最終話 異世界で 仲間と共に 生きていく
「あれっ、スレイラ教授。明日お休みなんですね」
「ああ、明日ちょっとうちの子誕生日でさ、他にも色々あって……お休み頂いてまーす」
真夏の日差しが差し込んでいるのに、冷蔵造魔のおかげでひんやりと冷たい。
そんなトルキイバ魔導学園は造魔研究室。
数年前にマリノ教授が王都へ行って以来、自分の城となったこの部屋で……俺は今日も適当に時間を潰していた。
組織を畳む決意をした、十三年前のあの年末。
あれからあっという間に時は流れ、町も魔導学園もすっかり様変わりした。
「教授、いつも思いますけど……授業の準備とかってしなくていいんですか?」
「え? なんで? 授業って知ってる事話すだけじゃん」
「そういうもんですかねぇ」
「そういうもんだよ」
今や俺も、すっかり魔導学園で授業をする側になっていた。
准教授から出世したきっかけは数年前の事。
背中に前線基地を載せるための、超巨大造魔の完成と共に……
うちの妻であるローラさんが、国内最大級の造魔工廠となるここトルキイバの領主となった。
そして超大型造魔の運用、維持に関わるスペシャリストとして、俺の上司だったマリノ教授が王都の陸軍本部へと引っ張られていき。
その代わりとばかりに、俺が教授職を拝命する事になったのだ。
ここ十数年で、一気に技術革新が進みまくった造魔学。
その流れについていける学者が、まだまだ少なかったという事もあるが、多分大きいのはローラさんがトルキイバ領主になった事だろう。
領主の夫のうだつが上がらないと体裁が悪い、とかなんとか義理の兄に言われ……
その結果として、俺は暫定国家反逆者の要監視対象のまま、平民出の星と呼ばれるぐらいの棚ぼた大出世をする事になったのだった。
「あと、これ手紙届いてましたよ」
「おお、ありがとう」
「郵便受けぐらい自分で確認してください」
「もちろん、朝には見てるよ」
「昼にも見てください」
俺になんだか口うるさく小言を言う彼女は、トルキイバのホールデン男爵家の娘だ。
彼女の叔母であるクリス・ホールデンは、俺に造魔学のいろはを教えてくれた先輩だった。
しかし……初めてホムンクルスを作ったあの日が、もう十何年も前の事だとはとても思えないな。
「人生ってのはあっという間だねぇ……あ、王都からか」
ホールデンから受け取った手紙の裏には、フランク・マリノというサインが書かれていた。
封蝋をペーパーナイフで開けて手紙の束を取り出すと……折りたたまれたそれはびっちりと小さな文字で埋まっている。
普段の一枚で終わる季節のやり取りではない。
どうやら、王都で何かあったようだな。
「なるほどなるほど……あー、やっぱりそうなったかぁ……」
「教授、何かあったんですか?」
「いやね、王都のマリノ教授からの手紙で……今後製造する造魔は、全て基礎部の制約を外す事に決まったってさ」
「そうなんですか。まぁ別にいらないんじゃないですか、あんなの?」
制約というのは、俺とマリノ教授がかけた造魔への縛りだ。
造魔の自我発生を受けて、万が一にも造魔の暴走を防ぐようにと……色々と魔法陣に織り込んでおいたものだった。
その代表的なものに『造魔は人間以外の手で魔結晶を補充する事ができない』というものがある。
これはもしも造魔が知性を獲得した場合にも、人間に牙を剥かないようにするための縛りだ。
だが、そんな安全設計も虚しく……
今後は全ての製造手順でこういう縛りを外し、空いた基礎部に燃費向上のための機能を織り込むらしい。
「ホールデンもいらないと思う?」
「いりませんよ。もっと上の層にクラウニア軍規への服従命令が織り込まれてますし……それに……」
「誤作動を起こしても……だろ?」
「そうです、現在の造魔ではさしたる脅威にはなり得ません。そしてクラウニア軍人にとって、脅威になるぐらいの造魔を作るのが、これからの造魔学の目標だと思っています」
「ま、そういう考えもあるかもね……」
彼女のような、安全策を無駄だと切って捨てる考えも、別に理解はできなくもないのだ。
魔法使いは強すぎる。
町ひとつ分の大きさの超巨大造魔が反乱を起こしたところで、恐らくその鎮圧には一分もかからない事だろう。
ならば、軍が過剰に見える安全策ではなく、性能の向上にリソースを割きたいと考えるのは当然というわけだ。
技術者としては、正直勘弁してくれよって感じだけど……
まぁ、技術者は作る事が仕事、運用は軍の責任。
あんまり考え込んでいても、仕方のない事だ。
俺も技術者の時間はそろそろ終わりにして、明日に備えないとな。
「そんじゃまぁ、そろそろ帰るわ。戸締まり頼むね」
「わかりました」
俺は後の事を若手に任せて、誰にも捕まらないようにさっさと学校を出た。
もう二十年も通っている学園の門を抜けると、そこには護衛役のケンタウロスであるピクルスが待っていた。
二十年前から三周りぐらい大きくなった彼女に鞄を預け、トルキイバの町を歩く。
「坊っちゃん方は先にお帰りになられました」
「そっか、全員?」
「はい。ノア様は友人方と走ってどちらかへ、ラクス様はグローブを持っておられましたので野球の練習場かと、シオン様とフィル様はハヤシライスを食べに行くとか仰っていました」
「まぁ居残りして勉強なんてタマの子はいないか……」
最低限の成績は取らなきゃクビだった、平民出の俺の時とは違うだろうしな。
親が領主とはいえ、子供たちは結構のびのびやっていて……
長男のノアは演劇に、長女のラクスは野球に、十二歳の次男シオンと十一歳の三男フィルは食い気にと、趣味の道をひた走っているようだ。
まぁ、父親としては子供から「軍人になりたい!」なんて事を言われなくて一安心だが、母親のローラさんからすると、もう少しビシッとしてほしいらしい。
そんな事を考えていると、見慣れた顔が遠くからやって来て、凄いスピードで通り過ぎていった。
「あっ、ご主人様! ピクルスも! おっ疲れ様でーす!」
「おっ、カク……行っちゃったか……」
郵便部の、韋駄天の猫人カクラ。
シェンカーで未だ最速の彼女が走り去っていった路地を、俺はなんとなくじっと見つめた。
明日になれば、もうあいつらからご主人様と呼ばれる事もなくなるかと思うと、なかなか感慨深いところがある。
そういえば、俺についてくれているこの護衛当番も、今日が最後なんだっけか。
まぁ、前々から「別にいらないよ」ってチキンには伝えていたからな。
「ピクルスは明後日からはどこの現場行くの?」
「えーっと、明後日からは発送所で荷運びの仕事です」
「そっか、頑張ってね」
ピクルスとボンゴが冒険者を引退して始めた屋台は、結局いつの間にか自然消滅した。
というか、結婚したボンゴにいきなり三つ子が生まれ、それどころではなくなったのだ。
その後すぐピクルスにも子供が生まれ、今は二人とも子育てをしながら、マジカル・シェンカー・グループ内で割り当てられる仕事をこなして暮らしていた。
「そろそろピクルスの子供たちも、冒険者がやりたいとか言い始める頃じゃない?」
「というか、もう真似事のような事はしてますね……ご飯が足りないって言って外に獲りに行ってまして……」
「まぁ、いっぱい食うもんなぁ」
食事の事がなくたって、トルキイバ最強の冒険者ピクルスの伝説は有名なのだ。
話を聞いた彼女の子供たちが憧れたっておかしくない。
ボンゴのところの子供たちと一緒につるんでいるところを見た事もあるし……
親の代みたいにきちんと連携できれば、案外冒険者になってもしっかりやっていけるんじゃないだろうか。
「あ、そういやモイモに用事あったんだった。ちょっと双子座寄るわ」
「承知しました」
俺の作った劇場である双子座は、今も健在だ。
というかぶっちゃけ自惚れ抜きで、双子座は今や南部で一番有名な劇場かもしれない。
そうなったきっかけは十何年前、国立劇場にシェンカー歌劇団がお呼ばれした時の事だ。
田舎劇場の劇団が、国立で超マイナースポーツ野球の劇に挑む。
無茶な話だとは思うが、あの時のカリーヤ姫様はどういう宣伝を打ってくれたのか……
女子歌劇団は王都に大旋風を起こした……らしい。
俺は行った事ないからわかんないけど。
とにかくそれがきっかけで、女子歌劇団は大ウケして各地で真似をされる事になった。
そしてその発祥の地として、うちの劇場は有名になったってわけだ。
「最近劇は見に行ってる?」
「子供たちにせがまれて、人造怪獣ロンロン対黄金竜っていうのは見に行きましたけど……」
「あれは良かったよね~、新進気鋭の脚本家がわざわざ売り込んできてくれてさぁ……」
「うちの子達も大はしゃぎでしたよ」
まぁとにかく、うちの劇場事業は大成功だって事だ。
奴隷解放の話をしても、他所に移籍するなんていう役者は出なかったし……もうしばらくは安泰だろう。
「あれっ、そういやなんか火の玉団の制服着てる人が多いけど、今日試合あったっけ?」
「今日は学園とザルクド流の二軍の試合だったと思います」
「あー、二軍戦かぁ」
そして、その劇場に隣接する野球場事業はというと……
はっきり言ってこちらも大成功。
女子歌劇団と同じく野球文化はトルキイバに収まりきらず、今や全国的なムーブメントとなっていた。
そのきっかけも、やはりあの国立劇場で演られた劇だ。
とある北方の辺境伯家次期当主の、猛烈な後押しがあったとかなかったとかって話だが……
劇が流行った後に「ひとつこの遊びをやってみようじゃないか」という事で、王都の貴族がものの試しにと遊んでみたそうだ。
小さい広場で行われていたその遊びにはどんどん参加者が増え、チームができ、仮設グラウンドが作られ、あっという間にリーグができた。
そして王都で流行っているものは、地方にも流入していくもの。
王都だけではなく、各地方から貴族野球御作法の取り寄せがあり、野球場とチームが作られた。
となると、なんでも競いたがるこの国の貴族たちの事だ、どこのチームが一番強いのかという事が話の種になり……
その結果、毎年王都の大野球場で各地方の優勝球団を集めて、最終決戦が行われるようになった……らしい。
俺は行ったことないから知らないけど。
「ピクルスの子供たちは野球は興味ないの?」
「実際にやれないからって、あんまり興味がないみたいで……」
「まぁそっか。たしかにね」
半人半馬のケンタウルスはフィジカルが違いすぎて、チームスポーツに混ざる事ができないのだ。
「冬の双子座には興味あるみたいですけど」
「あれはお祭りだからなぁ」
貴族リーグほどではないが、各地の町でそこそこ盛り上がっている平民リーグの野球……
そちらでも貴族リーグと同じように最終決戦を開き、クラウニア最強の球団を決めようという流れになるのは必然だった。
そしてその最終決戦地として、野球発祥の地であるうちの球場が手を挙げたのだ。
決戦の名は、冬の双子座。
これは野球の盛んな各町から集まった代表球団が、総当たりで戦い優勝を決めるというもの。
言わば前世の高校野球選手権のようなものだ。
今や冬の風物詩となったそれは、トルキイバ最大のお祭りとして毎年大変な盛り上がりようとなっていた。
このイベントの運営も、今やマジカル・シェンカー・グループの大きな収入源だ。
「あれも始める時は球場改築して、でっかい宿舎作って、大変だったなぁ」
「チキンさんは、冒険者組の次の雇用が作れるって喜んでましたけど」
「まぁ、ダンジョンも落ち着いちゃって、特区との契約も終わったしな」
この十三年で、組織も色々と整理はつけてきたつもりだ。
俺やチキンたち管理職は、マジカル・シェンカー・グループから人が一気に抜けた場合の事を考え、組織が機能不全を起こすのを防ぐため、できる限りの準備を行った。
マンパワーの必要な仕事は長期で受けるのをやめ、属人的な仕事をできる限り減らした。
そして管理職組や俺で一人一人への面談を行って、残る者と去る者をきちんと仕分けしたのだ。
これも全ては残せる事業をなるべく残し、雇用の受け口を確保して奴隷解放後の混乱を防ぐため。
だが、そういう事もほとんど杞憂だったというかなんというか……
結局、面談を行った結果……組織を去るという者はほとんどいなかったのだ。
そのためマジカル・シェンカー・グループは企業としてその存在を残し、そこに元奴隷の面子が雇われるという形で、変わらずトルキイバに影響力を発揮する事になった。
いや、変わらずどころじゃないか。
この十三年の間にもルエフマ、トルクスに出張所ができ、ますますその規模を拡大していっているぐらいだ。
うちのアストロバックスや深夜商店は、もうすでにトルキイバを飛び出して他の町に出店中だった。
「あ、そういやハントって今、ルエフマにいるんだっけ?」
「あっちの責任者ですよね。アストロバックスと深夜商店の」
「さすがに明日は来れないかな」
「閉店にしてこっちに来るんじゃないですか? ずっと前からわかってる事ですし」
「そっか、そうだよな」
まぁでも、今はまとまっているとはいっても、人の心は移ろいゆくものだ。
きっといつかマジカル・シェンカー・グループからも人が減って、本当の終わりを迎える日も来る。
その時を、できるだけソフトに迎えられるように努める事が……
俺やチキンたち、マジカル・シェンカー・グループ首脳陣の最後の仕事なのだろう。
「この町も、十年後はどうなってるかな」
「えっ?」
「いや、なんでもないよ」
きっと先の事は、また先の俺が考えるだろう。
二回分も人生を重ねてようやく気づけた事だが……
今を楽しまないと、人生はあっという間に終わってしまうのだ。
俺はピクルスの馬体をポンポンと叩いて前を向く。
昔は土がむき出しだった、トルキイバの目抜き通り。
領主になったローラさんが、真っ先に石畳に改装したその道は、凸凹にうねりながらも真っ直ぐに続いていた。
翌日、ノアとラクスの成人の日がやってきた。
マジカル・シェンカー・グループに、ついに最後の日が訪れたのだ。
……なーんて言えば、悪役貴族の落日という感じだが。
実際は、ほとんど町を挙げてのお祭り騒ぎとなった。
なんせ、今やシェンカーの関係者は二千人に近い数がいるのだ。
シェンカー通りにはとうてい人が収まりきらず、現在は構成員とうちの家族以外の入場制限を行っている始末だった。
「ノア様! ラクス様! ご成人おめでとうございます!」
「ありがとうメンチ」
「ありがとね〜」
通りのど真ん中に置かれた、ノアとラクスが陣取った主賓席のお立ち台。
目つきがそっくりな息子と娘、それとひょろっとした夫を連れたメンチは、そこへ挨拶をしに来て、祝いの酒を手渡してくれていた。
彼女は現在も、バリバリ現役の冒険者として現場に出続けている。
メンチの率いるパーティはベテラン揃いで、腕はトルキイバで一番と目されているらしい。
マジカル・シェンカー・グループに間引きの依頼が出ていたダンジョン特区の状況が落ち着いた今も、時々調査のために彼女のパーティが潜っているぐらいだ。
息子は料理の道に進むらしいが、娘の方は冒険者になるつもりだと言っていたな。
そんなメンチファミリーの次にやって来たのは、うちの下の兄貴の夫婦だった。
「ノアもラクスももう十五だって? そりゃ俺の腹も出るわけだわ」
「あんたの腹が出てんのは酒の飲み過ぎでしょ」
「シシリキのおっちゃん、リナリナおばちゃん、来てくれてありがとね」
「ありがと~」
「振る舞いの酒飲みに行っちゃったけど、子供らも後で来ると思うから」
うちの下の兄貴のシシリキとその嫁さんは、普通に子供たちに袋に入れたお小遣いを手渡していた。
子供たちは、うちの長兄のジェルスタンや親父からも同じようにお小遣いを貰っていたから、結構な臨時収入になってるんじゃないだろうか。
ちなみに、ローラさんの兄にして俺の義兄であるアレックス・スレイラ氏も王都から駆けつけてくれていて……さっきうちの子たちに高そうな革財布を手渡していた。
赤ちゃんの頃におべべを貰った叔父さんに財布を貰うか……大きくなったなぁ。
主賓席の近くの親族席で、そんな感慨深い気持ちに浸りながら二人を見ていると、隣のローラさんからちょいちょいと袖を引かれた。
「なあ、そろそろいいんじゃないか?」
「え? そうですか? まだ挨拶に人が並んでますけど……」
「きりがないよ。どうせみんな身内だろう? 今日は暑いし、何かある前にさっさと済ませてしまった方がいい」
まぁ、熱中症対策という意味でもそうだけど……
身内とはいえ、集まっているのはマジカル・シェンカー・グループの人間ばかりじゃない、後ろに予定がある人もいるかもしれないしな。
俺は後ろを振り返り、控えていたチキンに手招きをする。
「如何されましたか?」
「そろそろやろうか」
「かしこまりました」
かっちりとしたフォーマルなスーツを着こなしたチキンは、人混みを縫って主賓二人の元へと向かっていった。
さて、俺も行くか。
椅子から腰を浮かすと、隣から腰をポンと叩かれる。
そちらの方に顔を向けると、ローラさんが笑顔で頷いていた。
わかってますよ。
きっちりと締めてきますから。
ローラさんに頷きを返して、主賓席に向かう。
そこには、ちょっと緊張した様子の子供たちと、放送用造魔のマイク部分を持ったチキンが待ち構えていた。
俺が手で合図を送ると、彼女は前を向いて話し始める。
『皆様、本日はトルキイバ領主スレイラ家、長男ノア様と長女ラクス様の成人の祝いにご出席頂きまして、誠にありがとうございます。また平素より格別のご高配を頂いておりますご来賓の皆様方におかれましても、お忙しいなかご臨席を賜りまして、誠にありがとうございます』
本来なら、身内だけの集まりにこんなスピーチもいらないのだが……
まぁそこは、領主一家なんてものになってしまった弊害というものだろう。
何でも形式に乗っ取った形にしなければ、他家から侮られてしまうというわけだ。
チキンが格式張ったスピーチをくどくどと続ける中、俺はタイミングを見計らってノアとラクスがいるお立ち台の上へと登る。
えーっと、これから挨拶をして……ノアとラクスに奴隷の権利を委譲して……
とにかく貴族の世界というのは、何事も段取り段取りなのだ。
奴隷解放にしても、単に「はい解放」と言って終わりなわけではなく、きちんと体裁を整える必要があった。
息苦しいとは思うが、仕方のない事だ。
『それでは、サワディ・スレイラ様からお言葉を頂きます』
『…………』
チキンからマイクを受け取り、お立ち台の上から集まってくれた人たちの顔を見回す。
そこには、俺がこれまで関わってきた、ほとんど全ての人が並んでいた。
親父や兄貴たち、そして商会のみんなといった、シェンカー商会の面々。
ピクルスやボンゴ、ロースなんかも普通にここに混ざっていたが、まぁあいつらもシェンカー家の一員か。
そしてローラさんやその兄、愛する息子たちや屋敷の使用人といった、スレイラ家の面々。
チキンやジレン、イスカやトロリスといった、奴隷の中でも事務方の面々。
まとめ役のメンチや、武芸者として名を上げているマァム、まだまだ現役のラフィなどの、冒険者組の面々。
駆けつけてくれたハント、今は旦那と店をやっているシーリィ、本部食堂の料理長となったチドルなどの、調理関係者の面々。
劇場支配人のモイモ、座長のシィロ、今もなおトップスターのヨマネスなどの、劇場関係者の面々。
まだまだ仕事がなくならない土建組、今や野球選手の版画作りで大忙しの絵画組、劇場に球場にと引っ張りだこの音楽組。
本当に、数え切れないぐらいの人が、俺や家族の人生に関わってくれたのだと……
否応なしにわからされるような、そんな光景だった。
『あー、本日はお日柄も良く……』
と、そう言いかけて、やめた。
段取りも大事だが……今だけは、昔に戻ろう。
関係の最後となるこの日を他人行儀に済ませるには、俺と奴隷たちは付き合いが長すぎた。
『いや、そうだな……最初にピクルスを買ってから、もう二十年も経つんだっけ? 俺もだけど、みんなも結構老けたよな』
俺がそう言うと、奴隷たちの間からどっと笑いが起こる。
ちらりと見たチキンとローラさんは苦笑しているが……まぁ、後で謝ろう。
『この二十年、色々あったよな。でも組織ができたばっかりの頃の事は、今でもよく覚えてるよ。ピクルスが生まれて初めてお腹いっぱいになってびっくりして、病気になったから治してくれって言ってきたり……ボンゴが他所の家の屋根に落ちて謝りに行ったり……』
話しながら、ピクルスやボンゴの方を見ると、彼女たちは恥ずかしそうに顔を塞いでいた。
『メンチが喧嘩して、大怪我させた冒険者に謝りに行ったり……ロースがツケで飲んでるのがわかって、慌てて金を払いに行ったり……』
当時は思うところもあったような気もするが……今になってみれば、全部いい思い出だ。
『その後に入ってきた奴らも、プールに勝手に滑り台作る奴がいたり、釣り堀に落ちて魚の餌になりかける奴がいたり、腐ったもん食って食中毒起こす奴がいたり……ほんと、色々あった、色々あったよ』
なんだかチキンが懐かしそうな顔をしているが……最初の頃は、どんな問題も全部あいつが捌いてたもんな。
『でもあの頃は俺も馬鹿なガキでさ、何にも考えてなかったから、沢山失敗してみんなにも迷惑かけたよ。無茶な計画立てて、チキンが寝れなくなったり……とりあえず安けりゃいいやと思って、わけわかんないボロボロの漬物工場買ったりさ』
そう言いながら、俺は親指で自分の後ろにあるマジカル・シェンカー・グループ本部を指差した。
『嫁さん貰って子供ができたと思ったら、笑えない事やらかしたり……劇場作っては、慣れない事やらせたり。俺もあんまりいい主人じゃなかった。文句を言いたいってやつも多いかもしれん』
二度目の人生だけど、これまで沢山馬鹿みたいな失敗をしてきた。
したかあないんだが、きっとこれからの人生でも山程失敗していくんだろう。
皆には結構無茶振りもして、迷惑をかけた自覚もある。
米を普及させようと頑張るあまり、食べ慣れない物を食べさせたり。
野球だのコンビニだの、俺の前世のノスタルジーに付き合わせたりもした。
悪かったなとも思うし、もっと上手くやれたら良かったなとも思う。
でもまぁ、そんなに器用に生きられない人間だから、こんなにも沢山の人の力を借りる事にもなったんだろう。
悪いけど、済んだ事だと勘弁してもらう他ないな。
『ただ今の俺は、まだお前たちの主人だ。だから、そこに関する文句は聞けないね。どうしても言いたいって奴は、後でうちの家令にでも申し立てといてくれ』
俺がそう言うと、人の群れから笑い声と口笛が返ってくる。
こんなに好き放題言っちゃって、後でチキンに怒られるかな?
怒られるんだろうな。
ま、後できっちり謝るか。
『俺はさ、みんなと一緒にマジカル・シェンカー・グループをやってこれて、本当に楽しかったよ。これまで俺と一緒に生きてくれた事、本当に……本当に感謝してる。だからここで一旦、マジカル・シェンカー・グループに幕を引こうと思う』
俺はそう言って、同じ壇上のノアに手を向ける。
向けられた彼はすっくと立ち、踵を鳴らして身体を回し、こちらを向く。
俺も同じように彼の方を向き、なるべくはっきりとした発音で宣言をした。
『我が息子ノア・スレイラの成人の祝いとして、サワディ・シェンカーの持つ全ての奴隷の権利を贈与する』
そう告げると、ノアは俺に向かって軍隊式の敬礼をする。
それにこちらも敬礼を返し、彼にマイクを手渡す。
ノアは踵を鳴らして前を向き……ゆっくりと皆の顔を見回し、言った。
『ノア・スレイラの名を持って、全ての奴隷を解放する』
しばしの静寂の後……シェンカー通りが揺れた。
通り中のガラス窓を割らんばかりの大歓声が響き渡り、キィンと耳の奥が鳴る。
誰か体調崩してなきゃいいけど……と思いながら、一応魔力の届く範囲に再生魔法を送っておいた。
「サワディ様ーっ! ノア様ーっ! ありがとうございまーす!」
「自由だ自由だーっ! 平民になった記念に今日は死ぬほど飲むぞーっ!」
「病院組はオピカの送別会やるの忘れんなよーっ!」
「えっ? あの子どっか行っちゃうの?」
「旦那さん連れて地元帰って医者やるんだってさ」
浮かれた空気に乗って人々が好き放題喋りまくる中、俺はノアから受け取ったマイクをチキンに戻した。
『えー、マジカル・シェンカー・グループの面々に連絡です。以前より連絡していた通り、マジカル・シェンカー・グループはサワディ・シェンカー様を社長として別の形に生まれ変わります』
まぁ、これからはもしかすると、元シェンカーの奴隷以外の人間も入ってくる事があるかもしれないからな。
奴隷解放前と解放後では業態も少し変わるし、名前を変えてしまった方がいいだろうという事になったのだ。
『本日からマジカル・シェンカー・グループはマジカル・サワディ・グループとなります。皆もそのように呼称するように』
「一緒じゃん!」
「変えた意味ある?」
近くからツッコミが入っているが、仕方のない事なのだ。
マジカル・スレイラ・グループにすればそれはそれで問題が出そうだし、創業者の俺の名前を使うのが一番穏当だったというわけだ
役目を果たした俺はチキンが締めの挨拶をするのを聞きながら、お立ち台からゆっくりと降りた。
「お疲れ様」
「あ、ローラさん」
そこには、妻のローラさんが待っていてくれて、ポンポンと労うように肩を叩いてくれる。
思えば、彼女がいなければ俺はここまで来られなかった……というか死んでただろう。
「ローラさんも本当に、これまでありがとうございました」
「私の方こそだよ。こっちに来た時は、まさかこの年まで生きているとは思わなかった」
そういえばそうか、ローラさんは魔法の使いすぎで魔臓がなかったんだもんな。
お互い様か、なんて彼女の顔を見ながら笑い合っていると、不意に影が差した。
影の根本を追うと、そこにはさっきまで親族席にいたはずのケンタウロスのピクルスと、鳥人族のボンゴが立っていた。
「ご主人様、どうも今日までありがとうございました……それと、明日からもよろしくお願いします」
「…………よ……ろ」
どうやら、二人で挨拶をしに来てくれたらしい。
「いやいやピクルス、もうご主人様じゃないだろ?」
「え? えっと……じゃあ、なんとお呼びすれば……?」
そうだな……サワディ様ってのも何だし……やっぱり、アレかな。
「社長だ。今日からお前たちは、奴隷じゃなくてうちの会社の社員になるわけだからな」
「社長ですか」
「…………し……ゃ」
二人とそんな話をしていると、ぞろぞろと他の連中も集まってきたようだ。
その中にいた、半分空きかけの酒瓶を持った、赤毛の魚人族ロースが……なんだかニヤついた顔で、俺の肩に手をかけた。
「社長ですかぁ? サワディ様ならまだまだ坊っちゃんでいけますよぉ」
「いやいや、もう三十すぎてんだからキツいって……」
「社長! これからは粉骨砕身、いち社員としてお仕えさせて頂きます!」
何だか知らんが対抗意識を持ったのか、鱗人族のメンチもロースの反対側の肩に手をかける。
なんで社員に両肩を固められなきゃならないんだよ!
そんな事を考えていると、式を無事に締め終わったチキンがプリプリ怒りながら輪に加わった。
「社長! 勝手に話す内容を変えられたら困りますよ!」
「おっ、チキン副社長じゃないの。お勤めご苦労さん」
「ロースさんも役員に入ってるんだから、人ごとじゃあないんですよ」
「だからあたしはヒラでいいって言ったじゃんか……」
「立場を考えてくださいよ立場を。ヒラで済ませられるわけないでしょう」
まぁ、そんな感じで有力者が何人も集まって喋っていると、つられて人は集まってくるもので……
式も終わったからか、周りにはどんどん人が増えてきていた。
「サワディ様、またうちの店来てくださいね。鳥ハヤシライスってのを開発したんですよ」
「シーリィの店いっつも満員じゃん」
「あっ! サワディ様! チキンたちもここにいた! 乾杯しましょうよ! 乾杯!」
「あ、いや俺は来賓に挨拶回りを……」
「いや、そっちは私がしておくよ、君は社員と親睦を深めてくれたらいい」
増え続ける人の流れから逃げを打とうとしたのだが、あえなくローラさんに防がれてしまった。
「あっ、ローラさん、ちょっと……」
「サワディ様ーっ! オピカがご挨拶したいって言ってます!」
「チキンさん、警備隊長のルビカが人の入れ替えしてもいいかって?」
「もう大丈夫よ。誘導に人が足りなければイスカとジレンに手配させて」
お立ち台の周りに人が来る流れは、もう全く止まる様子がなく……
ノアとラクスに挨拶する人や、俺の周りに来る人でギュウギュウになり始めていた。
「押すな押すな!」
「そういえば昔、最初の運動会終わった時に、胴上げってしましたよね」
「あー、懐かしいなぁ……ピクルスお前よくそんな事覚えてんね」
「なんで今その話するんだよ!」
俺がそう言うと、押しくら饅頭のような状態でピクルスと話していたロースが、こちらを見てニヤニヤと笑った。
「今日はめでたい日だしなぁ。せっかくだし、久々にやる?」
「いいよやらなくて!」
「坊っちゃん、我々もう奴隷じゃないんですよ? 命令はできないんじゃないですかねぇ。それに、これは我々からの感謝の印ですよ」
そんな感謝いらないよ! という間もなく、俺の身体はピクルスに持ち上げられて宙に浮かんでいた。
「あの……久しぶりにサワディ様と一緒にお祝いがしたくて……駄目ですか?」
ピクルスに縋るような目で見ながらそう言われると……駄目とも言いづらい。
まぁ、どうせやられるんだったら、これ以上人が増える前にやっちゃった方がいいか。
「しょうがないなぁ……」
「おっ、やりますか! あんたたち! ちょっと開けて開けて、社長を胴上げするよ! 昔の運動会以来だよーっ!」
「おお! 懐かしい! あの時はピクルスに負けてしまってできなかったのだ!」
ロースの声掛け一つであっという間に場所ができ、あっという間に周りに力自慢が集まって……
気づけば俺は宙に浮いていた。
「わーっしょい! わーっしょい!」
酔っ払いの掛け声と共に俺の身体は宙に投げ出され、どんどん掛け声に掛け声が重なっていくのが聞こえる。
胴上げというのは、される方は空しか見えないもの。
上に飛ばされたって、ビルの隙間から顔を出す夏の太陽が見えるばかりだ。
さんさんと南部を照らす、ありがたい太陽。
俺がこの世界に生まれてから三十一年。
町も人も、俺自身も、目まぐるしく変わってきたが……
きっとあの太陽と瞼のある月だけは、もう三十年経っても変わらず浮かんでいるのだろう。
そしてその頃には、俺が愛したこの町はどうなっているんだろうか?
なんだか楽しみなような、そうでもないような気持ちと……
さっさとこの胴上げが終わってほしいという気持ちを胸に抱きながら……
俺はただ、いつ終わるともわからない胴上げに身を任せ、全身に夏のトルキイバの風を感じていたのだった。
約五年半の連載になりました。
長い間お付き合い下さり、本当にありがとうございました。





