35 初狩りのすすめ
砂埃をまきあげながらこちらに猛進してくる黒いイノシシ。
「あれがマッドボア?」
「えぇそうです。勢いに任せて体当たりしてきます。方向転換は苦手なので左右に躱しながら側面を狙うのが定石です。何かあればすぐ援護に入りますわ」
「え?」
「ご武運を」
そう言い残してクレイは姿を消した。
「クレイ?クレイ?」
ちょ待てよ、俺が1人でやんのかよ!いきなりすぎるだろ!ステーキ屋だってこんなにいきなりじゃないぞ。
マッドボアとの距離はぐんぐん縮まる。
じっとしててもやられるだけだ、とにかくやるしかねぇ。
「しゃああああ!!!」
気合を入れて1歩踏み込む。
その足元からマッドボアに向かって極々小さなトンネルを掘る。
このトンネルそのものに攻撃の意図はない。だがこうして掘り進めた穴とその周囲は全て俺のダンジョンと化す。
純粋に自分の周囲をダンジョン化した場合、数メートルの範囲しか支配できない。
だがこうして穴を掘り進めると、掘った穴とその周囲までテリトリーを伸ばすことが出来るのだ。
距離にして15メートル。マッドボアとトンネルが重なろうかというところで、俺は手をかざして叫ぶ。
「グラウンドウォール!」
マッドボアの目の前に1m四方の土壁が生え。マッドボアは止まること叶わず勢いそのままに鼻っ面から激突した。
うん、イメージ通り、完璧だ!
実際は手をかざす必要も技名を叫ぶ必要も無いのだが、自分の能力を魔法に見せかける為にそうしようと前々から考えていた。
初めての戦闘、それも不意な窮地で成功させるとは、やはり天才か。
マッドボアもあれだけの勢いでぶつかったんだ。相当なダメージを負っているに違いない。
マッドボアが壁を避けてこちらに顔を見せる。
口からはヨダレを垂らし、鼻息荒く前足で地面を掻いている。
怒りに充ちた目は完全に俺にピントが合っている。
「いやおい、嘘だろ。ノーダメかよぉぉぉ!!!」
マッドボアと俺、双方はほぼ同時に同じ方向へ走り出した。
「何やってんだあれ」
「滑稽だな」
「おーい!にいちゃん!こっちはそろそろ準備できっから、さっさと肉の準備してくれ!」
BBQの準備を進めるウォーリーが呑気に呼びかけてくる。
そう言われたって、こっちだって遊んでるわけじゃないんだよ!
マッドボアに追いかけらながら必死に走り続けていたら、いつの間にか元の広場まで戻ってきた。
クレイのアドバイス通り、マッドボアは直線こそ速いものの方向転換は苦手なようで、木を間をくぐり、壁を出して、細かく進路を妨害することでなんとか追いつかれることなく逃げ切り続けている。
くそ、このままじゃジリ貧だ。何とかしないと、落ち着け俺。
走りっぱなしで息も絶え絶えの中、思考をクールダウンさせて、マッドボアを倒す方法を考える。
俺が持ってる攻撃手段といえば………なんだ?キノコか?キノコしかねぇ。
――――いや
俺はマッドボアに向き直り、その場に屈んで地面に手をつく。
立ち止まった俺にマッドボアは容赦なく迫る。
グングンと迫る暴走イノシシ。
こえぇぇぇ…………けど、絶対大丈夫、たぶん。
互いの距離はあと数メートル―――と、マッドボアの踏み抜いた地面が抜け落ちる。
マッドボアは為す術なくそのまま穴の底へ落ちていった。
よっしゃ!成功だ!
実戦初の落とし穴は大大大成功だ。
貴様はこの世界で初めてダンジョンマスターススムの罠で仕留められた魔物だ。
落とし穴2人目の餌食になれたことを光栄に思うがいい。ちなみに1人目は俺自身だ。
俺が自分で試しにわざと落ちた時はただの穴だったが今回は違う。
穴の底には鋭利な土柱がびっしりと設置してある。落ちたら即ゲームオーバーだ。
慎重に穴の中を覗くと物凄く可哀想なことになっていた。お互い食うか食われるか、命のやり取りをした訳だから仕方のないことだ。とりあえず手だけでも合わせておこう、南無南無。
中々に危機は感じたが、これはこれで良かったかもしれない。
神妙に生き物を殺すとなるとやっぱりどこか躊躇いや後ろめたさを感じたかもしれない。
今は命が助かった安心感と、戦闘に勝利した興奮で気持ちが高揚している。ネガティブな感情はあまり沸いてこない。
「あーあーひでぇなこりゃ」
ウォーリーが穴の中のマッドボアを見て呟く。
「これ、引き上げれんのか?」
「問題ない」
俺は穴を底から埋めていくように隆起させてマッドボアを持ち上げた。
杭の抜けたマッドボアの体には大きな穴がいくつも空いていた。
「まぁ食う分には困りゃしねぇが、毛皮も内臓も駄目だな。もっとスマートやれなかったもんかねぇ」
初戦闘・初勝利の余韻に浸っていたのに、初獲物に文句ばっかり言われてちょっと萎えてきた。
必死になって勝つことばかり考えてたけど、後々を考えるとやっぱりキノコ使って無傷で仕留めるんだったか。
「おらっ!」
ウォーリーは俺の仕留めたマッドボアを足蹴にする。
おい!質が悪いからって蹴るこたないだろ!
なんだこいつ、嫌がらせか?喧嘩売ってんのか?お嬢様が見てない隙に俺をいびってやろうって腹か!
「ほらよ」
ウォーリーは蹴り折ったマッドボアの牙を手渡してきた。
「マッドボアの右の牙だ。そいつが討伐の証明になるんでギルドに提出しな」
「お、おう。ありがと…」
「ったく、傷が多いとバラしも大変だっつーに」
ウォーリーはブツブツ文句をいいながらマッドボアの片足を掴んで引きずりながらベースキャンプに戻っていく。
なんか、あいつ良い奴だな。
馬車のそばでは火のついたグリルやテーブルが設置されており、あとは食材を待つだけとなっていた。
俺はやることもないのでウォーリーがマッドボアを解体するのを黙って見ていた。
クレイはどこかで見てくれているのかと思ったけど、俺が狩りを終えても姿を見せない。援護とは何だったのか。
「クレイはどこ行ったんだ?」
「あ?姫さんならどうせ1人で――――噂をすれば、戻ってきたみたいですぜ」
森の中から断続的に轟音が聞こえる。
それは徐々にこちらに近づいてきて、クレイが森から駆けてくる。
その後を追うように、木々をなぎ倒しながら巨大な黒猪が飛び出してきた。




