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23 ススムのまどろみ

早く…早く帰りたい……


少しずつ身体の震えが大きくなり、足が泥に呑まれるように重くなっていく。息が整わないのは早足からくる動悸のせいじゃない。



地下室から助け出された後、他の兵達と一緒に治療を受けた。といってもケガはないから視力が戻るまで休んでただけだけど。それから聴取を受けて、今やっとマイホームの洞穴に着いたところだ。



帰路に着いてからじわじわと体が重くなった。

今回の出来事への恐怖心がどんどん湧き出てきて頭の中を白く塗りつぶしていく。


寝室は崖上の地表に近い場所にあるが階段を上る気力は残っていない。


俺は洞穴の構造を作り替え、目の前の通路の先に寝室を移動させた。


部屋に入るなりそのままベッドに倒れ込む。


思考が整わない。今日の出来事がフラッシュバックする。何も考えたくない。今は全てを忘れてただただ眠りたいのに、興奮の冷めない脳はそれを許してくれない。


初めて戦った。2度死にかけた。目の前で人が死んだ。


この世界で生きていくことが命懸けであることを本当の意味で初めて体感した。


餓死しかけたし、子供らが処刑される事を理由に動いた。だけどどこか、命が天秤に乗っているという危機感を持ってはいなかった。


目の前に、命に刃が届きかけた。

殺されていてもおかしくなかった。

一瞬だった。


いつでも逃げれるから余裕?

馬鹿言うな、瞬きしてる間に刈り取られてしまうところだった。


今日を生き抜いたのは偶然だ、幸運だ、奇跡だ。


油断すれば簡単に命を落とす、ここはそういう場所なんだ。


あぁ嫌だ、今は何も考えたくない、とにかく眠ってしまいたい、苦しい。


だけど興奮した脳がそれを許してくれない。


何度も大きなため息を吐いて寝返りを繰り返す。


とにかく今はただただ眠ってしまいたい―――


何も考えたくないという思考と、今日の出来事のフラッシュバックが絶えずドロドロが溢れ出てくる。


どうしてこんなことになったんだ。


何故俺はこんな所にいるんだ。


誰か教えてくれよ。


教えてくれなくてもいいから元の世界に帰してくれよ。


眠りたい


眠りたい、眠りたい、眠りたい―――



「ぁぁぁぁあああああああ!!!!!!」



蓄積していく澱みに耐えきれなくて思わず叫んだ。


だけど何ひとつ発散されない。



先の見えない泥沼の中でもんどりを打ち続けて、何時間もぼぅっとしていたのか、それとも少しでも眠っていたのかわからないが、ふと気がつくと朝になっていた。


だるい。何もしたくない。だけどもじっともしてられない。


とりあえず外に出て、考えなしに何となくフラフラと街へ出た。





「なぁ兄ちゃん。この前も言ったがよ、微妙な時間に来るのはやめてくんねぇか」


迷惑そうな声を上げるのはリユースコレクションの長、アーヴァイン。


今は朝と昼の間の時間。ギルド員を送りだしてランチの仕込みをしてる所にやってきて飯を催促する俺に文句を言いながらも、食べるものはちゃんと出してくれる。


俺がこの街で知ってる場所なんてここしかない。悩んでいても腹は減る。

アーヴァインの飯はシンプルかつ豪快だがやはり旨い。

そう思いながら食べているのだが――


「ため息つきながら食うのやめてくんねぇか。不味そうに見える」


そんな言葉を投げられて、申し訳なさをため息で表す。

そんな俺を見たアーヴァインもため息で返事を返してきた。


「はぁ、まぁ今は他の客もいねぇからいいけどよ。お前も大変だったみたいだしな」

「知ってるのか」

「情報収集は冒険者の嗜みだからな」

「ほんと、訳の分からないことに巻き込まれて散々だった」


結果として子供たちを陥れようとしていた首謀犯に行き着いた訳だけども、それは結果論であって実際はゴードンへの人質として攫われただけ。とんだ巻き添えだ。


「ご機嫌麗しゅう、ススム様」


声がして店の入口を見るとクレイが立っていた。


クレイはこちらに近づき俺の席の隣に立った。カウンターの椅子は座位が高いから、座ったままでも立っているクレイと話す分には気にならない高さだ。


「昨日は大変だったようで、ご無事で何よりです」

「なんだ、クレイも知ってるのか」

「情報収集は騎士の嗜みですから」


冒険者も騎士も情報収集が好きらしい。


「クレイって騎士だったんだな」

「あら、ご存知ありませんでしたの」

「いや、何となくそうかなとは思ってたけど、ちゃんと聞いたことなかったなって」

「なんだおめぇ、まさか姫さんが誰かも知らねぇで付き合ってたのか?姫さんはこの街の騎士団長にしてこの―――」

「アーヴァイン」

「あ?……お、おう。すまない」


アーヴァインの言葉をクレイが遮り、微妙な空気に包まれた。

困った顔、呆れ顔ならいつも見てるけど、アーヴァインの狼狽えてる顔って初めて見たかもな。こんな筋骨隆々の大男でもそんな顔するのか。


「クレイって騎士団長なのか、すごいな」

「いえ、そんな大層なことではございませんわ」


どれくらい凄いかはわからないけど、重たい空気を払いたくてとりあえず喋った。


「座らないの?」

「えぇ、今日はススム様に謝罪したくて伺ったのです」

「謝罪?また?なんかあったっけ?」

「はい。ススム様を攫った者達は私の命を狙ってきたもの。私から優位を得るためにススム様を攫ったのです。私のせいでそのような事に巻き込んでしまい本当に申し訳ございません」


そういってクレイは片膝をついて頭を下げる。

恐らくこれがこの世界の謝罪のポーズなのだろう


「おい姫さん!」

「あなたは黙っていなさい」

「でもよぉ、あんたはそんなことしちゃいけねぇお人だ」


クレイの謝罪に何故か焦るアーヴァイン。彼女は諌められてもなお頭を下げ続けている。


「私にできる償いであれば何なりとお申し付け下さい」

「え、いや、とりあえず頭をあげてくれ」

「出来かねます。私めに何かしらの罰を」

「そんな格好されると俺が困るから。じゃあ悪いと思ってるならとりあえず顔を上げて…椅子に座ってくれ。それが俺からのお願いだ」

「……そう言われるのでしたら」

「親父、彼女に何か飲み物を」

「お、おう」


そこまで言って彼女はようやく立ち上がってくれた。

アーヴァインは飲み物の準備にいそいそと店の奥へ消える。


「ススム様はお優しいのですね」

「そんなことないさ。でも昨日の事はどっちかというとゴードンが原因だろ」

「ゴードン様ですか?」

「あぁ、あいつらはゴードンを呼び出したくて俺のこと攫ったんだろ」

「いえ、彼らの本命は私でした。全力を賭してススム様の救出に当たったゴードン様には感謝せねばなりません」

「はっ、あいつに?馬鹿言えって、むしろあいつに謝罪してもらいたいくらいだよ。子供らの件もあいつが黒幕だと思ってたし」

「ススム様ったら面白いことを。ゴードン様に限ってそれはありませんわ」


そう言ってクレイは鈴の音のような声で笑ってみせる。


「そうだ、子供らの件なのですがひとまずは落ち着きそうです」

「そうなのか?」

「えぇ、処罰の手続きに不審な点があったので見直しが入ったんです。それにゴードン様が、子供らは自分の屋敷には侵入していないと進言されまして」

「ゴードンが?」

「えぇ、それで事件そのものも再検証ということで、子供らも近く開放されることと思います」

「そうか、それはよかった」

「気に病んでましたものね」

「あぁ、まぁほんのちょびっとだけな。ほんとにほんのちょびっと」

「ふふっ。子供たちが政治の道具にされるなどあってはならない事です。先の件が収まって私もホッとしておりますわ」


そう言って胸に手を当ててため息をついてみせるクレイ。


戻ってきたアーヴァインが花の浮いたカップを差し出した。


「そういやさ、俺が前に着てたローブ知らな――」

「存じませんわ」

「………」

「存じませんわ」


俺が言い切る前に食いつくように返事を返してきたクレイ。

前に失くなったローブについて軽く話を降ったつもりだったんだけど、取り憑かれたように見開いた目でまっすぐ俺を見通して2度、感情の籠らない声で否定した。


「ま、まぁクレイのくれた今のがあるしね、いいんだけど。ははっ…」

「よく似合ってらっしゃいます」

「うん、ありがとう。ほんとありがとう」


怒ってる感じでもなさそうだけど、何かよくないスイッチに触れたのかな。この話題はやめよう。


あぁ、お茶がうまい。



そんなこんなで、ひとまず子供たちの件は収束を迎えそうだ。


俺は大して何もしてないけどな。

いつもお読みいただきありがとうございます。


前書きとか後書きとかは好きではないのですが、ちょっと長めに失礼します。



1章が次話で終わります。


何となく書いていたものを、眠らせておくのもなんなんでということでハイペースで投稿してきました。


多くの閲覧数や評価、コメントにブックマーク等頂きました。ありがとうございます。


1章は導入やフラグも多く、登場キャラや進展のなさにに読みづらい点もあったかと思います。


それでも、いつも見てくださる方には感謝しかありません。


そして、1章終了後は未定としておりましたが、もう少し投稿を続けようかと思います。


ストックはありますが執筆しながらになるので数日おきの投稿ペースになると思いますが、気にかけていただけると幸いです。


1章最終話も順次投稿致します。


何卒、よろしくお願い致します。

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