54 ススム、騎士団と対峙する
早朝、ピエールに野菜を卸す為にカゴをしょって街へと入る。
今日の納品物はトラトマト。黄色と黒の縞模様が特徴のトマトだ。元の世界での赤いトマトを知ってる俺からすると気味悪いが、ちょっとお高い品らしい。
なんだか今日はいつもより視線を感じる。服装のせいだろうか。
俺が今着ているのは勇者の服。昨日これを着たまま寝て、朝一で着替えるのが面倒だったからそのまま出てきた。仮面は恥ずかしいから付けてないぞ。
にしても、普段と比べて騎士が多く巡回してるように思える。
まぁ魔王の襲来が続いたわけだから警戒にあたるのも当然か。
早朝なら人も少ないからと思ってこの格好のまま着たけど、ちょっと気恥ずかしい。
しばし歩いてピエールの店に到着。
店の裏では他の業者やピエール含むレストランのスタッフが搬入を行っていた。お、Mr.キノコことマッシュ君もいるではないか。
「おはようございまーす」
挨拶すると全員がこちらをチラッとみて、それから驚いた顔で2度見する。
「ムッシュススム、その格好は…」
「あぁこれ?どうですか?」
「どうと言われても…」
ピエールは口を噤み、他の者も目を伏せる。
「おまえ!なんてことをしてるんだ!?」
声を上げたのはマッシュ。
マッシュは駆け寄ってくると服を隠すように俺のローブの前を両手で絞める。
「何を考えているんだ君は!」
「何って、何も?」
「あぁそうだろうとも!」
「何かまずいのか?みんな大好き勇者様の格好だろ?」
「そうか、君はこの国の者ではないから知らないのかもしれないが、この国では勇者は必ずしも良い印象という訳ではないんだよ。あぁしかもよりによってなんで今日なんだ」
「今日だとなにかまずいのか?」
「ちょうど昨日、遠征に出ていた騎士団が帰ってきたんだよ」
「なるほど、それで見回りが沢山いたのか」
「見られたのか?見られたんだなその格好を!あぁなんてことだ」
マッシュは1人で頭を抱えて喚いている。相変わらず騒がしいやつだ。
モグネコ族はあんなに勇者を崇めていたのに、地上ではなんだか微妙な反応だな。
勇者っていうくらいだから正義の味方じゃないんだろうか。あぁいや、正体は魔王だったな。
「おやおやぁ、これはこれは。勇者らしき者がいるというから来てみれば、本当に勇者がいるではありませんか」
いやらしさの交じる、のったりとした声の男が話しかけてくる。
大きなガタイに王国騎士団の鎧を纏い、金髪をオールバックに固めた目つきも口元も鋭くいやらしげな男は明らかにこちらを見下した態度を見せている。
「今更何の御用ですか?帰ってくるのが5年程遅いのではないでしょうか、もうここにあなたの居場所なんてないんですよ」
「すみませんマーレイ様!こいつ田舎者なもんで、勇者の事全然知らないんです」
マッシュが俺をかばうように前に割って入る。
「どうか勘弁してやってください」
「ほぅ、そうかそうか。お前はそいつが本物の勇者ではないというのか」
「当たり前です。こんな情けないやつが勇者なわけないでしょう」
「証拠は?」
「………はい?」
「こいつが本当に勇者でないとどうやって証明できる?」
「そ、それは…こんな奴が勇者なわけないじゃないですか」
「なぜそう言いきれるのかな。勇者の素顔は誰も知らない。となれば出で立ちで判断するしかないではないか」
「ですが…」
「それとも貴様は勇者の素顔を知っているのかな。そうか貴様、勇者の仲間か。勇者をかばっているんだな」
「いえ、そのようなことは…」
「どけ」
マーレイの裏拳がマッシュの顔面にヒット、マッシュは無抵抗に地面に転がった。
「疑わしきは罰せよ」
マーレイが剣を抜く、狙いはもちろん俺だ。
焦るな、ビビるな、俺だって戦う力は持ってるんだ。取り乱して相手に気圧されるのはダメだ。
落ち着いて、テリトリーを広げて周囲の地面を支配する。
モグネコ村で巨大ダンジョンを支配領域に加えてから自分の能力が上がっているのを感じる。
前は地面の上では周囲1m程度しか支配領域を伸ばせなかったが、今では10mは軽い。
地下ほどではないがスキルを行使できるし、範囲内の相手の動きも手に取るように感じられる。
やるぞ、やってやる。
ゆっくりと目を閉じて、集中する。
マーレイ、周囲を囲む騎士たち、目で見ずとも周囲の全てを手に取るように感じる。
「潔いいのもつまらないなぁ、まぁいい、死ね」
マーレイは大きく剣を振り上げ―――
「うのあっ!」
情けない声を上げてながらそのままブリッジの形で後ろにのけぞった。
「な゛……な゛んだ」
無理な体勢のまま喉の詰まるような声で唸るマーレイ。万歳状態で地面に突き立てた剣を握りしめて辛うじて背中を地面と水平に保って踏ん張っている。
「あじが……どうなっでる」
足が地面から離れないんだろう?
俺が蔓を巻き付けてやったからな。
剣を振り上げたはいいが踏ん張るための足が動かず、膝を軸に後ろに倒れ込んだのだ。
その姿勢で立派な鎧はさぞ重かろうに。
苦しそうなマーレイを見ていると俺のおちゃめなイタズラ心が燻られた。
「ぐあっ!ぎざま、なんのづもりだ」
マーレイの腹の上にどっかりと胡座をかいて座ると、呻き声の度合いがあがった。俺が乗ってもブリッジを保っているあたりは流石騎士団といったところ、馬力が違うぜ。
だが―――
「ん~?なんだと思う~~?」
見せつけるように手をワキワキさせながらゆっくりと弱点に近づける。
「まさがっ、ぎざま、お゛いやべろ、だのむ、やべてぐれ」
「殺っていいのは、ヤられる覚悟のあるやつだけだ」
鎧で全身を固めたやつの弱点は間接の隙間だと相場が決まっている。
「おい、やべ……やべろ…」
「Show Timeだ」
「やべろぉおおおおおおうはっびゃっびゃっびゃつひうっひゃがっおはがっじゃびゃああ」
俺のテクニシャンズハンドがマーレイの脇を襲う。
マーレイは必死に剣を握る手を離すまいと耐えながら間抜けな顔を晒して汚ねぇ声で鳴く。
しかしそれも長くは続かない。
「ひゃべっ!ひゃべっ!ひゃべで~~もうっふ」
「え?なに?何言ってるか全然わかんない!」
「も゛うっ!だべらばぅー!……あばっ」
とうとう耐えきれなくなったマーレイはゴキリと腰から嫌な音を鳴らして背中を地面に付けた。
顔中から汁という汁を垂れ流して白目を向いていた。男のアヘ顔、タダタダキタナイ。
ちょっとおててを嗅いでみる。
「くせっ!」
後でピエールの店で手を洗わせてもらおう。
「さて、大将が倒れたけど、どうするんだ?」
周りを囲っていた騎士たちは困って目配せしていたが、やがて1人、2人と剣を抜き始めた。
こういうのは指揮官が倒れたら撤退するもんだと思ってたけど、くるか。
相手は5人、完全に囲まれてるけど全員の動きは見えている。
互いに身構え、兵たちはジリジリと包囲を狭めてくる。
「待ちなさい!」
戦いの場にはそぐわない可愛らしい声が響く。
鎧に身を包んだ幼い体、淡く燃えるような赤い髪、背中に抱えた大きな剣。現れたのは自称勇者の第一の剣、ルルだ。




