87 ピンスモグに向く者達
アリアとミスティはピンスモグの街の領主・フリッパの屋敷を訪れていた。
アリアはソファに深々と腰かけて出された紅茶に口をつけている。
その向かいに座るフリッパは前のめりに冷や汗を流し続けている。
アリアの横にはミスティが、部屋の扉前にはヘルトが控えている。
「進捗は?」
「は、はい。既に予定数の兵器は全て完成したと報告を受けております。ひと月程で調整が終わり稼働できると」
「そう、それじゃあ予定通り、計画は来月決行ね」
「はい、畏まりました。あの…それで、ご存知かとは思うのですが、昨日町に勇者様が到着なされたのですが……」
「知ってるわ、それがなにか?」
「その…大丈夫なのかと。勇者様はこの計画を知っているのでしょうか。なんせ勇者様は貴族殺しとして有名ですから。アリア様と勇者様が懇意である事は伺っておりますが、此度の行動が勇者様の意に反すると言いますか……琴線に触れるものではないのかと不安で」
「ススムは計画のことは知らないわ」
「すすむ?と申されますと、ひっ!?」
「貴様ごときが呼び捨てにするな」
アリアの指がフリッパの喉元に突きつけられる。僅かに爪が刺さり、一筋の血が首を伝う。
「ひっ!ひっ!ひっ!………も、申し訳ない。初めて聞く名だったので………」
アリアは大きく見開いた目でフリッパをしばらく睨んだ後、ゆっくりと腕を引いた。
「ススムはススムの名前よ」
「ふぅ………ふぅ………、その……間違っていたら申し訳ないのですが、勇者様の………」
おそるおそるアリアを伺うフリッパに、アリアは目で返事をする。
「そうでございましたか。世間には勇者様のお名前はガルファ=ワールドエンドと広まっておりますので存じませんでした。申し訳ございません」
頭を下げるフリッパ。アリアはフリッパの謝罪など興味も価値もないかのように見向きもせずに紅茶に口をつけている。
「では勇者様は何のためにこの町へ?」
「ススムが来ちゃいけないの?」
「いえとんでもない!いつでも来ていただいて結構でございます。ただ今回は勇者様も計画に加担していただく為にお越しになったのではと考えておりましたので」
「たまたまよ」
「そ、そうでごさまいましたか」
フリッパは満面の笑みで滝のように流れる冷や汗を拭っている。
紅茶を飲み干したアリアが立ち上がるとすぐにヘルトが優雅な作法で部屋のドアを開ける。
「ススムは計画のことは知らないけど、これはススムの為にする事なの。貴方も王になりたいのならススムの為に貢献しなさい。予定通り一月後、王都プロンタルトを堕とすわ。あなたは余計な口出しせずにそれに備えていればいいの」
「あ、お帰りですか?門までお送り――」
「必要ないわ」
「私がお送り致します」
アリアの為に扉を開けていたヘルトがアリアを門まで見送った。
ヘルトが応接室に戻ると、フリッパは未だにソファで頭を抱えていた。
「勇者は計画を知らない」
「そのようで」
「もし計画を知ったらどうなると思う」
「見当がつきません」
「アリア様は勇者の為だと仰っていた。アリア様が勇者を説得して頂ければ………」
「勇者様にお伝えすることは無い様子でしたが。むしろ勇者には秘密にするようにという私どもへの圧を感じました」
「うむ…やはり話の裏を読むのであればそういう意味だよなぁ…………………あああああああああ!!!!!」
突然、奇声を上げて暴れ出すフリッパ。
「おしまいだーーー!儂は死ぬんだーーー!!王都なんて落とせるわけない!ほんの出来心だったんだーー!!儂は謀反に失敗して死ぬんだーー!もしくは勇者に殺されるんだーーー!」
「どうか落ち着いついてださい」
「やかましい!おまえだって、おまえだって只では済まんぞ!」
「私はいつでもあなたを置いて逃げれるよう荷物をまとめておりますのでご安心ください」
「貴様って奴はーーーっ!」
フリッパはヘルトに飛びかかるが、あっさりと躱されるのであった。
-サルバトゥーレの執務室-
「サルバトゥーレ様、例の冒険者の居場所がわかりました。ピンスモグの街にいるそうです」
「ピンスモグ、勇者が懇意にしていた町か。嘘か誠か、勇者の亡霊よ…今更一体何をしに戻ってきたのか。のぉ、勇者よ」
問いかけるようにサルバトゥーレは自身の横に立つ者へ言葉をかける。そこにはススムと瓜二つの容姿の男が立っていた。
-とある森の中-
「………」
「リリ、どうしました?」
「見つけた」
「ススム様ですか、どちらにいらっしゃるのですか?」
「あっち」
「あちらは……なるほど、ピンスモグですわね」
特に合図もなく、クレイとリリは同時に駆けだした。
-ピンスモグより北の地-
魔物の大軍が土埃を上げて南へと進軍していた。先頭を走るのは豚の顔をした人型の魔物、巨大なトカゲに乗って軍を率いている。
「もうすぐだ。待ってろよ、腰抜け魔王」
豚の魔物は舌舐めずりしながら自身の明るい未来を思い描いていた。
-ピンスモグより南の街-
その日、中規模の街がひとつ壊滅した。
建物のほとんどは崩れ去り、街の中心には巨大なクレーターが出来ていた。
「まったく、危害を加えるつもりは無いって言ったのに。宿は次の街で取るとしよう」
周囲の惨劇を気にもとめない青年は北に向かって歩き出した。
-ピンスモグより西の海、海中-
(許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない)
恨みの念だけを原動力に1人の人魚が東に向かって泳いでいた。
それぞれの思惑がピンスモグに集結しようとしていた。




