70話 ガルムvsリリ
ハイテンポ注意!
チェックで読み返してたら電車降りそこねました(怒)
「やるぜ、魔人と勇者のサシの勝負。でもその間、この国の侵略を止めてやる理由もないだろ。さぁ、全面戦争の第2ラウンドだ」
くそっ、俺のタイマン作戦は全くもって意味なかった。
呼び出された獣人たちを止めたかったのに、これじゃむしろ足止め食らってるようなもんじゃねぇか。
リリとルルは言っても俺からは離れないだろう。例え離れたら離れたで俺が1人でガルムを相手しなきゃならんのだけど。
タイマン振っておいてなんだが1対1でどうにかなるかと言われれば答えはノーだ。
ったく、街を空っぽにして全員外に行くとかこの国の騎士は馬鹿なのか?
それどころか俺や離西区に対してはむしろ敵対している。本当に使えない。
なんにせよ目の前のこいつを相手する他ない。
いうてもこいつが元凶だ。こいつを倒せば黒獣も全部消えるかもしれない。
「ヒール」
回復の呪文を唱える優しい声が聞こえた。
そちらを見ると、アイリーがシスターブリュレを介抱する姿があった。
「っ………シスターアイリー?なぜ…」
「アリア様の愛は全ての者へ平等に与えられます」
「ですが私は…」
なにかを言いかけたブリュレに優しく微笑んで、アイリーは他の者の救助に移る。
いや嘘だろ、なんで逃げてないんだよ。
「アイリー!なんで逃げてないんだ!」
「なんでと言われましても、皆さん動けないでいるので救護しなくては」
「救護って、なんで子供らと一緒に行かなかったんだ。魔王が目の前にいるんだぞ」
そういって俺が指さした少年をじっと見て、何かに気づいたようにハッとした表情を見せた。
「まぁ、そちらの少年が魔王様でしたのね。気づきませんでした」
「いいからさっさと逃げろ!」
「ですか、この方々をお助けしなくては」
「はぁ?あんた何言ってんのよ!魔王がいるのよ?助ける前に殺されちゃうわよ!」
俺の言い分を援護するように、回復したシスターブリュレも声をあげる。
それを聞いたアイリーはガルムに向き直ると、膝をついて手を組む。
「魔王様、ここに倒れている方々は戦える者ではございません。どうか見逃しては頂けないでしょうか」
自分に向けて祈りを捧げるようなアイリーの姿にガルムが目を細める。
「お決まりなんだよなぁ、悪党ってのは自分の番が回ってくると決まってそう言うんだ。これまで自分達がしてきた事なんて忘れたかのように。でもまぁ安心しろって、俺は兵士共みたいに残酷な真似はしないからよ」
ガルムの口許が緩む。と同時に影から何かが飛び出した。
「全員すぐに楽にしてやるからよぉ!」
そりゃそうだ。さっきの話からすれば、最もこいつの神経を逆撫でする話だ。通じるわけない。
「ルルっ!」
俺の掛け声でルルが飛び出し、影から湧き出たものと打ち合う。
「続きは他所でやってくれ!チェンジフロア!」
俺はアイリーに向けて手をかざす。
アイリーと、教会の倒壊を受けて人が倒れている範囲を丸ごと地下のダンジョンへと移す。
俺がそっちに気を取られた瞬間を狙ってガルムがこちらへ飛び込んできていた。
大きく腕を振るって爪を突き立てようとするが、リリが鞘に入ったままの剣の腹で難なく弾いた。
リリに弾かれ宙に浮くガルムを目で追っていると目の前で鉄同士がぶつかり合うような音が聞こえた。そちらを見ると、ガルムの影から飛び出した黒獣をリリが防いでいた。
ガルムの能力は自身の影から黒獣を出すものだろうと予測はしていたが、影に触れてなくても召喚可能なようだ。
となると、空中にいる時の影や、光で伸びたり増えた影にも注意を払わないとだな。
「おぉ、よく防いだな」
「うちの子は優秀なんでな」
「ならこれならどうだ?エルダーリッチ」
着地したガルムの背後に揺らめく黒獣が現れる。真っ黒なために分かりづらいが、目の位置から察するにローブをはためかせる人型の魔物のように思える。
宙に浮くその黒獣は両手を上に掲げて1mほどの火の玉を作り出した。
たしかに、これまでのように突っ込んでくるだけの魔物じゃないな。
「ドガ・フォレストスコーピオン」
ガルムがそう唱えると、目の前の地面から黒いトゲが飛び出してくる。
リリがそれを剣で防ぐ。
と同時に俺の脇腹の横を同じような針が通り抜ける。
背後を見ると、前方と同様に、地面からトゲが伸びていた。
危ねぇ…いつの間にかガルムの影の上にいた。エルダーリッチの火球は攻撃するためでなく、その光で自身の影を伸ばすために作られたものだった。
ん?
側面に何かの気配を感じとってそちらを見る。影になってない場所から針が俺に向かって飛び出してきた。
その針は俺の脇腹を逸れて正面の空を突き刺した。
思わず冷や汗が滲む。
「ほら、おまけだ」
ガルムの掛け声でエルダーリッチが火球を放つ。
リリが火球をぶった切り、そのまま剣を地面に叩きつける。
続けて俺の側面にまわり、針の生えている地面に剣を突き立てた。
後方の地面が盛り上がり、1m程のサソリの黒獣が這い出てきた。針の正体はこいつらの尻尾だったようだ。
サソリは1度針を引いて、勢いをつけて再び俺を突き刺そうと伸ばす。
しかしそれもリリが弾き、そのまま剣でサソリの頭を叩き潰した。
「はぁっ!」
「おっと」
ルルがガルムに切り掛る。ガルムは身軽にそれを躱した。
「ははっ、流石は勇者様ってか。今のを全部避けきるなんてな。戦えない奴だと思ってたのに、結構やるじゃん」
躱した?馬鹿言うなよ、全部外したんだろ。こちとらひとつとして見切れてねぇよ。気づいたら攻撃されてたよ。
煽りたかったのか、別の狙いがあったのか、ガルムの狙いが分からない。
成り行きでガルムと俺が対峙することになったけど、もしかして本当に俺の足止めを考えてるって事も有り得るのか?
ガルムは俺の事を勇者だと思っている。そうでなくても俺は魔王だ。
国の騎士がいない今、街の中での最大の障害は俺だと考えてもおかしくない。
こうしてるうちにも獣人の黒獣達が街の侵攻を進めているはず。時間をとりすぎると子供らが避難しているゴードンの家まで辿り着かれてしまう。
「リリ、ちゃんとこいつを守りなさいよ!私が安心して戦えないでしょ!」
「ルル、弱い。私なら、もう終わってる」
「うるさいわね!こいつが本調子じゃないのよ!」
ルルは俺を指さして怒鳴る。なんで俺?
「ススム、リリ、やる?」
リリがいつもと変わらない無気力な表情で言葉足らずに聞いてきた。
リリがガルムの相手をしてくれる、って解釈でいいんだよな。
「あぁ頼む」
「ん」
「ちょっと、あいつは私が―――」
小さく返事をしたリリはルルが文句を言い終わるのも待たずにガルムへ飛び出した。
一足跳びでガルムに接近したリリは勢いそのまま、剣の腹でガルムを打ち付ける。ガルムはそれを拳で受け止めた。
そこから2人の攻防が続くが、リリがラインを押し進め、ガルムが下がりながら受ける。
リリのスタイルは棒術とでも言えばいいのだろうか。小脇に抱えた大剣を全身を使って振り回し、その両端で相手を攻めたてる。だが棒術と言っても、剣は1m程の長さしかない。リリが背負うには大きすぎるが棒術の棒としては余りにも短く、真ん中を軸に抱えてしまえばリーチは非常に短い。故になんとも言えない不思議な戦闘スタイルとなっている。
脚を打たれたガルムが膝を折り、リリはその隙を逃さず、側面から頭に重い一撃を食らわせる。
殴り飛ばされたガルムは背中から建物に打ち付けられて倒れた。
「いててて……おあっ!?」
呑気に声をあげるガルムにすかさずリリが追撃、剣の柄を握って突きを繰り出す。リリの突きは剣が鞘に収まったままだとしても十分な威力を持ち、家の壁を粉砕した。ガルムは首を反らして間一髪で躱したようだ。
まだ立ち上がれていないガルムにリリはさらに追撃。怒涛のラッシュを見せる。
「ちょ、ちょとまてって。ロックタートル」
ガルムとリリの間に楕円形の黒い塊が現れ、リリの打撃を防ぐ。ガルムはその間に後ろに飛んで距離をあけた。
「ったく、さっきのは一呼吸置くとこだろうが。チビの癖にとんでもねぇパワーだぜ」
ガルムの召喚した黒い楕円から手足と頭が生える。どうやら亀の魔物のようだ。
リリは亀の甲羅に剣を振りかざし、一撃で潰してみせた。
亀の黒獣はチリとなってその場から消えうせる。
強い、圧倒的にリリが押している。このままガルムを封殺できそうだ。
ガルムは血に濡れた口元を拭うと大きくため息をついた。
「しゃーねぇか。出来れば自分達の手で進めたかったんだけど。理想通りにはいかねぇか」
ガルムが手の平に小さな黒い球体を生み出す。真っ黒ではあるが微かに光を放っており、黒獣ではないようだ。
「流石は勇者様だ。俺じゃ勝てそうにねぇわ」
俺じゃなくてリリにな。
「まぁいっか。勝ち負けはぶっちゃけ重要じゃない。あんたには負けても、この戦争には勝たせてもらう。フライフォグ」
ガルムのつぶやきに呼応して、黒い球体から、黒い霧が漏れ出した。




