49 勇者のススメ3
「きゃあ!」
小さな悲鳴が聞こえて目が覚めた。
起き上がってそちらを見ると、そこにいたのはミケだった。
ミケは持っていたであろうおぼんを落として、体を震わせていた。
「んあ?大丈夫か?」
「ああああの、勇者様と騎士様はそういうご関係だったのですか?」
「そういうって、なに?」
「いいいえ!失礼しましたっ!」
顔を真っ赤にしたミケはおぼんとコップを拾って一目散に出ていった。
何だったんだ?
「変なやつ」
と考えながら何の気なしに体勢を変えると、手に何か柔らかい感触を覚えた。
なんだこれ?
とりあえず改めて感触を確かめる。
ふむ。
十分に堪能した所でゆっくりと手を離そうとしたのだが、その瞬間に手首を掴まれてそれは叶わなかった。
俺の手は、未だに柔らかい何かの上にある。
ああそうかそうか。ぴょん太だ、こいつはぴょん太に違いない。
ゆっくりと首を回してそちらを確認する。
「おはようございます、ススム様」
隣にいたのは裸に薄手の掛布団1枚を羽織っただけのクレイだった。
俺の叫びが村中にこだました。洞窟は声がよく響く。
「なななな、なんでクレイが一緒に?」
「添い寝ですわ」
「添い寝って、なんで裸なんだ!」
「この方が癒して差し上げられるかと思いまして。ご不満でしたでしょうか」
「いや!全然!まったく不満じゃないけど!」
クレイが体を起こすと羽織っていた布団がはだける。
うおおおおお、見える!大変!見えちゃう!ぴょん太そこどけ見えねぇだろうが!
「それに、上書きもしたかったですし?」
「なに?」
「なんでもありませんわ。ススム様が元気になられた様で何よりです」
「あ、あぁ。俺は向こうで待ってるから、着替えてきてくれ」
「分かりましたわ」
俺とぴょん太は部屋を出てクレイの着替えを待った。
俺は服を着たままだし、一線は越えてないだろう。
手の感触を確かめて、ちょっと嗅いでみたのは内緒だぞ。
クレイを待ってるうちに長老がやってきた。
「なにやら悲鳴が聞こえましたが、大丈夫ですかな?」
「あぁなんでもない!なんでもないんだ」
「そうですか」
「俺はどれくらい眠っていた」
「5時間くらいでしょうか、そろそろお昼になります。今日は勇者様が戻られためでたい日、ささやかながら宴を開かせていただきました。準備が出来ましたら村の中央の広場にお願いします」
「ああわかった。って、何度も言うが俺は勇者じゃないって」
「その事も含めて、改めてお話させていただければと思います。先程はわしもちと舞い上がっておった。互いに落ち着いて話がしましょうぞ」
「………わかった」
「それでは、先に広場でお待ちしております」
長老たちはあくまで俺を勇者にしたいらしいな。
はぁ、勇者がいるなら俺が助けて欲しいところだ。俺、魔王だけど。
広場に行くと大勢の村民が集まっていた。100人位はいるだろうか。
皆、モグラ顔に猫耳を生やしたような顔で、背は低い。
その中で俺の裸を見た少女、長老の孫でミケといったか、その子だけは獣人のような、人間に近い容姿をしている。
周りと比べて身長も普通にあるもんだから余計に目につく。
「俺は納得いかねぇぞ!あいつは5年前に俺達を見捨てたんでぃ!そのうえ俺たちのことを覚えてねぇなんて抜かしやがる」
「よさぬかタイショー。きっと何か訳があるのじゃ。それにこのままではいずれ村は終わりじゃ」
「5年もやってこれたんだ、これからも何とかなる!俺はあいつに従う気はねぇ!」
最初にここに来た時に駆けつけてきた集団の先頭にいた男と長老が言い争っている。
絶対俺の事で揉めてるな。
出来るならすぐに回れ右したい。が、2人は俺に気づいたようだ。
すぐに男がこちらに向かってき、長老も後を追ってくる。
「おめぇ、なんで今さら戻ってきやがったんでぃ」
「人違いだ」
「とぼけんじゃねぇ!」
「はぁ……じゃあ勇者だったらなんなんだ」
「俺はそんなの認めねぇ」
「なんじゃそりゃ」
「俺はお前には従わねぇ」
めっちゃメンチ切られても、身長が俺の半分くらいしかないので大して怖くない。
言ってることもめちゃくちゃで訳分からん。
「くそっ!こうなったら決闘でぃ!負けたらすぐにここから出てってもらうからな!」
「こうなったらって、どうなったんだよ…」
俺の方では何も起こってないんだが、こいつの会話はどんどん良くない方向に独り歩きしているのはわかる。
「じゃあ負けでいいよ。はい、降参。んじゃあ帰るわ」
無気力に両手をあげて振ってみせる。
それから背を向けてこの場から離れる。
どいつもこいつも好き勝手言いやがって、付き合ってられない。
「お待ちくだされ、勇者殿!」
だから勇者じゃねぇって。
この場を去るタイミングをくれたタイショーにはちょっとだけ感謝してもいいかもな。
さて、この流れで次に起こるであろう想定の中で警戒すべきは―――
「バカにしやがって……このやろう!」
はいきたー、想定内。無視されて激高した相手が飛びかかってくる。予想してました。
心の準備が出来ていればなんてことない。
目の前に壁を創って防ぐだけだ。
ちらりと振り向いて、滑らせるように片脚を1歩踏み出す。
足元をダンジョンとして自分の支配下と化す、とほぼ同時に壁を創造する。
その瞬間―――
爆発的に俺の占領エリアが広がっていく。
この巨大な空洞の見える範囲、いやそれ以上だ。
圧倒的な情報量が脳内に押し寄せる。ここから続く空間全ての情報だ。
俺の知らないスキルもいくつも勝手に発動している。
―ダンジョンの正常化、再構築―
足元だけダンジョン化しようとしただけなのにここら一帯全てが俺の支配領域と化した。
ハッと我に返る。
なんだ、何が起きた。
辺りを見回すと、景色が一変していた。
先程までの薄暗い洞窟とは打って変わり、空を見上げれば太陽が輝き、足元には草花が生えている。空気がうまい。
どこだここ、ワープでもしたってのか?
しかし周りにはモグネコ族の面々がおり、建物や宴の料理も元の位置にある。
俺の足元からは針山地獄を思わせるかのようなトゲトゲしい凶悪な土柱がそびえており、その先端に引っかかったタイショーがなにやら騒いでいる。
「おお…おおお………聖地が戻ってきた。ネコモグ村が蘇った!」
涙を流して歓喜する長老。他の村人達も声を上げている者、唖然としている者、涙を流している者様々だが皆喜んでいるようだ。針のてっぺんにいる1人を除いて。
長老は俺の手を両手で握り、祈るように自分の額に当てた。
「ありがとうごじゃいます!ありがとうございます!本当に、ありがどうごじゃいばず!」
そのまま干からびるんじゃないかってくらい顔中から液体という液体を流して泣きじゃくっている長老。
空気読まずにその手を振りほどくのもなんだか可哀想な気がして、鼻水がつかないよう祈りながら愛想笑いしていた。
ようやく俺の手を離した長老は村の皆に向き直り、泣き混じりのまま声を張る。
「皆の者!見えているか、感じているか。我らの村の息吹を、あの日の奇跡の再来を!土の勇者殿が再びこの地に舞い戻り、再び我らをお導きくださった!我らモグネコ族、この身尽きるまで勇者殿に絶対なる親愛と絶対なる忠誠を」
そう宣言して長老が俺に跪くと、合わせて村の者たちも一斉に俺に頭を垂れる。
「これからも多大なる慈悲にて我らモグネコ族を見守って下さいませ。我らのすべては勇者殿と共に」
だからそんなんじゃないってばよ。
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