをコツコツと立ち回りながらプロレスをしてきた。


 そんな、平野は後輩や同僚の信頼も厚かった。

 引退前に、一度はネットやBSではあるが、業界で話題に上がるようなタイトルマッチの試合を組んでもらえるよう

 同僚や後輩が団体の社長にお願いした事もある。


 ただ、平野はなぜか社長には気に入られておらずここまで数度はベルトをかけた試合を組むチャンスがあったが、ことごとく社長が試合を壊していた。  

 48歳、もうあきらめていたし、団体の社長も彼はチャンピオンにならなくても悔いはないだろうと

勝手に考え、チャンスすらほとんど与えず、ずっとかませ犬的な試合を組んでいた。

 有望と称する社長お気に入りの若手にはバンバン、チャンスを与えてるにのにも拘わらず。


 そんなこんなで、両親にもいいとことろは何も見せられなかった。


 最近は、シェイプアップされた肉体を持つ格闘家が華々しく勝利をかざり自分の子供をリングに上げ

よき父、誇り高き父をアピール。

 そんなシーンを見るのがとても辛かった。


 息子をリングに上げインタビューに答える公私充実させている自分より若いレスラーや格闘家をテレビでみて、自分とのギャップに、自分とは関係のない世界と諦めていた。

 また、48歳で独身、自分は何なのだろうと思う事も多々あった。


 自分とのギャップに心が底の底まで沈む事がある。


 そんな平野ではあるが、今生活のために自分のポジションを必死に守り仕事をしている。

 

 独立して試合数が増え厳しくなる環境の中で、みんなでプロレスを続けられるよう、スープレックスは

ダメージを与えるよりしっかり両肩を付けてカウントを取るように工夫されているのである。

 これには「おもてなし」という名も伊達ではない。


 彼はどんなに打撃を与えられても、関節を仕掛けられても虎視眈々とバックをとっての

スープレックスを狙う。


 日々目の肥えたフアンを満足させる為、試合も激しさを増し体もしんどくなっている。

 しかしなんとかギリギリの線でトレーニング時間をキープしレスラーとしての体を保っていた。


 そんな日々が続き最近はそろそろ引退も考えていた。  

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