08 チュートリアルのすすめ
部屋の外から聞こえる話し声で目が覚めた。
カーテンを閉めて薄暗くした部屋、周りでは子供らが寝息を立てている。いつの間にか一緒に寝ちゃったのか。
声は扉が締まりきらず一筋の明かりが漏れている方から聞こえた。
盗み聞きするつもりがなくても聞こえてくる分には仕方がない。
「トビーの容態は?」
「今のところは落ち着いていますが、早めに治癒師に見て頂かないととの事です」
「そうですか。術費はこちらで持ってすぐに手配して頂くようお願いします」
「ですがそれでは―――」
「大丈夫です。なんとかなります。アリア様は常に見守ってくださっています」
「わかりました」
トビーと言う名前に聞き覚えがあって記憶を巡らせた。
そうだ、馬車に跳ねられて怪我をしたという子供だ。たしかそんな名前だったと思う。
「起きてらっしゃったんですか?」
部屋を覗く人影が声をかけてきた。
そこにいたのはアイリーだ。
俺は子供らを起こさぬよう慎重に部屋を出る。
「すまない、長居してしまって」
「いえ、子供たちと遊んでいただいたようで、ありがとうございます」
修道女のような装いのアイリーが頭を下げると、帽子に収まりきれていない銀髪がさらりと肩から流れた。
「それで、今の話」
「今の話?」
「トビーの件、盗み聞きするつもりはなかったんだけど、聞こえてしまって」
「トビーをご存知なんですか?」
「会ったことはないけど、仲間の子供らとちょっと縁があってね」
「あの子らと。そうなんですね」
「それで、容態は?」
「ひとまずは落ち着いているそうです。治癒師の方にも見て頂けるよう手配しましたので大丈夫でしょう」
「それはよかった。で、他の子らは?」
「他の子らは、言いにくいのですが」
「ゴードンの屋敷に入って捕まったことは知ってる」
「あ、ご存知なのですね。そうですよね、トビーの件を知ってらしたらそこまで把握されていて然りでしたね」
「そのあとどうなるのかと思って」
「罪を犯した子供らは、矯正施設での労働となるのが通例です。ですが…」
「ですが?」
アイリーの言葉に含みがあり、聞き返す。
アイリーは少し迷う仕草を見せたが、口を開いた。
「なにかしらの圧力がかかってるらしく、普通よりも重い罰にかるかもしれないとの話がでているらしくて」
「それもゴードンの仕業ですか」
「いえ、そんなことはないはずですが」
「そうですか」
アイリーはそう言うけど、確証がないというだけで、状況を考えれば十中八九ゴードンの手回しだろう。それ以外に考えられない。
「私がもっと早くあの子らを保護できていれば」
「自分を責めないでください。悪い事が重なってしまった。それだけですよ」
アイリーは一瞬驚いた顔を見せて、それからいつもの笑みを含んだ優しく落ち着いた顔に戻った。
「ありがとうございます。そうですね、感傷に浸ったところで何も変わりません。きっと大丈夫、なんとかなります。アリア様は常に見てくださっています」
とりあえず励ましたいと思って言った言葉。実際はどうなのかとかは知らないが、悲しい顔をしてるアイリーさんを見て何か言わなきゃと思った。薄っぺらい言葉だけど、とりあえずアイリーさんが笑ってくれたから良しとしよう。
さて、始まりのほら穴に戻ってきた。
夕飯も一緒にと進められたのだが、それは悪いと思って断った。すっげぇ後悔してる。現在、超絶に空腹だ。
昼に食べた分のエネルギーは子供たちと遊ぶのでとっくに使い果たした。
明日も炊き出しやるのかなぁ、やるのであれば並びたい。
ここには何も無い。殺風景な穴の中だ。
食べるものもなければ、時間を潰せるようなものも―――
そういやこれがあったな。
俺は尻ポケットから本を取り出した。
この世界に来た時に手元に転がっていたアイテム『ダンジョンマスターのすすめ』だ。
なんやかんやでレッスン1しかこなしていない。
ページをめくる。
『レッスン2 穴を埋めよう』
穴を掘るのと同様に、思い描くだけで穴を埋めることが出来るぞ。埋めるための土は不要だ、不思議パワーで湧き出てくるぞ。
うん、知ってる。もうやった。
『レッスン3 部屋を快適にしよう』
ダンジョンマスターが生み出せるのは穴だけじゃない。土を細かな形状で生み出すことが出来るぞ。棚や机を作って部屋を快適にしよう。
俺は壁に向かって手をかざした。そしてイメージした。
壁から土が膨れ上がり、本棚が生まれた。
腹は膨れない。
何かもっと今の俺に役に立つ情報はないのか?
ページを飛ばし飛ばしにめくるとあるページで手が止まった。
あった、これだ!
『植物を生み出そう』
自在に生み出せるのは土や鉱物だけじゃない。地中にあるものなら植物やだって生み出せるぞ。試しにキノコを生み出してみよう。
キノコ!食糧キタコレ!キノコは菌類で植物じゃねぇとかツッコんでる場合じゃねぇ!
俺はこれまでで最も強く念じた。
目を閉じて集中力を高める。
感じる、地中に眠るきのこ菌の息吹を。感じる、それらが集約し、キノコになっていくのを。きてる、すぐそこまできているっ!
いでよ!
俺の期待に応えるように、床から1本のキノコが顔を出した。
きた!成功だ!
そいつを抜こうと近づくと、すぐ横にもう一本きのこが生えてきた。
それを皮切りに床から壁からあたり一面からきのこが湧き出てきた。
あっという間にきのこで囲まれる部屋。
ちょっと強く念じすぎたかもしれない。初めてだから加減がわからない。
壁から床から隙間なくびっしりときのこの並んだ景色は気持ち悪い。こういうのなんて言うんだっけ?蓮コラ?集合体恐怖症だっけ?
そんなこと言っていても仕方がない。試しに1本抜いてみる。
傘が緑色したキノコ。
ヒゲのおっさんが1人増えそうな可愛いもんじゃない、リアルに危機感を覚えさせてくれる緑色のきのこだ。
これ、生で食えんの?火なんて持ってないぞ。
だが空腹は限界だ。次の瞬間に死ぬ訳ではなくても、限界を超えた空腹の目の前に食料が出てきたのだ。待てなどできない。
いくしか………ないのか?
どうせ食わなきゃ死ぬ。
ええい、ままよ!
俺はキノコにかぶりついた。
――――その後の記憶はない