27 卸売のすすめ
「ほほう、うちに仕入れをしたいと、ムッシュススム」
「はい、是非とも」
キノコ頭に案内させたのは、こいつがクエルダケの専属契約をしているレストランだ。
白壁を使った神殿を思わせるような立派な建物はなるほど、佇まいからして庶民お断りな風貌を醸している。
店内も床は一面に赤い絨毯が敷かれ、テーブル全てにテーブルクロス、背もたれ付きの椅子が備えられている。
切り出したまま組み立てましたみたいなリユースコレクションのテーブルや丸太椅子とは比べるのも失礼だ。
そんな高級店のオーナーをキノコ頭に紹介してもらい、俺も食品を卸したいと切り出した。
「うちは王都でも最高級店だ。半端なものは使えないよ。して、君は何を卸してくれると言うのかね」
茶髪をオールバックに整えた店のオーナーは、くるりと癖のついた髭を指で伸ばして遊ばせながら、俺の話に取り合ってくれた。
「なんでもです」
「なんでも?」
「なんでもだって?君は何を言っているんだ!」
隣でキノコ頭ことマッシュ君が声をあげる。名は体を表すというが、これ程名前の覚えやすい男もいないだろう。
まぁ声を上げるのも無理はない。自分の紹介した奴がトンチキなことを言い出せば自分の信用にも関わってくる。
だが俺だって冷やかしに来たわけじゃない。取り乱すマッシュを無視して話を続ける。
「植物なら、現物を1つくれればなんでも準備する。在庫の薄いものでもいいし、質の悪いサンプルでも渡してくれれば最高品質の物を用意しよう」
「フム、ムッシュマッシュの紹介だから話だけは聞いてはみたものの、君は与太話がお好きなようだ」
「問題ない、俺だって話して信じてもらえるなんて思ってないさ。だから当然、現物で証明するさ。欲しいものをなんでも言ってくれ」
「私の知る詐欺師はどいつももっとしつこく迫ってきたものだが、君には人を騙す才能がないようだ。そこまでいうのならそうだね、ひとつ試してみるのも一興かね」
そう言ってオーナー、ムッシュピエールは席を立ち、調理場から何かを持ってきた。
「では、これをお願いしようか」
そう言ってテーブルの置かれたのは萎びた人参だった。
俺の目には半年間冷蔵庫で寝かせた人参にしか見えないんだが、マッシュはこれが何なのか言い当てた。
「これは…ゴウライニンジンですか?」
「そう、滋養強壮にいいとされる食材で、東方では漢方に使われているのだが、これを料理に使えないかと仕入れたのだ。これがなかなかに曲者でね。色々と試しているうちに在庫が減ってしまって、店で出すのは諦めようかと考えていたのだよ」
俺はゴウライニンジンを摘み上げて観察する。
やっぱりどう見ても萎びた人参だ。
「なんか、美味しくなさそうだな。こいつを持ってくるのが試験って訳か」
「そうだね。この国では馴染みのないものだからね。買って集めるのは無理だよ」
「わかった。それじゃあこいつを明日、店に届ける。どれくらい欲しい?」
「明日!?明日といったかねムッシュススム」
「あぁ、品に限らず基本的には翌日の納品で考えている。何か不都合が?とりあえず今回分の支払いは後でもいいが」
「いや、こちらに不都合はないが………君はどうやって準備する気なのだね」
「それは企業秘密だが、紛い品や偽物、訳の分からんものではない事は保証する。まぁそのへんも現物を見てから判断してくれればいい。ちゃんと植物として同種かつ上等のものを用意する」
「ススムがどんな魔法を使うのか気になるところではあるが、これ以上は言葉を交わしても仕方なさそうだ。明日、現物を見てから先の話をするとしよう」
ここで頭ごなしに出来る出来ないの押し問答が始まればお互いに不毛。最悪、この場での契約不成立もあった。ピエールが面倒のない性格のようでよかった。
明日にゴウライニンジンを届けるという約束をつけて店をあとにした。
「君は何を考えているんだ!」
「何か問題あったか?」
「植物が育つのに何日かかると思ってるんだ!そんな根っこ1本だけで、どうやって1日で増やそうっていうんだ!」
店を出た途端にマッシュが怒鳴ってきた。ことある事にキャンキャンとうるさい男だ。
男ならもっと堂々と構えておくべきだ。じゃないとギルドのお姉さんにも逃げられちゃうぞ。
「商人も冒険者も信用が第一なんだぞ。ムッシュは顔が広い。下手すればこの街での仕事がなくなるぞ」
「うるさいなぁ。大丈夫ったら大丈夫なんだよ。俺は明日に備えて準備があるから。じゃあな」
「待ってよ」
「え、いや、なんで?」
「なんでって、そりゃ……」
「え、なに、ついてくるつもりだったの?手伝ってやろうみたいな。悪いけどここから先は企業秘密だから」
これ以上一緒にいる理由もないしさっさと別れる。
俺が使うのは仮にも魔王の力だ。そうでなくても植物の無限増殖なんてチート能力、知られたところでろくな事にならないだろう。
俺がダンジョンマスターであることは誰にも秘密だ、これ絶対。




