96 研究視察のすすめ 1
ピンスモグに来てから今日で3日目。
今日の予定は決めてある。ずばり、プロンタルトへ戻ることだ。
ミスティに人攫いよろしく無理やり連れてこられたピンスモグの町だが、ここのダンジョンを支配した事で、ダンジョン間のワープが可能となった。
ルルもそれを使ってここまで来たわけだ。
支配してるダンジョンがここピンスモグとプロンタルトしかないから2ヶ所間だけだけど。
ビーストテイマーとの戦いの直後に連れてこられた為、誰の安否も確認できていない。
どうしようもない事は仕方が無いと思っていたが、移動手段が出来たのならそりゃ確かめに行きたいというもの。
という訳で、今日はプロンタルトへ帰宅だ。
と、思っていたんだけど―――
「村の者達が勇者様にお会いしたいと詰めかけております」
朝食を終えていざ出発という所で執事のヘルトが部屋にやってきてそう告げられた。
なんだろ、俺なにかしたっけ。
「おそらくは研究の進捗を見ていただきたいのではないかと」
「俺に?」
「はい」
「え、なんで俺?」
「あんたはこの街を懇意にして好き放題やってたからね。魔科学がどうのとか言って色々と作らせていたわ」
「この街が特区に指定されているのも、勇者の街と呼ばれているのも、その為でございます」
ルルとヘルトの説明を聞いて納得。おそらく勇者はこの街ひとつまるごと現代科学チートに使っていたって訳か。それ故に機械が溢れ、建物も高層ビルのような作りになっていたというわけか。今となっては白昼の悪夢の影響でみんな瓦礫と化しているけど。
さて困った。
俺に成果を見てもらいたいと言われましても、そもそもを知らないわけだから、なんも言えないと思う次第なのだが。
「どうしようか」
と、ルルに聞いてみる。
「前みたいにアドバイスしてやればいいじゃない」
「いやだから……俺は勇者じゃないんだから、前を知らんし、アドバイスなんかも出来るとは思えないんだが」
俺の言葉を聞いたルルは渋い顔で俺を睨みつけるも、ため息漏らして口を開く。
「適当に見て、適当に褒めてあげればいいんじゃないの?それに、自分の関わったものを見れば記憶が戻るきっかけになるかもしれないし」
昨日の会話で俺が勇者では無い事は理解してくれたと思ったんだけど、ルルはまだ諦めてなかったのか。
「はぁ……じゃあまぁ、そんな感じで」
そういう訳で、今日の予定は魔科学研究の見学へと変更となった。
「いかがですかな勇者殿!」
いかにも科学者、博士ですと言わんばかりの老人数人に案内されるまま、研究施設を見て回る。
昔は高層ビルのような統合施設で集まって研究していたが、村を見た通り、白昼の悪夢で倒壊したため、今はそれぞれが自宅兼研究所で開発を進めているそうだ。
そのため一軒一軒歩いて見て回る。
今見せられているのは………洗濯機、だよな?
いかがですかなと言われましても、まぁ洗濯機だ。
「なにか昔のようにアドバイスが頂ければ有難いのですが」
「え、あぁ、うん」
しどろもどろになるが、仮面をつけているため相手に悟られてはいないだろう。
ルルに言われ、今日は勇者フル装備でベネチア風仮面もつけている。
勇者は人前で喋らないみたいな設定があった気がしたが、研究員とは元から普通に喋っていたからそこは問題ないそうだ。今回に限ってはむしろルルに代弁して欲しかったんだけど。
アドバイスを求められ、悩んだ挙句なんとかアイデアをひねりだす。
「口を側面に付けたらいいんじゃないかな」
「ほう、側面に!」
「口を上じゃなくて正面につけることで色々と便利になると思う。回転層も縦じゃなくて横向きにするんだ」
「なるほど!確かに発射口が前に向いていれば何かと捗りますな。風魔法の威力も上げれるかもしれない」
発射口?風魔法?よく分からんけど何かしらのヒントになったのならそれで良いだろう。
昔ながらの層が縦の形してたから、記憶の中にあったドラム式洗濯機の形を伝えただけだけど。
そのほかに関しても、馬がいなくても自走できる馬車には自動車の形を伝えたり、携帯電話みたいな機械にはボタンをタッチパネルにしてみてはと言ってみたりと、どうにもデザインが一昔前みたいなものが多かったため、なんとなくバージョンアップなアドバイスができた気はする。それが正しいかまでは責任持ちませんけど。
中には全く用途が分からないものもあって「いいんじゃないかな」の一言で終わったものもいくつかあったけど。
そんなこんなで村を見て回っていると、ジロ率いる一団と鉢合わせた。
「おや、自称勇者様ではないですか。ご自身の見捨てた街の惨状をご視察ですか?」
「『自称』じゃなくて『他称』な」
「これジロ!勇者殿になんて口を聞くんじゃ」
ジロは隠す気もなく露骨に勇者を嫌ってるな。
口ぶりから察するに、ジロも勇者が街を見捨てたと恨んでるクチだろうな。
国が大々的に公言しているデマだ。それを理由に勇者には懸賞金までかけられているみたいだし、そこまでされたら信じるやつが大勢いても仕方が無いとは思う。
それに対し、年配組は全く勇者を疑う様子がない。勇者とは深い親交があったみたいだからそれが理由だろう。俺みたいなど素人のいい加減な意見を神のお告げかのように聞き入れる。
「この街があるのは勇者殿のおかげじゃ。魔科学が発展し、こうして研究が続けられるのも勇者様のおかげなのじゃぞ」
「その街をめちゃくちゃにしたのもそいつではないですか」
「街を壊滅させたのは魔物達じゃ、勇者殿ではない」
「そいつはこの国を見捨てたんだ。同じことではないですか」
「勇者殿は我々を見捨ててなどおらん。なにか深い事情があるのじゃ」
「そうやって根拠もなしにいつも庇いたてて……そうだ、ちょうど本人がいる事ですしお聞かせ頂けませんか、その何かしらの理由ってものを」
ジロの言葉に全員の視線が俺にむく。若いジロ組は侮蔑の目で、老人組は期待の眼差しで俺に注目している。
「いや、その……」
そんなの俺に言われても困る。勇者本人に言ってくれよ。
どう切り抜けようか考えながらどもっていると、ルルが俺の袖を引っ張った。
「なんだよ」
「あんたは喋らなくていいわ」
「なんで」
「あっちのガキ共とあんたに親交がないからよ。相手にする必要がないわ」
ここでそのルールが出るのかよ。相手によって話していい、話さなくていいとか言われたらもう俺わけわかんねぇよ?俺からしたら老人組だって誰一人として知らん人だからな?
俺の混乱などいざ知らず、ルルは俺の代わりに前に出る。
「あんたたちの質問に答える義務はないわ!文句しか言うことがないなら去りなさい!」
ルルのなんの答えにもなってないけど正論ではある言葉に若手組はたじろぐが、それでもジロは踏ん張って反論してきた。
「いいえありますね。私たちは被害者だ。多くを失った。その原因があなた達だと言うならその理由を、私たちには知る権利があります」
「そんなものはない!」
ルルはジロの主張を一刀両断。あまりにも身も蓋もない返事にその場が止まった。
「あんたたち、理由は深く求めるくせに、原因は勇者だって決めつけて、実に浅はかだわ。それも聞くばかりで自分たちで考えようとしない。王国が『勇者が原因だ』と、そう言ったからそのまま信じたのかしら。そんな漠然としたお触れで納得できるんだから、そうよね、何も考えられないんでしょうね。縋る理由を欲しがるのは弱者の証拠よ。だから魔物にいいように襲われるのよ」
「それは言い過ぎなのでは!我々は深い傷を負った、なのになぜそれを責められねばならないのですか」
「傷で済んで良かったわね。戦いってのは命懸けなの、命を落としたら終わり、次なんてないの。負けたのに『次は頑張ろう』なんて言えるのがどれだけの奇跡か。あんた達は生きるって事をなんにも分かってない」
「ルル様、その辺にしてあげて下さらぬか」
容赦ない言葉を浴びせるルルに、老人組の1人が口を挟む。
「5年前、彼らはまだ幼かった。守られて当然の童達じゃった。目の前の暴力に、ただ奪われるしかなかったんじゃ。幸いにもこの街には勇者様より賜った魔科学があった。そのおかげで他の場所よりは被害も少なかった。それでも全てを守ることは出来んかった。それは儂ら大人の責任じゃ。子供たちには、本当に済まないと思っている」
老人はそう話して、ジロたちへ頭を下げた。それに続いて他の老人組も謝罪の意を込めて腰を曲げる。
「やめてください!皆さんは街の為に戦ってくださいました。我々はあなたたちに守られた」
「そう、そして我々に戦う知恵を与えてくださっていたのが勇者殿じゃ」
「それは………」
「勇者殿の魔科学がなければ被害はもっと甚大であった。全滅も有り得たじゃろう。そうやってわしらを敬う気持ちがあるならば、勇者殿も同じように敬うべきじゃ。ジロ、お前さん方の両親、それにゲンジュローの事は残念じゃった。じゃが、その事で勇者殿を責めるのはお門違いというものじゃ」
老人の説得するような言葉に、ジロは何も言い返せなくなった。
「わかったら、ほれ。お前さんらの研究も見てもらったらどうじゃ?」
「「「!?」」」
その言葉に若者組は強く反応し、ザワつく。
反発する勇者に見てもらうなどとと思いながらちょっと見てほしそうな迷いとの葛藤みたいな?
俺は面倒だから見せてくれなくて全然いいぞ。
「私が、見てもらう」
若者組のなかでもどちらかといえば見てもらいたくなさそうにしていたジロが立候補してきた。
若者組のリーダー的存在としての行動っぽいけど。
そんなこんなで最後にジロの研究を見る事となった。