88 ピンスモグダンジョン3層(聖)
目の前には大量のイービルガイドが沸いている。
といっても囲まれて襲われているという訳では無い。
イービルガイドはメインストリートの左右に規則正しく、奥に見える大きな建物まで一直線に並んでいる。
全員が武器を仕舞い、片膝をついて頭を垂れる。まるで王でも迎え入れるかのようにイービルガイドの花道が出来上がっている。
さらに言うなら、いま俺たちが立っているのはおどろおどろしい共同墓地ではない。
共同墓地であるのは変わりないんだけど、空は晴れ渡り、地面には元気な芝生が生え揃っており、並ぶ墓石もそれらを仕切る壁も傷ひとつない。海外のニュースでたまに見る公園のような霊園を思わせる、誰もが羨む素敵な墓地だ。
そう、それは俺が最初に見つけたイービルガイドとの戦闘を始めた時だった―――いや、実際には戦闘はしてないからしようとした時だ。
俺は地面を踏み込み、ダンジョン化を行った。兎にも角にもエリアを支配しなければ俺の戦闘は立ち行かない。
その瞬間だった、ピンスモグダンジョンの全ての情報が頭の中に流れ込んできた。この感覚は覚えがある、モグネコ族の村、プロンタルトの地下ダンジョンで能力を使った時と同じ感覚だ。
一瞬にして俺はピンスモグダンジョンの支配者となった。
そうなってしまえばもはやそれ以上何かをする必要というのはない訳だけど、必死だった俺はダンジョン化とほぼ同時にエリアの聖属性化も走らせていた。相手が物理攻撃の聞かない幽霊みたいなもんならフィールドを聖属性にすればいいと考えたわけだ。ダンジョン化を行った時点で安全を確保できたことには気づいたが勢いのまま聖属性化もおこなった。
そしてその結果がこの綺麗な景色という訳だ。
たしかにここに降りてきた時は属性で例えるなら『闇』って感じのフィールドで、今は『聖』って感じだけど、そんな安直でいいのだろうか。
ちなみに俺に迫ってきていたイービルガイドはフィールドの属性が変わっても消滅とかはしなかったし、ローブの色が黒から白に変わるなんてこともなかった。
俺がダンジョンを支配した瞬間、イービルガイドは攻撃を止めて道の端に跪いた。
それからどこかしこからわらわらとイービルガイドが現れて道の隅に並んでは跪いていく。そうしてこの王様の凱旋のような壮観な景色が出来たって訳だ。
さてどうしたものか……
いやまぁどうしたものかといってもイービルガイドの花道を通って大聖堂までいくかない―――という訳でも無い。このダンジョンはもう俺のものなのでダンジョンマスターの能力でどこでも好きな所へ瞬間移動できる、ダンジョンの経路なんかすっ飛ばして目的の場所まで一瞬でたどり着くことが出来る。あぁ、ハナの欲しがっている魔石をこの場に呼び寄せるって手もあるな。
さてさてどうしようかなとダンジョン探索の言い出しっぺのハナを見ると、驚いた表情で固まっていた。
そりゃそうか。襲われそうになったと思ったらいきなり景色が一変してとんでもない数の魔物が沸いてなぜかそれらが跪いている。完全に意味不明だ。
この状況、どう説明したらよいものか。魔王だということは絶対に言いたくない。うむ、説明不可だな。ダンジョンマスターだと明かせない、それだけでこの状況説明は詰んでいる。
「あの、これ………この状況は一体………」
「目の前で起きていることがすべてだ。君も科学者なら自分の目で見たものをありのまま受け止めるんだな」
よし、これで誤魔化せただろう。
「………………わかりました」
少し何か考える素振りを見せたハナだが、すぐに納得してくれたようだ、よしよし。
目線の先、道の真ん中に黒い渦が生まれ、そこからイービルガイドとは少し違う雰囲気を纏うローブ姿の魔物が現れた。
イービルガイドよりも一回り大きく、純白のローブには気持ちばかりの装飾が施され、鎌ではなく杖を携えている。
「あれは、墓守の管理人」
俺にはモンスターの詳細が見えている。
ハナが呟いた通り、彼女は『墓守の管理人』という名称のモンスター。そして彼女の名前には通常モンスターとは違う表記があった。
墓守の管理人はゆっくりとこちらに向かってくる。
「墓守の管理人は第9階層のボスモンスターと言われているわ。どうしてこんな上層に……そもそもボスモンスターはボスエリアから出ないはずじゃ」
強敵の出現にハナがたじろぐ。ノベタはいっそう強く俺にしがみつき息を荒らげてなにかブツブツ呟いている。
「ふぅ………ふぅ………やらなきゃ……やらなきゃ……」
ノベタはなんかやばい顔をしていた。
俺は墓守の管理人に敵意がないことを察しているため特に身構えてはいない。
「お?」
目の前にまた別の黒い渦が生まれる。そこから飛び出してきたのは黒い小動物。それは素早く俺の体を登り、定位置である頭の上に陣取った。
「おー、ピョン太。こっち来れたのか」
プロンテラに置いてきてしまったピョン太だが、俺がダンジョンの支配者になったことで転移してきたようだ。
俺は両手を頭に伸ばし、ポプポプと叩くように触ってやった。ピョン太は前足で頭にぶら下がっており、置いていかれた不満を訴えるように後ろ足で後頭部を蹴っている。地味に痛いからやめろ。
「き、来ますよ!」
そんなこんな戯れてるうちに墓守の管理人が目の前まで到達した。
「大丈夫だ、問題ない」
片手を上げて2人を静止させる。
墓守の管理人の全長は2.5mほど、フードの中は闇に覆われ表情は伺えない。
墓守の管理人は目の前でゆっくりと膝をつく。
「お帰りなさいませ、我が愛しのマスター。貴方様のご帰還を心よりお待ち申しておりました」
そう言われ俺は複雑な気持ちを抱く。
目の前の魔物が誰に頭を垂れているか、という事だ。
ピンスモグダンジョンのダンジョンマスターになった際、ダンジョンの知識と共に前ダンジョンマスター―――つまり勇者の記憶や感情も少しだけ流れ込んできた。
そのせいだろうか。この場所に、この者たちに懐かしい想いが湧き上がる。本能では自分の心が還ってきた感覚なのだが、頭の中ではこれは自分のものでは無い、俺が奪ったのか、それとも押し付けられたのか、という思考をめぐらせている。
自分は決して勇者ではない、勇者と同じダンジョンマスターであっても勇者とは別物だ。それだけは絶対に認められないのに、体がこの場所を懐かしいと感じている。
そして目の前に並ぶ魔物達の思い、これらを足蹴にしていいのだろうか。
きっとこの迷いも押し付けられた記憶から湧き出ているんだろう。しかしそう思ってもどうしても割り切れないでいる自分がいる。
1度、大きく深呼吸する。
なぜこんなに悩まなければならないのか。この世界に来た時、好き勝手に振る舞うと決めた。本能も、意志も、全ての自分を尊重しろ、己の全てを肯定しろ。難しく考えるな。楽に、狡く、横柄に、自分のやりたいことだけをやれ。
「ふぅ………」
少し頭の中が落ち着いたところで大きく息を吐き出した。
「どうなさいましたか?」
墓守の管理人が尋ねてくる。
「俺は、お前たちの崇めるマスターじゃない」
これが俺の選択だ。




