43 魔人のススメ
さて、何を食べようか。
リユースコレクションとピエール・ド・アンサンブルには出入りしているが、なんだかんだでまともな客として飲食店に入ったことはまだない。
どの店に入ろうかとあたりを見回しながら街を歩いていると、急に肩に強い衝撃を受けて尻もちをついた。
見上げると目の前には筋骨隆々の男達が立っている。
よそ見し過ぎてぶつかってしまったようだ。
ここは穏便に、俺は当たり障りのない笑顔で片手を頭に回して謝る。
「すみません」
「にいちゃん、ちょっとツラ貸せや」
連れの2人が俺の両サイドに回って既に逃げ道を塞いでいる。
「いえ、あの……僕ちょっと急ぎの用事が……」
ススムは逃げだした。しかし回り込まれてしまった!
「連れないこと言うなって」
「え、あの、ちょっと、勘弁してください!」
ささやかな抵抗虚しく、俺は男達に取り囲まれたまま裏路地に連れていかれた。
建物と建物の間、人気のない暗く細い道で3人に詰め寄られる、後ろは壁で逃げ場はない。
「おめえがススムだな?」
「え、あ、そう…ですけど」
「あんたに恨みはねぇが死んでもらうぜ」
「は?え?」
正面の男が腰から剣を抜く。
おいちょっと待てよ!急展開過ぎるだろ!
ちょっとぶつかっただけで因縁つけられて即刻命のやり取りとか。異世界物騒過ぎだろ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ…ちょっとぶつかっただけじゃないか……」
「こっちも仕事なんでな」
「まっ……やめて……」
怖くて大声も出ない。
ただただ自分を守るように手をかざして、それ以上下がれるはずもないのに必死に壁に背中を押し付ける。
くそっ、俺が何したってんだよ。こんなとこで、こんな事であっけなく俺の冒険は終わってしまうのかよ。
「悪く思うなよ」
男が容赦なく剣を振りおろす。
悪く思うよ!死んだら絶対化けて出てやる!くそっ、くそっ!くそっ!くそっ!
顔の前を両腕で覆って目を食いしばる。
剣が空を切る音が聞こえて―――だが痛みは来ない。
「なんだ?」
「おいおい、動かねぇ的を外す奴があるかよ」
男は自分の手と剣を不思議そうに見ていて、取り巻きが茶化している。
「へ…へへ、ちょっとビビらせてやっただけだよ。次は外さねぇ!」
「何してんだおまえ」
再び男が剣を振り上げた時にこちらに向けられた声がして、全員がそちらを向く。
声の主は浅黒い肌の青年、鋭い目付きに短髪の黒髪、頭には獣のような耳がついている。派手めな短パンに派手なシャツ1枚を羽織った常夏ビーチスタイルだ。右目には眼帯をしている。
「なんだてめぇ!」
「俺たちゃ忙しいんだよ。怪我したくなかったらここで見た事は忘れて消えな」
男らはなんともテンプレートな小悪党のセリフで獣人に脅しをかけるが、獣人の青年はそんなもの眼中に無いとばかりにこちらに歩みよってくる。その瞳が捉えているのは明らかに俺だ。
「おめぇよぉ、あんまダセぇことすんなよ。こんなゴミ共に舐められて。魔人全体が舐められたらどうすんだよ」
「おいおいゴミ共って俺達のことかよ」
「亜人風情が舐めてんじゃねえよ!」
一番近くにいた男が獣人に殴り掛かる。
「ボーンナイト」
そう呟いた獣人の影から真っ黒な何かが飛び出し、手に持った剣で男を切り裂いた。
倒れた男は血溜まりを広げ、動かなくなった。
「なっ!……てめぇ!!」
男らがそれぞれの拳、剣で飛び掛る。
男らの攻撃を受けた黒い影は砕け、陽炎のように霧散する。
「はっ、妙な真似しやがって。死ねやぁ!」
「ワイルドファング」
獣人に剣を振り下ろした男が影から飛び出した黒い波に押されて地面に転がる。
黒い影は何匹もの狼のシルエットをしており、倒れた男どもに群がって容赦なく食い散らかす。
男らは大した声を上げる間もなく、俺の目の前でズタズタの肉塊に変えられた。
「もういい、戻れ」
青年の指示で狼達が影の中に消えていく。
続いて男達の死体が地面に飲まれるように青年の影に沈んでいき、きれいさっぱりなくなった。
獣人の青年が俺に歩み寄ってくる。
なんだ……次は、俺か?
「飯行こうぜ飯、お前のおごりでな」
「お……おう」
警戒する俺に向けられたのは屈託のない笑顔と、友達と話すかのような軽く明るい言葉だった。
予想外な相手の態度に思わず流され、連れられるまま2人で近くの飯屋に入った。
獣人の青年はガルムと名乗った。
互いに名乗ったところで早々に料理が運ばれてきたのでそれ以上の会話はしていない。
ガルムはこちらに見向きもせずガツガツと料理を平らげていく。
俺は先程の狼が男どもを食い散らかしていた場面が焼き付いて食欲がないのでとりあえず飲み物のみ。
ガルムの影から現れた黒い魔物のようなもの。あれは黒獣に酷似していた。
それと、魔人という単語を口にしていたように思える。
こいつも俺と同じく魔王の1人なんだろうかと考えつつ、“亜人”の聞き間違いだったらいいなとかちょっと思っている。あの時はおれも動転してたしな、十分に有り得る。
「ぷはー、食った食った」
ガルムは満足げに膨らんだ腹を叩いている。
ひと段落着いたようなのでここらが切り出し時だろうと思っていると、向こうが先に口を開いた。
「そんでよぉ、おまえさっきのあれなんだったんだよ」
「なに…って?」
「さっきはさっきだよ。あの野郎どもに殺られそうになってただろ」
「あぁ、まぁ、急に絡まれて、ちょっと混乱しちゃって」
「なっさけねぇなぁ。魔人なんだから、あんなゴミ共ちゃちゃっと殺しちまえばいいんだよ。それとも何か、虫も殺せねぇようなハズレスキルしか持ってねぇのか?」
「いや、別にそういう訳じゃないけど」
「じゃあなんであんな雑魚にビビってんだよ」
「人殺しはあまりしたくない」
「はぁああ???おまえ沸いてんのか?魔人は人殺してなんぼだろうよ!」
「ばか、声がでけぇよ」
大声で魔人だなんだと物騒なことを言うガルムに注目が集まる。
「そ、そうだな!亜人のいとこの師弟の次男坊だな!」
俺の機転の利いた咄嗟の誤魔化しに周囲からの視線は散っていく。
空耳作戦は成功のようだ。
「はぁ……」
「急にどうした、頭だいじょぶか?」
と、ガルムは自分の頭を指さしながら本気で心配そうな目で見てくる。
だいじょぶじゃねぇよ!誰のせいだと思ってんだ。
「おまえなぁ、あんまり魔人とか大声で言わないでくれ」
「あれか、おまえやっぱ弱ぇんだな。そんで人に紛れてひっそり生きていくタイプのあれだな」
「いやだからそうじゃねぇけど。いやひっそり生きたいのも否定しないけど」
「いいっていいって。身の丈にあった環境で必死に生きる、いいじゃねえか。俺はそういうの否定しねぇぜ」
「いやだから………はぁ、もうなんでもいいよ」
人の話を聞かないやつだ。話していて疲れる。
「なぁ、お前さっきから魔人って言ってるけど、魔王とは違うのか?」
「俺もよく知らねぇよ。魔王が俺たちのことを魔人つってたからそうだと思ってるだけだ。人間どもは全部まとめて魔王って呼んでるな。魔王見習いが魔人とかなんじゃねえの?プロンタルトを落としたら魔王として認められるとか言ってたし」
「プロンタルトを、落とす?」
「なに驚いてんだ。お前もそのためにここにいんだろ。ああわりぃ、お前はひっそりと生きるんだったな。だったら早く他所へ移った方がいいぞ。プロンタルトはこの俺様、ビーストテイマーのガルムが落とす」
「落とすってお前、戦争でもする気かよ」
「おうよ、この街の人間は全員俺様がぶっ殺す!」
ガルムは椅子とテーブルに片足ずつで飛び乗り、自信に満ちた笑みを浮かべてそう宣言した。




