06 炊き出しにならべ
さて、思いがけず助けてしまった子供らは、上手く元の牢屋に返した。
思いがけないトラブルに巻き込まれてしまったが、改めて地上を目指すか。いい加減、腹が減ってフラフラだ。
適当に斜め上に掘って地上を目指す。
穴からそっと顔を出してあたりを見渡す。
大丈夫……だよな。
周囲に人気がない事を確認する。膝丈の草が茂っているため穴はパッと見では見づらい。丁度いい場所だ。
改めて自分の服装を見直す。
拾ったボロマントは子供らに乱暴されたせいでさらに汚れている。
軽くホコリを払ってみるが元々汚れていたものはどうにもならないし、悩んだところでこれしかない。
目指すべきは街の中でも栄えている場所だが、俺はちょっと寄り道した。先程の子供たちが捕えられていた場所だ。
近くを通りつつ自然とチラ見して建物を確認する。
入口にはお揃いの鎧を着た男らが姿勢正しく立っていた。
よかった、ちゃんとした施設のようだ。
自分で送り返しといてなんだが、もし不穏なやからに捕えられていたのだとしたら今後が気になってしょうがない。
心のトゲが消えたところで、俺は街の賑やかな方を目指して進んだ。
しばらく進むと露天の立ち並ぶ通りに出た。それなりに人通りも多く、活気がある。
店に並ぶ食べ物を見て腹が鳴る。さて、人や物がある場所までは辿り着いたが、問題はどうやって手に入れるかだ。
お約束としては裏路地から女性の悲鳴が聞こえて、それを颯爽と助けてお知り合いになってなんやかんやいい感じに話が進む訳だが、そのような事件は見当たらない。
そもそも、そんなイベントが起きたところで俺が割り込んで戦えるかという話だ。
なんせ、穴を掘ることしか出来ないからな。穴の中なら鋭利な隆起物とか出せるけど。
そういやゲームなんかに『あなをほる』という技があったけど、あれはどうやって相手にダメージを与えてたんだ?
地面に姿を消すようなエフェクトがあったような記憶はあるが、実際に何をしていたかはさっぱりだ。
地中から相手に奇襲をかければいいのか?
なんにせよ平和なのは何よりだ。たとえ都合が良くても争いに身を投じるような思考はやめよう。
そんなこんなで歩いているとちょっとした広場に出た。
その一角に列ができているのが目にとまる。見れば、俺に負けじ劣らずのボロ着の人らが列を作っている。その先では何かを配っているようだ。
これはもしかして、炊き出しか?
やっぱりそうだ、並んでいる人らは順に食事をもらっている。
俺も並べば貰えるんじゃないか?
俺は最後尾の人に聞いてみた。
「すみません。これって炊き出しですか?並べば誰でも食事がいただけるのでしょうか?」
「見ない顔だな。あぁそうさ、アリア様のお恵みが貰える」
痩せこけた中年は快く答えてくれた。
よし、並ぼう。
空腹はもう限界を超えている。なんでもいい、食事にありつきたい。
もう少しで俺の番というところ、食事を受け取った少年が人とぶつかって倒れた。
「何をするか!」
男は倒れている少年に激昂した。
少年はあっけに取られた顔をして固まっている。
でっぷりとして仕立てのいい服を着たその男は少年をこれでもかと怒鳴りつけている。
周囲も騒ぎに気づいてザワつくが、助けてやろうと動く者はいない。いや、1人だけ少年に駆け寄る人物がいた。
「誰のおかげで飯が食えてると思っておるのだ!」
「ゴードン様、どうか怒りをお鎮めください」
「おぉ、これはこれはアイリー殿、ご機嫌麗しゅう」
少年と中年の間に割って入ったアイリーと呼ばれた少女。炊き出しの給仕をしていた子だ。
腰を超えるストレートの銀髪を揺らし、清楚で優しい顔立ちをしている。
「申し訳ありません、ゴードン様。さぁ、あなたも謝って」
アイリーは少年を立たせ、謝るよう促す。
少年はアイリーの言うことを聞いて素直に謝る。
「ふん、不愉快だ、とっとと失せろ」
「さぁ、新しいご飯を貰ってお行き」
少年はアイリーに送り出されるまま新しい食事を受け取ってどこかへ行った。
「アイリー殿も相変わらず精が出ますな。こんな事をしてなんになるというのか」
ゴードンはわざと周りに聞こえるように大きな声で言う。その言葉にその場にいた者らが顔をしかめて俯く。
誰も言い返さないどころか、ゴードンの顔すら見ようとしない。
「ところでアイリー殿、例の件は考えていただきましたか?」
「そのお話はやはりお断りしたいと。孤児院はモートン様がお建てになった大事な場所ですので」
「はぁ、またそれですか。いいですか、あの土地は今や私のものなのです。あんなボロ小屋、その気になればいつでも儂の好きにできるのですよ。それに、あなたにとっても悪い話ではないでしょう」
「ですが…」
「まぁいい。あなたもすぐに良い返事をしたくなることでしょう」
「それはどういう意味でしょう」
「すぐにわかりますよ。また近いうちに話し合いに伺いますよ」
「アイリお姉ちゃんから離れろっ!」
「あっダメよ!」
含みのある言葉を浴びせて下卑た笑いを見せるゴードンに子供が飛び掛る。反射的にゴードンがそれを振り払い、子供は地面に突き飛ばされる形となってしまった。
「大丈夫か!……………ふ、ふん。儂が悪い訳では無いからな。掴みかかってきたおまえが悪いのだ」
ゴードンは倒れは子供に迫り、その手を伸ばす。
あぁ、腹が減った。
腹が減りすぎて足元がふらつく。
足元がふらついて思いがけず、広場で子供に暴力を振るおうとしているおっさんに蹴つまづいてしまった。
情けない声を出して転がるゴードン。
いやぁしょうがないしょうがない。腹が減っていたのだからふらついて誰かにぶつかっても仕方が無いし、そんなところにしゃがみこんでいるのが悪い。
「なっ、なんだ貴様はっ!何をするか!」
「いやぁ悪い悪い。腹が減りすぎて倒れてしまった。どっかのおっさんのせいで給仕が進まないせいで」
「なっなっなっ、貴様ァ!」
顔を真っ赤にしたゴードンが掴みかかってきた。
が、俺の目の前で急に前のめりに倒れる。
「大丈夫かおっさん。おっさんも腹減って並びに来たのか?無駄にいいもん食ってそうな腹してっけど」
「このぉっ!」
ゴードンは再び俺に掴みかかるが先程と同じように倒れ、石畳で顔を打って鼻血を出してしまう。
「ぐぬぬぬぅ!貴様ぁ!」
「何事だ!?」
騒ぎを聞きつけた守衛がこちらに駆け寄ってきた。
騎士達は俺とゴードンの間に割って入って双方を睨む。
「くっ。なんでもないわ!?」
「広場で揉め事が起きているとの通報があってきたのですが」
「なんでもないと言っておろう!わしに構うな!」
「は、はぁ…」
「貴様、覚えておれよ!」
守衛を怒鳴りつけ、俺にそう言い残してゴードンは護衛を連れて馬車に乗り込み去っていった。
「アイリーさん、大丈夫ですか?」
騎士の1人がアイリーを心配して声をかける。もう1人はゴードンに立ち向かった子供を起こして怪我がないか見てくれている。
「えぇ、こちらの方が助けてくださいましたので」
「そうか。君も大丈夫かい?」
「大丈夫だ、問題ない」
「そうか。君は、見ない顔だな」
「旅のものだ。この街には着いたばかりでな」
「そうか。何かあればすぐに私たちに通報するように。いつも言ってるけどアイリーさんもね」
「えぇ、ありがとうございます」
「では私達はこれで」
アイリーに礼を言われた守衛は笑顔を見せて去っていった。
「あの、ありがとうございます」
アイリーが俺に頭を下げる。
近くで見るととても美人だ。銀髪よりもさらに白く透き通った肌をしていて、柔和な顔をしている。
「いや、見てらんなくて。君に怪我がなくてよかっ……」
そう言いかけて俺は倒れてしまった。
「きゃっ!あの、大丈夫ですか?」
「あ、あぁ大丈夫だ。ちょっと腹が空きすぎただけだ」
半分嘘だ。本当は安心して足から力が抜けてしまったからだ。絡まれるアイリーと子供をみて思わず飛び出してしまったが、実は結構怖かった。
けどせっかく助けたのに実はビビってましたじゃかっこ悪いので空腹のせいにしておこう。
今現在、地面に倒れている時点で格好も何もないとは思うが、そこだけは貫こう。
逆境の時こそ胸を張って生きるべきだ。
そう思って地に伏しながらも姿勢だけはしっかりと正して何食わぬ涼しい顔をしている、何も食ってないだけに。
「ふふっ、おかしな人。いま食事をお持ちしますね。ヒルシ、食事を1人分お願い」
「え、もう全部配っちゃいましたよ」
ヒルシと呼ばれた少女は陽気な声でそう答えた。
「あら、それは困ったわ。………そうだ、良ければうちに来ませんか、大したものは出せませんがご馳走させてください」
「え!いいの!あ、いやそんな悪いですよ」
「いえ、助けていただいたお礼も兼ねて是非」
「そうですか?ではお言葉に甘えて」
ということで、アイリーの家にお邪魔することになった。
女の子の家にお呼ばれとかテンションあがりまくりんぐなんですけど!