97 研究視察のすすめ 2
やってきたのはジロの自宅兼研究所。場所はハナの家の隣だ。
以前、ハナの家の床下からジロが現れた事があったから、どこかしらで繋がっているんだろう。
造りも向こうと比べて左右対称でほぼ同じ。ただ、ジロの研究所は書類や機材の整理が行き届いており清潔感が漂っていた。
部屋の中で目に付くのは作成中のロケット。こいつからして見たら対魔物用のミサイルだったか。
ハナもジロも元は同じものをモデルとしているため、見た目は大きくは変わらなかった。
円筒状の本体、そしてその横に頭部につけられると思われる円錐形のパーツが並んでいた。
「どうですか!これが私の造り上げた超遠距離対空砲です。航行距離の秘訣は発射台にあるのですが、肝心の破壊力はこの弾頭により生み出されます。見てくださいこの魔力の反発を利用した絶妙なバランスを。相反する魔法を発現させることにより―――――」
ジロは酔いしれるようにペラペラと語り続ける。俺だったら嫌いな奴にこんなに親切に説明してやろうなんて思わないけど、やっぱり研究者ってやつは知識に対して見境がないんだな。
「―――――となっているのです。いかがですか勇者殿」
「あぁうん、凄いな」
ジロの説明は何言ってるか1ミリもわかんなかったけど、とりあえず相槌うっておいた。
「あとは相応分の魔石が集まればほぼ完成です。理想としては1つの魔石で構成出来ればいいのですが、それなりのサイズの魔石はなかなか手に入りませんからね」
お前の妹はもう手に入れてるけどな。
「これが完成すれば、例えまた魔物が街を襲撃しようとも遅れをとることはありません。勇者などに頼る必要などなくなるのです」
皮肉の笑みでこちらを伺うジロ。
しかしまぁ俺としては頼られたくもないし、そもそも勇者でもないのだから大歓迎だ。大いに頑張って頂きたい。
ここで、なんでもない返事ひとつで済ませておけばよかったんだけど、ここに来るまでに他の研究にも適当な助言をしていたせいか、何の気なしに浮かんだ疑問を漏らしてしまった。
「これって1つしか作ってないの?」
「え?」
「いやだって、迎撃ミサイルなんたろ?1発だけってのもなんていうか……」
「私の対空砲は高威力だ、1発あれば問題ない」
そもそもずっと気になっていた。ジロはずっと自分の創作物を『対空砲』と呼んでいる。
対空砲って空を飛んでるものを狙うものだよね。
「対空砲って、空を飛んでる魔物にしか使えないの?」
「そ、それは……地面に落とせば地上の魔物も倒せるだろう。一石二鳥だ」
「てかこれ、遠距離弾なんだよね?遠くに撃つためのものなら街守れなくない?」
「な……あ………それは…、遠くに撃てるってことは近くにも撃てるってことだ」
「ふーん……近くに撃って大丈夫なの?その……街とか、なんかすごい威力を想定してるみたいだったけど」
「……………」
ジロがすっげー渋い顔してる。
悪気や責めるつもりはまったくなかったんだけど、俺の単純に思った疑問は全てジロにクリーンヒットしたみたいだ。
いや気づけよそれぐらい。賢いんだろお前。
「くっ!今回は私の負けです!ですが次はこうはいきません!首を洗って待っていてください!」
負けゼリフを吐き捨ててジロは家を飛び出していった。
いやなんの勝負もしてないし、待つも何もここお前ん家だし、何なんだよ。
「あんた、大人気ないわね」
「いや俺が悪いのかよ」
いつも俺を擁護するルルから謂れの無い一言を貰った。
「はぁ……何やってんだか」
ベッドに体を投げて、今日一日を振り返ってため息を漏らす。
自分の中の予定ではブロンタルトに戻って街の様子を見るつもりだったんだけど、それと比べて今日一日を費やした視察が有意義だったかと言えば………全くそんな事ないな。
正直言えば少し怖くもある。
違う予定が飛び込みで入って、予定を変えることになって、少しだけほっとした気持ちもあった。
街に戻る手段がないから仕方がないなんて言い訳して、手段を得ても直ぐに向かおうとせず、今日は降って湧いた脇道に逃げた。
「はぁ……酷いな、俺」
ほんと、薄情な奴だ。
元の世界でだって紛争やテロ、銃乱射事件なんてのはあった。
でもそれだってニュースの中の話で、日本で普通に暮らしていたらちょっとした暴力に遭遇することすら稀だ。
だけどこの世界では当たり前のように魔物が跋扈していて、命を脅かされるような犯罪が身近にある。隣り合わせとまでは言わないが、死というものが日常のひとつとして当然のように存在する。
そのうえ俺は勇者だ魔王だと望みもしない肩書きで目の敵にされている。
ビビったってしょうがないじゃないか。こちとら平和の国で過ごしてきたんだよ。
ダンジョンマスターなんて訳分からん力を貰ったからって、はいそれで大丈夫とはならんのよ。地面の中でしか使えんし、蟻やモグラじゃないんだぞ。こちとら地上でお日様浴びて生きてんのよ。
「…………はぁ」
何度目かのため息。
悩んで嘆いたところで何かが変わる訳じゃない。
――――――動かないとな
「明日、プロンタルトに戻る」
と、ルルに宣言しておく。
宣言することによって少し自分を追い込んだ気になる。
言った手前やらなきゃなって、ネガティブながら自分を後押しする環境を作っておく。
「嫌ならやめたら?」
「え?」
「別に戻らなきゃ行けない理由がある訳じゃないんでしょ?」
「いや、でも…」
「あんたはやりたいようにやればいいのよ。誰かの為じゃなくて、自分の為に」
「自分の…為に…」
「そうよ、他の奴らのことなんか気にしないで。私は例えあんたが逃げ出そうともついてってあげるわよ」
「ルル、お前………そんなキャラだったか?」
「なっ、なによ!うっさいわね!そばに居てあげるって言ってやってんだから、もっと素直に感謝しなさいよ!」
「へいへい、ありがとさん」
「むきーっ!何よその言い方、全然感謝が足りてないんだから!」
「ははっ」
「笑ってんじゃないわよ!」
ルルなりに励ましてくれたつもりなんだろう。ちょっと嬉しかった。
まぁそうだな、プロンタルトに戻るったって1人で行くわけじゃない。なるようになるか。
「……もうあんたには、何も背負わせないわ」
「ん?なんか言った?」
「別に……」
ルルが何か呟いた気がしたがよく聞こえなかった。
まぁ独り言だっていうなら別にいいだろう。
明日はプロンタルトに戻ろう。
そう決めて、その日を終えた。