07 孤児院のすすめ
かわいい女の子、お家にお呼ばれ、ご飯をご馳走、お礼。
これだけの単語が並んでテンションのあがらない男なんている?
いないよね!
誰だってそうだ。俺だってそうだ。
少し前までの俺だってそうだった。
そんなに話がうまく転がることなんてない。
俺が案内されたのはアイリー達が暮らす孤児院だった。
いろんな妄想をして舞い上がっていた過去の自分を殴ってやりたい。
しかも広場で倒れていた時よりヘトヘトだ。
炊き出しに使った道具を載せたリアカーをここまで引いてきたせいだ。
ヒルシという少女が引いていたのだが、少女が頑張っている横で手ぶらというのがいたたまれなくなって交代を申し出た。
いま、足に力が入らないのは正真正銘、体力の限界のせいだ。
体力のなさには自信あるからな。
そんな俺があの無駄腹貴族、ゴードンをいなせたのにはちょっとしたカラクリがある。
まともに組み合えば体重差だけでどうにもならなかっただろう。
あの時俺は、やつの足元をほんのちょっとだけ掘ってやった。
思いがけない小さな段差はバランスを奪って地味なダメージを生み出す。
階段を1段見誤って転びそうになった経験、誰でも1度はあるよね、いわゆるそれだ。
それにしてもタイミングが良いというか、悪いというか。ゴードンと敵対することになるとは。
同姓同名でなければあの男が子供たちの言っていた貴族だろう。
子供たちに任せろと言った以上、何とかしてやりたいと思っている。
あの言葉はその場を凌ぐためにでまかせを言ったわけじゃない。本心だ。できるか出来ないかは置いておいて、気持ちの上では本心だ。
女子供を傷付ける輩を見て見ぬふりするのは男が廃る。
だがそんなことより今は飯だ。
部屋の奥からいい匂いがしてきた。
「お待ちどうさまです」
アイリーが食事を持ってきてくれた。スープとパンと、豆っぽいもの?
「男の人には物足りないかもしれませんが」
「いや、1日ぶりの飯だ。ありがたい。それじゃあ、いただきます」
手を合わせてお辞儀をしてから、スープをすする。
染みる。
胃に染みる。
心に染みる。
一口一口を大事に噛み締めて食べる。
「不思議なお祈りをされるのですね」
「あぁ、『いただきます』の事か。こっちの国では食事の前に祈ったりしないのか?」
「えぇ、行います。食事の前にはアリア様に恵みへの感謝を祈ります」
「ふーん。俺の国では神には祈らないが、食事そのものに感謝するんだ。命をくれてありがとうみたいな」
「狩りをなさる方は獲物に感謝すると聞きます。ススム様は狩人か冒険者なのですか?」
「いや、文無しのニートだ」
「ニート?」
「世界で最も自由な仕事だ」
「まぁ、素敵ですね」
俺が食事を食べ終えようかというところで、アイリーが呼ばれて部屋をあとにした。
玄関先で兵と話してひどく驚いているのが窓越しに見えた。
つい気になって、戻ってきたアイリーに問いかけた。
「なにかあったのか?」
「えぇ。私は少し出ます。ススムさんはどうぞゆっくりなさってください」
「あぁ、ありがとう」
アイリーは変わらぬ落ち着いた口調だったが、少し焦っているのは感じた。
俺に一言言い残すとすぐに出ていき、兵と一緒にどこかへ行ってしまった。
アイリーが出かけてすぐ、俺は食事を終えた。
終えた訳だが、さてどうするか。
他所の家、しかも大して親しくもなく初めての訪問。そんな状況で放置されるほど身動きの取りにくい事はない。
探せば他のシスターもいるんだろうけど、タイミングよく通りかかってくれないだろうか。
そう思って部屋を見回すと、壁の影から少女がこちらをじっと見ているのに気づいた。
少女は目が合ってもじっとこちらを見ている。
「こんにちは」
とりあえず声をかけてみる。
返事がない、ただの幼女のようだ。
「えっと、食器を片付ける場所が分からなくて困ってるんだ。知ってたら教えてくれないかな」
こちらの様子を伺っていた少女だったが、とてとてと走ってきて俺の服の端を掴んだ。
「こっち」
案内してくれるのか。
重ねた食器を持って少女について行く。
先導する少女が部屋に入ると中から別の声が聞こえた。
「ミーナ、台所には入っちゃダメだって決まりでしょ」
「すまない、俺が頼んで案内してもらったんだ」
「あ、お腹空かせて倒れた人」
少女が案内してくれたのは炊事場。そこには広場でアイリーと一緒に炊き出しをしていた活発そうな女の子がいた。
たしか名前は…
「ヒルメシ」
「え、食べたんでしょ?」
「いや、名前」
「君の……もしかしてボクの!?ボクはヒルシ、そんな食いしん坊な名前じゃないよ!」
ブラッドオレンジのショートカットで見た目のイメージ通りの活発な喋りをする女の子。そしてボクっ娘か。悪くない!
「そうか、済まなかった。食べ終えた食器を持ってきたんだけど」
「ん、そこ置いといてー」
言われるままに流し場に食器を下ろす。
「ありがとな」
お礼を言ってミーナの頭を撫でる。
ミーナは肩をすくめ、走って部屋から出てった。
「ありがとね、アイリー庇ってくれて」
「いや、俺がムカついただけだ」
「でもゴードン様にたてつくなんて勇気あるね。弱っちそうなのに」
「偉い奴なのか?貴族なんだっけか」
「そうだよ。この孤児院に寄付してくれてるんだ」
「え?」
あのおっさん、この孤児院のスポンサーってこと?
それは不味くないか?
ゴードンにたてついた俺を孤児院がかばっている。この構図は非常に宜しくない。
「といっても、正確にはゴードン様のお父さんのモートン様だけどね」
「モートン様?」
「この孤児院を建てたのはモートン様なんだ。いろんな支援をしてくださって孤児院を支えてくれてた。モートン様が病に伏せてからはゴードン様が引き継いだんだけど、あの人がくれるのはお金だけだね。今じゃここを無くそうとしてるみたいだけど」
「どうして?」
「さぁ。いい儲け話でもあるんじゃないのかな」
父の代から続く慈善事業を止めて土地を活用したい。
金を儲けたい奴なら当然の考えだな。
孤児院なんて心象は良くても収支的にはマイナスだろうし。
わざわざ炊き出しの場に現れてケチをつけるようなやつだ。周囲からのイメージの事なんて考えていないんだろう。
とはいえ、俺がここに居ていい理由にはならないな。
孤児院とスポンサーが不仲だからって、わざわざ反感を買うような行動をすることはない。むしろ向こうに何かしらの口実にされるかもしれない。
何処の馬の骨ともわからんやつのせいで話がこじれるのは宜しくない。
飯も食わせてもらったことだしそうそうに去ろうと思って建物を出たところでミーナに捕まった。
「どうした?」
「遊んで」
「いや、俺は…」
「遊んで」
ミーナは俺の服をぎゅっと掴んで離さない。
表では他の子供らも伸び伸びと遊んでいる。
ミーナはふくれた顔をしてじっと俺を見上げている。
まぁ、少しくらいならいいか。
俺は子供たちと遊び、そのまま昼寝タイムまでご一緒してしまった。