24 それぞれのあれこれ
「はぁ…はぁ……」
クイーンサイズのベッドの上でボロボロのローブに顔を埋めて息を荒らげる少女。
生まれたままの姿を薄汚れたローブで包んで、掴んでも掴み足りない程にフードを手繰り寄せて必死に感触を吸い込んでいる。
「はぁ……はぁ…あっ……はぁ…ススム様」
クレイはその陶器のように艶やかな柔肌全てで貪り尽くすようにローブに縋っていた。
こんなものでは足りない、まるで足りない、とても満たされない、されど愛おしい、もっと、もっとひとつになりたい。
抑えきれない熱に中も外も溶かすクレイの元に、シミほどの小さな影が迫った。
「乙女の秘め事を覗き見るものではありませんよ」
声をかけられた影は天井から滴り落ち、床に落ちたかと思うと大きく伸び上がり、人の形を成した。
「なるほど、そんなつもりは無かったのだが」
「だったら出てって下さる。私、今とても忙しいんですの」
立ち上がったクレイは体を隠そうともせず、一瞬でも離れるのが惜しいとローブに頬ずりしている。
「そう邪険にするものではないのだが。土産を持ってきた」
そういって黒の男が手を広げるとハラハラと何かが舞った。
クレイは風に乗って自身の元まで届いた数本を掴む。
それは黒く、細く、固めで弾力のある糸のようだった。
その正体に気づいたクレイは息を高めて紅潮し、床に落ちた残りのそれを拾い集めた。
それを握った手を鼻元に寄せて深く息を吸う。
「あっ…………はぁ…、ススム様」
黒の男が散らしたのはクレイが言い当てた通り、ススムの髪の毛だった。
クレイは愛おしそうに掌から髪を1本つまみ上げるとそれを口に運んだ。
「その男の命が惜しければ剣を取れ」
そう告げる黒の男だが、その声が届いているかは怪しい。
クレイは恍惚な表情を浮かべて愛おしき者の髪を咀嚼している。
呆れた黒の男は純白の剣を抜き、一足飛びで距離を詰める。
目にも止まらぬ早さでクレイの背後を取った黒の男。
だが男は剣を振ることなくその場から離れる。
「あら、如何なされたのかしら。せっかく背中をお取りになったのに」
「………」
そう、男は決定的なポジションをとったにも関わらず剣を振らなかった。
だがそれは“いつでもお前の命は刈れる”という優位のアピールをした訳ではない。
全く持って逆だ。
自身に迫る死の気配に、剣を振るう余裕がなかったのだ。
「ふむ、なるほど」
男は1人で納得の声をつぶやき、クレイに向き直る。
「恐ろしいものを飼っているな」
「なんの事かしら」
黒の男は腰元に手を掛け、気配を極限まで消す。闇に溶け込むように男の姿が見えなくなる。
一方でクレイは猫のように見開いた目を紅く輝かせ、笑みを零している。
どこからとなくクレイに向かって飛んでくる2本の短剣、クレイはそれぞれの刃先を指2本で挟んで止める。
そちらに気を取られた隙にクレイの足元から八方に伸びた鋭い影が彼女を飲み込むように口を閉じる。
影は鉄を叩いたような音をあげて霧散した。
クレイがいた場所には彼女を閉じ込めるように白い十角錐がそびえていた。
それらが沈むように床に消えると中には無傷のクレイが立っていた。
その頭上、天井に張り付くように構えた黒の男がクレイの首に狙いを定め急降下するも、突如、横から現れた白い棘に阻まれる。
黒の男は棘を剣で受けて逸らすつもりだったがビクともせず、自分の体の軌道がズレる事となる。咄嗟に荷重を切り替え自らの体を遠くへ押しやるも、棘が横腹を掠めて傷を負った。
黒の男は床に吸い込まれるように姿を消し、小さなシミのような影になって部屋から出ていった。
それを確実に目で追っていたクレイだったが、すぐにその興味は自身の手に収まっている髪に移った。
「あはっ!」
嬉々とした喜鳴をあげたクレイは手の中に握った髪を綺麗にまとめ、紐で縛って束にする。
それを最後にもう一嗅ぎして、大事に引き出しに仕舞う。
引き出しの中には他にもハンカチや食器、銀貨が仕舞われていた。
そしてまたローブをベッドに投げ広げその上に飛び込んだ。
「あはっ……はぁ…はぁ…ススム様…ススム様ススム様。ススム様なら大丈夫ですわ。貴方様は選ばれし方なんですもの。……はぁ…はぁ」
そうしてクレイは何事も無かったかのように自分だけの世界に没頭した。
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「ウェンリーめ、欲を出しおって。私の言うことだけを聞いていればいいものを」
ウェンリーの死の報告を受けているのは白髪をオールバックに撫でつけ、ささやかに髭を蓄えた目付きの鋭い初老の男。
名をサルバトゥーレ=ブロンブリスタ=サージライ。
プロンタルト王国がプロンタルト王に仕える大臣の中でも大きな影響力を持つ公爵だ。
「しかし…いや、やはりというか、ジェイドをぶつけてもどうにもならんとは、やはり狂犬に真っ当な武力をぶつけるのは愚策だな。それに…」
サルバトゥーレは改めて報告書を手に取る。
そこに書かれているのは冒険者ギルドに登録された掘手進の情報だ。
「ススム=ホッテか」
そこに書かれている分にはろくな情報はない。だがサルバトゥーレはススムになんともいえない気掛かりを感じていた。
「早めに手を打っておいた方が良いかもしらんな」
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高層の建物の屋上から街を一望する黒の男とティム。
「なぁ兄貴、なんで逃げたんだよ。俺はまだまだやれたぜ」
「あの男に押されていたようだったが」
「これから本気だったんだぜ」
「………」
調子のいいことを言うティムに黒の男、ジェイドは返事を返さなかった。
「にしてもあの野郎。次会ったらぜってー首チョンだぜ」
「ティム、地下にいた男には手を出すな」
「はぁ?なんでだよ」
「気になることがあってな」
「気になることってなんだよ。あ、ちょっと兄貴っ」
ティムの疑問に返事を返さずにジェイドは踵を返す。
それぞれの思惑を胸に夜は更けていく。
これにて1章完結となります。




