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47 勇者のススメ1

「死ぬかと思った………」


ぷかぷかと水上に身を預けたままぼーっと天井を眺めている。

周囲は薄暗く、見通しは悪い。


地下空洞を掘り抜けた俺が落ちた先は幸運にも地底湖となっており、九死に一生を得た。

生きてるよね?実はここは地獄でしたとかそんなオチないよね?


ねぐらの下にこんな空間があるとは。


「お前も無事だったか」


犬かき………いや、うさぎかき?で寄ってきたぴょん太が仰向けの俺の胸の上に這い上がって、全身を震わせて水を飛ばす。


そのまま漂っていると岸に着いた。


とりあえず濡れたマントとシャツを脱いで絞り、靴もひっくり返して水を流す。


ズボンとパンツは…………誰が見てるわけでもないしいいか。


どうせここには俺とぴょん太しかいない。


ズボンを脱ぎ、続いてパンツも脱いで絞る。


暗くてジメッた洞窟とはいえ、こんな広い場所で真っ裸になるのは今までに味わったことのない感覚だ、この開放感はちょっとクセになるかも。


テンションあがってきた、今ならやりたい放題だ!


俺はその場で目一杯ジャンプ!180度ターンしながら大の字ポーズで着地と同時に―――


「ハッッッ!!」


気合いの掛け声!


そうして振り返った先に1人の少女が立っていた。


『ハッ……ハッ……ッ……』


時が止まる、俺の掛け声だけが洞窟内でこだまして寄せては返す。


少女は俺の顔を見て、目線を下にやって、もう一度俺の顔を見て、それから―――


「ひゃぁああああ!!!!」


手に持っていた桶を俺に投げつけて逃げる。


「いでっ!ちょ、待ってくれ!違うんだ!」


何が違うんだ!いや違うとか違わないとかじゃなくて!追いかけなきゃ!裸はまずい!この桶で隠して、いや違う服だ、服で隠すんだ!そうじゃない、服は着ろし!てかなんで追いかけてどうするんだ?ああもう俺落ち着け俺!!


そんなこんなあたふたしてるうちに少女の姿は見えなくなった。


とりあえず急いで服を着る。


と、着替え終わったタイミングで上から破砕音が聞こえた。


天井の一部が崩れて何かが落下してくる。


もう追いついてきたのか!


俺と同じように地底湖に落下したクレイは水面を蹴り、派手な水しぶきを巻き上げながら沈むことなく俺のいる岸まで走ってきた。

忍者かよ!


「追いつきましたわ」


やばい、逃げなきゃ!


そう思ってスタートダッシュの1歩を踏み切る間もなく、一瞬で腕を掴まれた。


「お待ちください!」

「離せ!殺さないでくれ!」

「そんなこと致しません!なので、どうかお逃げにならないでください!私はずっとあなたを探しておりました!」


クレイに引きとめられて俺はその場にとどまっている。


彼女の必死な訴えに心が揺らいで引き留められている――――のではない。


主に彼女の腕力によって引き止められている。

振りほどこうにもビクともしない。


彼女と目が合う。


悲しみに濡れているようで、その奥に深く深く何かが蠢いているような可愛くおぞましい瞳に若干の恐怖を感じた。


攻撃の意思はなさそうだし、なんにせよ逃げることは出来ない。

とりあえず話をするしかなさそうだ。


「はぁ、わかった。逃げないからとりあえず離してくれ」

「ありがとうございます!それではゆっくりとお話したいところなのですが、なにやらお客様のようですわ」


俺の腕を離したクレイの手はそのまま剣へと流れた。


見れば、女性が逃げた方から複数の人影がこちらに向かってきている。


「やいやいやい!ミケを襲おうってぇ輩はどこのどいつでぃ!」


大声を上げながらこちらに向かってきたそれらは農具を武器のように構えて俺達と対峙する。


喋る魔物?いや、亜人なのか?人とは随分と離れた姿をしている。


背は子供のように低く、鼻は突き出て目は顔の側面についている、頭には三角の耳。人型はしているがその容姿はどちらかと言えば動物寄りだ。


クレイは鞘に手を当てたまま俺を庇うように1歩前に出る。

それに並ぶようにぴょん太は後ろ足で立ってファイティングポーズをとっている。ステップしながらジャブで牽制する姿はとても愛くるしい。


「なんでいおめえさん方、その男を庇おうってのかい。やいやいやい、女を盾にして戦わせるってのかい!この腰抜け野郎。ミケに裸で迫ったってーやろうはおめぇさんだろぃ!」

「裸で!ススム様、どういう事ですの?私だってまだススム様の裸を拝見したことないというのに!ススム様の裸を見たという不逞な者はどいつですの?」


互いに睨みをきかせ一触即発。


とそこへ、相手側の援軍がやってきた。


「うおおおお~~~」


気迫に欠けた雄叫びを上げながらよろよろと走ってきたそれは、相手集団の先頭に追いつくと膝に手をついて顔を伏せたままゼェゼェと息巻いている。

一緒に走ってきた先程の娘が背中をさすってあげる。


「おじいちゃん無理しないで」

「ゼェゼェ……何を…言うか………わしゃまだまだげん…ゼェ………現役…じゃ。そ、それよりも!わしの孫娘に手を出そうとした輩はどいつじゃ~!」


と言ってようやく顔を上げ、俺たちを睨みつける。


周囲の者達よりも年老いて見えるその亜人と目が合った。


睨みつけているのか、それとも視力が悪いのか分からないが、怪訝な顔でじっと俺の顔を見て見ていた老人だったが、やがて身体を震わせて武器を落とし、こちらに手を伸ばしてよろよろと近づいてきた。


「まさか……あなたさまはもしや………ゆ―――」

「ススム様に近づくな!」


何かを言いかけた老人はクレイの振った鞘とぴょん太の蹴りによって飛んでいった。


「おめぇら!老い先短けぇ長老になんてことを!野郎ども、かかれぃ」

「待て!手を出すでない!」


長老への一撃を戦闘開始の合図と捉えた相手側が一斉に動き出そうとしたのを止めたのは、吹っ飛ばされた長老本人だった。


長老が皆を抑止しながらふらつく足で再び俺たちの前に戻ってくる。


「貴方様はもしや、勇者殿では!」

「は?」


長老はその場に膝をついて顔を伏せる。

それを見た周りにいる連中は周囲と目配せしながら戸惑っている様子だ。


「皆の者、頭が高いぞ!控えおろう!」


長老の声で皆が一斉に跪く。


「勇者殿、我々は貴方様のご帰還を心よりお待ち申しておりました」


もしかして、クレイはこの種族の人達からは勇者として崇められているのかな。

お姫様で、騎士団長も務めて、めちゃめちゃ強いし、勇者の称号を持っていてもおかしくない。


と、クレイに目を向けると、クレイもスっとその場に膝をついた。


「ずっとお慕い申しておりました。勇者様」


お前もかい!

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