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02 外へすすめ

捨てる神あれば拾う神あり。穴を掘る男あれば落ちる女あり。


昔の偉い人はそう言った。後者は聞いたことないけど現状がそれを物語っているので間違い無い。

俺の掘った縦穴に落ちてきたのはドレスを纏い、いかにも貴族ですと全身で語る少女だ 。


「申し訳ありません。下に人がいるとは思わなくて」


いや、人がいようがいまいが底知れない穴に飛び込むやつなんていないだろう。この子はそういうスリルを味わう事で快感を得る性癖でも持ってるのか?


「ったく、どこ行きやがった」


穴の外から声が聞こえた。

いかにもなセリフ、そして今しがた穴に飛び込んできた少女、それだけで何となく状況を察した。


俺はとっさに少女の手を引いた。


男2人が穴に降りてくる。


「ここにもいないか、っつーかいるわけねぇかこんなとこに」

「いや、お嬢様なら有り得る。穴好きだな」

「はは、ちげぇねぇ。にしてもなんだこの空間は」

「明らかに人為的な空間。誰がなんのために。報告だな」

「それはいいがとっととお嬢を見つけねぇと。お嬢はいませんでした、代わりにガキの秘密基地見つけましたなんて言ったら首が飛ぶぞ」

「まったくだ。ほんとに世話のかかる。面倒だな」


2つの人影が穴を抜けて去っていくのを感じた。



俺は2人の会話を壁越しに聞いていた。

気配を感じてすぐに部屋の壁に穴を掘り、その中に身を潜めて入口を塞いで隠れていた。


入口を蓋していた土を壊す。


ふぅ、狭かった。2人でぎゅうぎゅうに詰まってたからな。けしてやましい気持ちがあって狙ってやったわけじゃない。咄嗟の行動ゆえにそうなってしまっただけだ。だから柔らかかったのもいい匂いがしたのも吐息がこそばゆかったのも不可抗力だ。


俺に続いて穴から這い出た少女は立ち上がり服のホコリをはたく。


「何となく追われてるのかなって思って咄嗟に隠れてみたんだけど、余計なお世話だったかな」

「いえ、あの者達に追われていたところにこの穴を見つけて、ままよと飛び込んだ次第です」

「そっか、それならよかったけど」


少女を追いかけていた連中の話ぶりからすると、悪意から命を狙っていたとかではなく、純粋に探しているように感じられたけど、まぁ本人がいいと言うならいいか。


「俺は掘手進(ほってすすむ)、ススムだ」


そう名乗って右手を差し出した。


「私は……クレイと申します」


そう名乗って彼女はおそるおそるといった感じで俺の手を握った。


手を離すと彼女はすぐに後ろを向いた。なにやらブツブツ言っているようだが、もし俺みたいなしょうもない男に触れてしまった事を恨んでいるような事だったらショック死するかもしれないから気にしないフリでいこう。


「さて、それじゃあとりあえず外に出ないとな」

「ここを登るのですか?」


彼女は自分が落ちてきた穴を見上げて聞いてきた。


「悪いが俺はそこを登るだけの運動神経は持ち合わせてはいない。もしクレイがここを登れるのなら俺のことは気にせず行ってくれ。俺は大丈夫だから」

「大丈夫と言われましても、どうなさるおつもりですか?」

「掘って進むさ」


俺は手を掲げて壁に向かって歩く。自分の前方1m、やや上の地面を消すイメージで進めば緩やかな坂を掘って進むことが出来る。


「まぁ!土魔法が上手なんですね」

「魔法?あぁうん、魔法ね。そうそう、得意なんだ」


これって魔法なのか?どちらかといえばダンジョンマスターとしてのスキルとか特性な気がするけど、魔法だってことにしといた方がいいのかもな、念の為に。


ダンジョンマスターとしての力を誤魔化さなければならない事は今後大いにあると思う。ダンジョンマスターということは極力名乗らない方がいいと俺の第六感が告げている。なんてったって魔王関係らしいしな、きっとろくなもんじゃない。


「あまりに見事な魔法に、ダンジョンマスターだと言われても信じてしまいそうですわ」

「え゛っ!?」


思わず振り返ると彼女はギラギラとした目でこちらを一心に見ている。


なんだこの視線は。俺を試しているのか?その顔はどう解釈すればいいんだ。なぜ黙っている……なんだこのプレッシャーは……


頬を伝った汗が顎から一雫地面に跳ねる。


「えっと、ちなみにダンジョンマスターってのはどんな職業なんだ?」

「職業ではありません。魔王の一角とされる魔族で、ダンジョンを生み出すとされております。どうかなさいました?」

「いや、なんでもないよ。うんなんでもない。さぁ早く地上に出よう」


俺は進行方向に向き直り掘削を再開した。





外だーー!


祝!ススム、大地に立つ!


数十秒進んだところで外に出ることが出来た。夜風が気持ちいい、シャバの空気が美味いぜ。


穴のすぐ先は高台になっていた。俺はその縁に立って街を見下ろす。


オレンジの光に包まれた景色はとても美しく見えた。


あぁ、知らないところに来てしまったんだな。そう思って頭では不安を考えたはずなのに、心のどこかには高ぶりを覚えていた。


「私はここからの景色が好きです」


並んで隣に立ったクレイは儚げな顔を見せる。


「あの光ひとつひとつに命の営みがある。ひとつひとつが何かを支えている。自分もその小さな灯りのひとつであり、また小さな灯りに支えられている事を思い出させてくれます」


クレイは小さくため息をつく。


「すみません。どうして初めてあった貴方にこんな話をしたのでしょうね」


そういって彼女は笑ってみせた。少し熱を帯びたような、照れを含んではにかんだようなその笑顔に、自分の胸が少し弾んだのを感じた。


「そろそろお暇しますわ」


そういって彼女は背中を見せた。


「俺も!」


思わず声をかけた。


「俺も、この景色は綺麗だと思う」


その言葉を聞いた彼女は一瞬、驚いた顔をして、それから笑ってくれた。


「ありがとうございます。それでは私はいきますわ。ごきげんようススム様」

「あ、1人でだいじょ………あれ」


そう言いかけた時には、彼女の姿はもう消えていた。


あまりに一瞬の事で、もしかして幻でも見てたんじゃないかって気持ちになった。


もしかしたら、ワープみたいな魔法でも使ったのかもな、魔法のある世界みたいだし。


俺は改めて街を眺める。


「ひとつひとつに命の営み…ねぇ」


なんとなく彼女の言葉を反芻する。意味なんてなかったと思うし、このとき何を考えていたかも覚えてない。


「とりあえず寝るか」


俺はほら穴へと戻り、眠りについたのだった。


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