17 クレイのおわび
「申し訳ありません」
「いや、クレイは悪くない、気にしないでくれ。ていうか忘れてくれ」
クレイは俺が穴に落ちたのは自分が声をかけたせいだと気に病んで謝ってきたが、俺はそんなことは微塵も思ってないし本当に気にしてない。
「で、どうしたんだ?」
「はい、今朝のお詫びをと思いまして」
「今朝?」
「ススム様との約束を無下にしてしまいましたので」
今日、一緒にクエストに行く約束してたけどそれが出来なかった事を気にしてくれてたのか。
別にクレイが悪いわけじゃないし、仕事ならしょうがないから全然気にしてないんだけど。
なんならアイリーを庇ってくれた事に感謝してるくらいだ。
「あぁ、それで酒場に行ったのに俺がいなかったからこっちに来た訳か」
「いえ、酒場には寄っておりませんよ」
「ん?あぁ、そうなんだ。それならいいけど」
普段ならこの時間は酒場にいたから無駄足させてしまったかと思ったけど。
リリから報告を受けて知ってたのかもな。店に入った時にはもうリリとは別れてたけど入店した時間は早かったし。
まだ聞いてはないけどやっぱりクレイ、そしてリリの2人はギルド:リユースコレクションの中では浮いている。
たぶんだけど、2人はギルドメンバーではないんじゃないかと思っている。
実はリユースコレクションにも女性ギルド員がいる。
女性4人組で『アマゾネス』というパーティー名を名乗って活動している。
食事の時に1度だけ見かけたが、他の男性ギルド員と同じく山賊みたいな風貌だった。
スタイルよくてなかなかワイルドに露出してるから見る分にはご馳走様だけど、やはり関わり合いになりたいとは思わない。
クレイはいつも、これから舞踏会にでも行くのかといったくらいのドレスを身につけている。
リリの装備も小綺麗だ。
クレイがリユースコレクションの連中と並ぶと違和感しかない。シルクと雑巾くらいの差がある。
ギルドで姫と呼ばれていたのは単に愛称だと思っていたけど、守衛からは団長と呼ばれていたし、何かしら上位の役職を持った人物なんだろうな。
そのうち聞こうとは思いつつ、知ってしまって気を使わなければならなくなるのも面倒だなって気持ちもなくはないからあまり触れないようにしている。
「ススム様、これを」
「これは?」
「お詫びも兼ねたプレゼントです。ぜひ受け取ってください」
クレイが差し出したのは折りたたまれた布。広げてみると深緑色の立派なローブだった。
「え、いやほんとそんなに気にされるとかえって俺の方が気にしちゃうんだど。こんな高価そうなもの」
「これは今日の事がなくても受け取っていただきたいと思っていました。私の気休めに付き合うと思って、どうか。ぜひ羽織ってみてください」
「お、おう…」
話しながらクレイは俺が今身につけているローブに手をかけていた。
促されるままにローブを脱ぎ、たったいまクレイから受け取った新しいローブを羽織る。
丈ぴったりの緑色のローブ。肌触りも、元の世界の衣類と比べても凄くいい。
「よく似合ってますわ!」
「そ、そう?」
両手を合わせて明るい表情で褒めてくれるクレイ。
俺は照れつつも両手を広げて見せたり、ちょっと回ってみせたりした。自然と口角が上がってしまっているのがわかる。
「こんないいもの、ほんとにもらっちゃっていいの?」
「はい、ススム様のために用意したものですから」
「ありがとう、大事にするよ。今度は俺からなにかお礼するよ」
「まぁ、ふふ」
あまりしつこく遠慮するのも悪いしな、有難く受け取っておこう。その分、何かお礼すればいいや。
「そういえばそっちの急用は大丈夫だったのか?あの子供らの件だったんだろ」
「どうでしょう。今日のところの問題は収まりましたが、あまり芳しくないかもしれないですね。ススム様はあの子供たちと顔見知りのようでしたね」
「え、あぁまぁ、ちょっとな。ほんとにちょっとだけ」
「それにアイリー様とも仲がよろしそうでした」
「そっちは孤児院に行く機会があって、それで顔見知りになっただけだよ」
「そうですか、顔見知りなだけですか」
うん?
なにか含みのある言い方に聞こえた気もしたけど、クレイはアイリーになにか思うところがあるのかな。
「ススム様にならあの子らのおかれている現状をお話しても…いえ、お知り合いという事なら話しておいた方がいいかもしれませんね」
いや本当に一度会っただけで名前も知らないし、なんなら敵対しててもおかしくないくらいの関係なんだけど…クレイの神妙な顔つきをみると言い出せなかった。
「あの子らが何をされたかはご存知でしょうか?」
「あぁ。貴族の屋敷に盗みに入ったんだろ?」
「そうです。ゴードン様のお屋敷に集団で侵入し、捕縛されました。彼らは浮浪児でこれまでも問題行動はあったのですが、今回のような大規模な犯罪は初めてで。話では仲間内の少年がゴードン様の馬車に轢かれて大ケガを負ったというのです。たしかに大ケガを負った少年はいるのですが、ゴードン様はそんな事故を起こした覚えはないと」
「誤魔化してる訳だ」
「いえ、事故当時に都市内にあったゴードン様所有の馬車すべてを調べたのですがそのような痕跡も見つからず」
「証拠がないからなんとも言えないか」
「それで、子供らは金品を盗むために入ったと供述しているのですが、調査機関内では報復に命を奪う為に侵入したとの見方が強まっておりまして。そのために非常に厳しい判断が下されようとしております」
「厳しい判断って、昼間の見世物にされるみたいなやつか?」
牢屋付きの馬車に入れられて晒し者にされる。確かに社会的には大きな制裁なのかもな。
日本だったら未成年はどんな罪を犯そうとニュースに名前が出ることはない。
子供らの未来を奪わない為とか言って、誰かの未来を奪ったやつが徹底的に守られる。
犯罪者の名前なんて晒しちまえって思うけど、世の中の考えはそうじゃないみたいだ。
こっちの世界も同じ考え方をするのなら、牢に入れられて街中に晒されることは、ニュースに名前が出るくらいの事なんだろうな。
「いえ、このまま事が進めば最終的に行き着くのはおそらく、全員の処刑でしょう」
「ほーん………え、処刑って、死刑!」
しかも全員?
俺が見た中には小学校低学年くらいなんじゃないかって子も多くいたぞ。そいつらまとめて死刑って。
「この国の基準は知らないが、理由があって証拠がない子供らの犯行で大した被害も出てないのに、流石にそれはあんまりじゃないか?」
「えぇ、例え相手が貴族だということを加味しても、幼き者にそれ程の罰が下されるのはそうそうありえる事ではありません。どうやら裏で何者かが糸を引いているようです」
「何者か…ねぇ」
それを聞いた俺は一人の男を思い浮かべていた。でっぷりと肥えて無駄に贅沢な服を着た1人の貴族のおっさんを……って、さっきから会話の中で名前出てるけど。
それからもう少し話をして、クレイは帰った。
また改めて一緒にクエストに行こうとは約束したが、特に明日とかは決めてない。
今日も色々あったし、何より重い話を聞いて疲れた。とりあえず寝よう。
と、いつも通り地面にごろ寝しようとして、思い留まった。
貰ったばかりのマントを下敷きにするのは申し訳ないな。
そうだ、これは掛け布団代わりにして、今まで使っていたボロマントを下に敷こう。うん、完璧な布陣だ。
そう思って辺りを見回すが、ボロマントが見当たらない。
たしか、このローブを貰った時にクレイに脱がせてもらって、そこから見た覚えがない。
もしかしてクレイがしまってくれたのかと思って棚に目をやるが、棚には何ものっていない。
もしかしてクレイが持っていってしまった?
可能性としてはそれしか考えられないけど、そんなことするだろうか。
たしかに見窄らしい程にボロボロだったけど、仮に処分してくれるとしても、クレイが勝手に持っていったりするだろうか。
しっかりしてるし、捨てるにしても一言言いそうだけど。
まぁ誰でもうっかりはあるし、とにかく今ここにないものはどうしようもない。
仕方がないと貰ったマントを下に敷こうと思うが、どうしてもためらいの気持ちが拭えない。
俺は新品の自転車は毎日磨こうと決意する男だ。1週間くらいで飽きるけど。それくらいには新しいものは綺麗に使おうと心がける男だ。貰い物なら尚更だ。
そうだ、ベッドを作ることは出来ないだろうか。
俺は床に手をかざしてイメージする。
棚ができたんだ、ベッドだって似たようなもんだろ。
床の土が盛り上がり、頭に描いた通りのベッドの形をなした。といっても脚や天板もない、ただの長方形の土の段差だけど。
さて、次は下に敷くマットレスだ。これには植物を代用しようと思う。
俺はキノコを好きなだけ作る事が出来る。
現状で作れるのは麻痺効果のあるシビレルダケと、閃光を放つヒカルダケの2種だ。
どっちもベッドのマットレスにするには惨事しか浮かばないな。
だがこの能力、何もキノコを増やすためだけにあるわけじゃない。
サンプルがある植物なら何でも、洞窟内にならいくらでも生み出すことが出来る。
今回生み出すのは名前も知らないその辺の草だ。寝床にしている丘の周辺に適当に生えているやつ。
ダンジョンの判定は地面の上まで有効だ。わざわざ上まで取りに行かなくても草をダンジョンに吸収させてそのままコピーできるはず。
目を閉じて今いるダンジョンの最上部。丘の上の地面を想像する。
あー見える、草もある、草の存在を感じる―――
早速1本吸収して、それをベッドの上にびっしり生やしてみた。
おぉ!いい感じ!………なのか?
土のベッドの上に背の短い雑草が元気に天に向かって背伸びしている。予想してたよりキモいものが生まれて草生える。
うんー、もっとフカフカして欲しかったんだけど…まぁ使っているうちに柔らかくしなってくるか。
地面の上に比べればこれでも十分な贅沢品だ。なぜもっと早く作らなかったし俺。
さっそく横になる。
あぁ、安らぐ。やっぱり寝具は大事だ。
睡眠をとる時は誰にも邪魔されず自由で救われてなきゃダメなんだ。独りで、静かで、豊かで。
今夜はよく眠れそうだ。
…
………
………………………ふぅ
全く眠ることが出来ない。
俺はベッドを抜けて外へ出る。