05 子供らはすすませない
助けてやった俺を簀巻きにして放置して逃げ出した恩知らずな少年少女たちよ。ダンジョンマスターを敵に回したことをその身をもって悔いるがいい。
とかちょっとそれっぽく思ってみたりね。
ぶっちゃけダンジョンマスターってなんぞって感じだし、そんな自覚もないただの穴が掘れるだけの一般人ですが。
とはいえ、今感じている感覚。
洞窟内の子供ら一人一人の気配と、自分で掘ってきた洞窟を好きに操れるという感覚。
恩を仇で返す悪い子らにお仕置きタイムだ。
子供らは順当に一本道を進んで出口に向かっている。
俺は外に繋がる道を塞いで新しい進路を作った。
10分ほどしてゾロゾロと子供たちが部屋に入ってきた。
「えっ…」
「ん?どうした?」
驚く少女の声に俺はあっけらかんとした態度で応えた。
「どうして……」
彼女は俺と部屋を見回している。
ふふ、驚いてる驚いてる。
俺は洞窟の行き先をこの部屋へ繋がるように作り替えていた。
部屋にある2つの出入口は一本の道で繋がっている。今この洞窟に出口はない。
子供らが再び部屋から出ていくが、やはり15分ほどで1周して戻ってきた。
「どうなってるの…」
「残念だがこの洞窟に出口はない」
「そんなわけないでしょ。あなたがいるんだから、あなたが使った出入口があるはずよ」
「だったら聞くが、さっき通った地下牢への出入口はあったか?」
「!?」
出口を探すのに夢中で気づかなかったのか。それとも目の前で塞いだのを見てたからそこだけ納得してたのか。
なんにせよ俺が自由に穴を塞げるという点を失念していたようだ。
「あんた、ここから出しなさい!」
少女は俺の胸ぐらを掴んで脅してきた。
「おぉ怖い怖い。けど生憎と俺はこの通り身動きが取れないんでな。どうすることも出来ないんだ」
そう言って簀巻きされた体を陸に上がった魚のように振りながらニヤニヤと笑ってみせた。
少女は顔を歪ませて俺を放り投げた。くやしいのうくやしいのうww
「おねーちゃん、出れないの?」
「えっ、ううん、大丈夫だよ~」
子供たちの問いに優しく答える少女。児童らに接する少女の表情は柔らかなものだった。
「だいたいおまえら、なんで盗みになんて入ったんだ?」
あまりにも幼い子が多い。彼らを先導する少女でさえも12~13といったところだ。なぜそんな子らが集団で物取りなどに及んだのか。それが気になった。
「そうしないと生きていけないからよ」
少女は俺を睨みつけて言った。その目からは憎悪が感じられた。それは初対面の俺のことを恨んでいるような目に感じた。
「私たちだってなにも最初から盗みなんかしてたわけじゃないわ。今だって仕事があれば真っ当な仕事を選んでる。だけどそれだけじゃだめ。私たちみたいな家なしを使ってくれるのは少数。それも大半は使い捨ての道具くらいにしか思ってないじゃない。私たちは必死に生きてる。それのどこが悪いの」
「いや、盗みは悪いだろう。真っ当な仕事もあるんならそれだけで頑張ったらいいじゃないか」
「それが出来ないから!……それが出来ないからこんなことになってるんじゃない。大人はみんなそう、勝手なことばかり言わないで」
少女は感極まって言葉が上ずっていた。少女は拳を握りしめて壁の方を向いてしまった。ほかの子も何人か、少女の大声に驚いて泣き出してしまった。部屋の中が軽い保育所状態だ。
きっと少女が俺に向けていた目は俺を恨んだものじゃない、世の中の大人達すべてを恨んだ目だ。何も知らない俺の上部だけの言葉なんて到底響かないような辛い道を歩いてきたんだろう。
俺はこの世界のことをまだ何も知らない。彼らには彼らの事情がある。
平和な日本の基準で知ったようなことを言うのはちょっと軽率だったかもしれないと、騒がしい子供たちを見て少し気に病んだ。
「おねぇちゃんをいじめないで」
その台詞は俺を縛るロープを解いてから言ってくれ。
少年は小学生低学年くらいの年頃に見えた。この集団、これくらいの歳の小さな子が大半を占めている。
「トビーが怪我したから、お姉ちゃんはトビーの為にお金を稼ごうとしたんだ」
「ケニ!」
「だって、お姉ちゃんは悪くないもん!悪いのはあのおじさんだもん」
ケニと呼ばれた少年に同調するように子供たちは少女を守るように囲った。
「あのおじさんってのは?」
当然の疑問を返すが、少女は渋い顔をして黙り込む。
俺はじっと見つめて顔で催促する。
それに応えたのはケニでも少女でもなく別の少年だった。少年らの中では少し年上に見える、どちらかというと面倒を見る側の男の子だ。
「ゴードンだよ。そいつがトビーを馬車で轢いたんだ。なのに貴族だからってお咎め無しで……」
ゴードン。さっきも一瞬だけ出てた名前だな。こいつらが盗みに入ったとこだっけ。
「それで、医者代を稼ぐついでに仕返ししようと」
「仕返し?そいつのせいなんだから、本人から治療費を貰うのは当然よ」
「まぁ、一理あるな」
気持ちはわからなくはない。
仲間が怪我させられたのに向こうがお偉いさんだから許されるなんてのは腹立たしい話だ。
そんな事がまかり通るとは、どうやらこの世界の貴族は腐っているようだな。
俺はちょっぴり、この子らに肩入れしたくなった。
ただ、子供らにこれ以上危険なこともさせられないな。
「事情はわかった。この話、俺に任せてくれ」
「えっ?」
子供らの目線が俺に集まる。
「俺がなんとかしてやろうじゃないか」
「あんた、本気で言ってんの?」
「もちろんだとも。とりあえず縄をほどいてくれないか」
「逃げ出すために適当言ってるんでしょ」
「おいおい勘違いするなよ。そもそも今、ここから抜け出せないのはお前達の方だろ」
仕方ない、自分で解くか。
俺は洞窟操作で地面に鋭利なでっぱりを作り、手首を縛る縄を切った。
俺のダンジョンマスターとしての能力、穴を掘る・穴を埋めるだけでなく、割と細かく土を操作出来るみたいだ。
俺が自由になると子供たちの間に驚きと警戒が走った。
「ったく、人の好意につけこんで好き勝手やりやがって」
肩を回して凝り固まった体をほぐす。かれこれ30分ほど縛られてたからな、体が痛い。
「何のつもり。何が目的なの」
「目的?んなもんねぇよ。気が向いたからだ。俺はいい人なんだよ」
そういって意味深に笑ってみせた。
「とりあえずこっから出してやる」
「えっ、いいの?」
「おまえら捕まえててもしょうがないからな。ちびっこらも疲れてるだろ。ほら、洞窟の先を外に繋げたから、進めば出れるぞ」
「私はあなたなんか、大人なんか信用しないわ」
「それは別にいいけど、とりあえずこっからは出るだろ?」
「…………………ヨーゼ、先導して」
少女はしばし考えてたが、背を向けて子供たちを連れて出口に向かう。
子供たちを全員部屋から出したあと、少女はこちらを振り返った。
「謝ったりしないから」
「おう、別にいいぞ」
「私たちを逃がせばもう一度ゴードンの屋敷に忍び込むわ。時間が無いの。あなたがなんとかしてくれるなんて思ってないんだから」
「そうか」
「だけど……」
「ん?」
「……………なんでもない!」
なんで怒鳴ったか知らないけど、歯切れの悪い言葉を残して少女は出ていった。
さて、とりあえず…
助かったぁ~~!
ふぅ、子供とはいえ窃盗団に捕えられてたんだ。緊張した。やり過ごせてほっとした。
ちょっとムカついたから仕返しに洞窟をループさせてやったがあの時点で俺との道を断っておくべきだったな。感情に任せてふざけすぎたな。
子供たちが洞窟から出たのを確認して出口を塞ぐ。
ちなみに子供たちが抜けたその先は……
遠くから少女の怒声が聞こえた気がしたが、気のせいだということにしておこう。