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34 狩りのすすめ

馬車に揺られること1時間。街道を外れ、林道を進み、森を抜けて開けた草原に到着した。


「大丈夫ですか?」

「う゛う゛う゛…ぎぼぢわるい………」


俺は絶賛馬車酔い中だ。

お尻も痛い。林道を走る馬車の揺れはそりゃもう酷いものだった。


「お戻しになられるようでしたらこちらをお使いください」

「あぁ、いや、大丈夫。ありがと…」


クレイが差し出してきた袋を断る。

朝食を食べてない事が功を奏したな。胃に何か入っていれば百発アウトだった。


まぁ吐くにしても、馬車も止まってるし森の中だからその辺に吐くけど。


「なっさけねぇなぁ」

「軟弱だな」

「お嬢。あっしらは留守番でいいんでしょ?火の準備しとりやすぜ」


棒と箱、ウォーリーとフットマンは慣れた手つきで焼肉の準備を進める。

リリはそれを眺めているだけ。


「ススム様、動けますか?」

「あぁうん、体動かした方が気分良くなるかも」

「そうですか、では参りましょう」

「うん」


腰に据えた借り物のナイフを撫でながら、クレイについて森に入る。




「魔物って案外いないもんなんだな」

「この辺りはまだ管理が行き届いてますので、あまり多くはないですね」




初めての狩りに、ドキドキとワクワクが止まらない。

自分で獲物を狩って食べるってのはすごく楽しみではある反面、これから動物を殺そうとしているという怖さから、このまま何にも遭遇せずに終わらないかなって気持ちも無くはない。


森に入って10分ほど歩いているが、未だに魔物とは出会っていない。


「それにしても少ないですわ。マッドボアだけ取れればいいと思っておりましたが、先程の鳥も狩っておくべきだったかしら」


前言撤回、知らないうちに魔物とはすれ違っていたようだ。


と、クレイが身を屈めて片手をあげる。

その合図で俺も中腰でクレイの後ろにつく。


クレイの指差した先、揺れる草葉の陰に長い耳を持つ小動物が見えた。


「シザーラビットですわ」


クレイが小声で教えてくれる。

薄茶の毛を纏った愛くるしいウサギは後ろ足で立って耳を忙しなく動かしている。

何かを食べてるわけでもないのにモキモキと動く口元は、胴体とのお別れの言葉を呟いているようにも見え―――うさぎいいいいいい!!!


一陣の風が頬を撫でたと思ったら、かわいいうさぎさんの頭と胴がさよならしてました。


「どうかなさいました?」


剣の血を払い、シザーラビットを両後ろ足を掴んで宙ずりに持ちあげたクレイが俺の表情を不思議そうに見つめている。


ウサギの首からは血がドバドバこぼている。


「いや、うん、なんでもない」


目を逸らすとそこには切り落とされた首がこちらを向いており、目が合った気がしてさらに目を逸らした。


クレイはシザーラビットを木にぶら下げる。


「何してんの?」

「これを餌に魔物をおびき寄せましょう。マッドボアも肉食ですし、釣られてやってくるかもしれませんわ」

「こっちは?」


未だ地面に転がっている頭の方を指さして聞く。


「耳は一応、素材として買い取って頂けます。大きな額ではありませんが、宜しければお持ち帰り致しますか?」

「いや。ただ転がってるのが気になって。使わないなら埋めてもいいかな」

「えぇ、それは構いませんよ」


俺は足元からシザーラビットの頭の転がっている範囲までをダンジョンとして支配領域にする。

頭をダンジョンに取り込むようにイメージすると、頭は水に沈んでいくように地面に飲まれていった。


初めてダンジョンにモンスターを取り込んだ。

シザーラビットを自分の使役物として創造出来ることを感じる。

感覚としてはキノコを生み出すのとそう変わらなさそうだ。


「やはり素晴らしいですわ」

「え、何が?」

「ススム様の土魔法です。魔力を全く感じることが出来ません」

「え、あぁ…あはは………俺のはちょっと特殊だからね。あまり気にしないでくれたまえ」


やっべー!ちょっと使っただけでも普通と違うって分かるのかよ。


前に言われた時はただ凄いとしか言われなかったから、穴を掘る魔法が高難易度なのかなくらいに考えてたけど、魔力を感知うんぬんって話なのか。


「えっと、魔法を使っても魔力を感知させないのって難しいの?」

「待機させた魔法ならば多少は隠蔽出来ますが、発動後の淀みまで完璧に隠すことは出来ません。もしくは魔力変換効率が100%で一切の無駄のない魔法を行使すれば魔力は外に漏れないという説もありますが、理論上の話であってそもそも完璧な魔術自体が存在しないとされております」


何となくだけど、魔力って他のエネルギーとかの考え方と似たような感じなのかな。


例えば電気を発電しようとすれば、火力発電にしても原子力発電にしても作りたい電気の3倍近くのエネルギーが必要だったはず。


身近で言えば、火を使ってお湯を沸かそうとすれば、火の熱の半分近くは水に伝わらずに逃げていくし、炎を隠すことは出来ない。


魔力も同じで魔法に変換した際に、そして魔法として使用した際にエネルギーのロスが起きて、それを隠しきることは難しい、ということなんじゃないかな。



とすると、俺の使ってる力はやっぱり魔法じゃないってことが確定的になりそうだ。


そして、柄にもなく小難しい事を考えたが重要なのはエネルギーうんたらでもなく、これの力が魔法じゃないということでもない。


この力をどう誤魔化すかだ。


魔力がなんなのかよくわかんないから、感じ取れるものなのか、オーラみたいに目に見えるものなのか分からないけど、とにかく俺のスキルは無駄が無さすぎて無駄に目立つってことだ。


「この力って、バレたらマズいかな…」

「そうですわね。完璧に察知されない魔術の行使法、魔術師なら喉から手が出るほど知りたい技術ですわ」

「これって俺が力を使ってるとこ見たら誰でも分かるもんかな」

「魔術師なら疑問を持つのではないでしょうか」

「そっかー、そだよねー……」


世の中はなんと世知辛い。

きっとこの力が世間にバレたら、その秘密を求めて世界中の魔術師が俺を狙ってくるんだ。


そして捕まったら力の秘密を喋るまで拷問されて、実験されて、ボロボロにされるんだ。


もしくは爆乳ボディのエロエルフ女魔術師が色仕掛けで秘密を喋らせようと迫ってきて、必死の抵抗虚しくベッドに押し倒されて、あぁっ!お姉さんらめぇ!ぼくちん全部しゃべっちゃうぅぅぅ!!!!そうして首筋に冷たい刃を突きつけられた俺は何もかもを――――冷たい、刃?



クソみたいにあっぱれな妄想から現実に戻ると、クレイに首筋に剣先を突きつけられていた。


「あの………クレイさん?これは…………」

「いえ、ススム様の脳内に邪悪な体躯のエルフが巣食っているように感じたので切り捨てようかと―――」

「大丈夫!大丈夫だから!そんなのいないから。どうどう…」


クレイを宥めて剣を収めてもらう。


邪悪な体躯って。

確かにクレイは胸が大きい方ではない。だがスタイルは抜群だ。

俺はその慎ましやかなスタイルも素敵だと思います。


そう思ったのが伝わったのか、クレイが鞘に手をかける。


「ひいっ!ごめんなさい」

「どうされました?それよりも、来ましたわ」


そう言われてクレイの見据える方に目をやると、砂ぼこりを巻き上げてこちらに向かってくる黒いイノシシが見えた。

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