15 馬車をとめる
今日はクレイと一緒にクエストを受ける約束をしていた日。
目を覚ますとすぐ横でクレイが俺を眺めていてかなり驚いた。
そういえば集合場所を決めてなかったけどまぁ冒険者ギルドかリユースコレクションに行けば会えるかなー、なんて考えてたけど、まさか洞窟まで迎えに来るとは…。
ていうか、初めて出会ったのは確かにここだけど、ここに住み着いてることなんで知ってたんだろう。
この前飲み過ぎて記憶が無い時にでも話していたんだろうか。
地面に直に寝ている様は非常に虚しいのでそんなに見ないで欲しい。
いつからいたのかと聞くと、到着したばかりだと言われて、そのまま2人で冒険者ギルドへ向かう事となった。
クレイはこれから冒険に行くというのにいつもと変わらぬドレス姿だ。汚れないか心配だ。
街に入ってそろそろ冒険者ギルドに着こうかという所、馬車が立ち往生しているのが目に付いた。
周りには人だかりが出来ている。
気になって見に行くと、馬車の進路を塞ぐようにアイリーがいた。
御者の兵士は困った様子でアイリーに退くように言うも、アイリーは手を胸元で握り合わせて祈るように膝をつき、動こうとしない。
双方の間にクレイは入って声をかけた。
「どうしたのですか」
「あっ、団長。それが…」
状況がすべてだと言いたげに言葉を濁しながら、兵士はアイリーに視線をやる。
てかアイリー、いま団長って呼ばれたよな。
俺はアイリーの立ち位置を知らない。この前、初めてリユースコレクションに行った時に衛兵の詰所に立ち寄っていたから関係者だろうとは思っていたけど。これまでそれっぽい話になっても明確に聞いたり言われたりって記憶はないな。
会った初日に関しては丸々一晩の記憶がないけども。
兵士の乗った馬車は箱上の檻を積んでおり、その中には子供が乗っている。
よく見ると見覚えのある顔……思い出した!牢に入れられていて、1度は騙されて俺が助けてしまった子供らの何人かだ。
「状況を報告しなさい」
「はっ!我々は罪人の護送中であります。その途中、修道女アイリー殿に進路を阻まれている状況であります」
クレイが改めてハッキリとした口調で命令すると、兵士は職務としてそれにきっちりと答える。
それを聞いて、クレイは次にアイリーと向かい合う。
「それで、アイリー様は何故にこのようなことを?」
「はい。たしかにこの子らは罪を犯しました。それは簡単に許されることではないでしょう。ですがそれは、これ程までに大きな罰を受ける必要があるのでしょうか。彼らはまだ幼き者達です。子供らを見せしめにする必要があるとは私には思えません。子供らの将来を奪うような逸脱した行為を見過ごすことはできません」
祈るような姿勢のまま、落ち着いた口調で主張を述べるアイリー。
「令状を」
「はっ!」
「この者達は、先日ゴードン様のお屋敷に盗みに入った者たちですか」
「はい、その中で歳が10を超えている者達です」
クレイは兵士から受け取った書面を見ながら確認を進める。
牢内の1人、あのとき俺に1番絡んできたリーダー格の女の子と目が合った。
「あ、あんた!」
「よぅ、大変そうだな」
「よくも騙したわね!あんたのせいで…」
「俺は何もしてないだろ」
「お知り合いなのですか?」
「いや、全然」
「なっ!?」
「静かにしろ!」
兵士に注意されて女の子は口をつぐむ。
クレイは令状を兵士に返す。
「彼らは周囲から見えないよう配慮して護送しなさい」
「ですが――」
「異議は私を通すよう伝えなさい」
「かしこまりました」
兵士にそう伝えるとクレイは荷台に飛び乗り、牢が隠れるように布をかぶせる。
「あなたたちも、目立ちたくないのでしたら大人しくしてなさい」
「私は別に平気よ!」
「エリー、やめとけ」
「………わかったわよ」
同じく檻に入れられた男の子の一言で女の子は引いた。
クレイの指示で馬車は進む。アイリーももう進路を塞ぐ事はしなかった。
「ご配慮感謝致します」
「いえ、先程の指示は、移送を指示した者の裁量に問題があると私が判断したまでですわ。ところで、ススム様はあの者達と何かご縁をお持ちのように見受けられましたが」
「いや、全然」
この世界に来てまだ4日、俺の知り合いはクレイとアイリー、リリちゃん、それにアーヴァインのおっさんしかいない。
あの子供らとはたまたま顔を合わせた事があるだけだ。そう、たまたまだ。顔を知っているだけで知り合いとは言わない。
「そういえばあの子らに関しては変な話を聞きました。縛ってとらえていたはずなのにいつの間にか全員の拘束が解けていたとか。それと、牢内の壁の一部が妙な剥がれ方をしていたと。真偽の程は知りませんが」
その話をするクレイの笑顔から妙なプレッシャーを感じたのは気のせいだろうか。気のせいという事にしておこう。
「ススム様もお元気そうで良かったですわ」
アイリーが俺にほほ笑みかける。
「あら、お二人はお知り合いなのですね」
「えぇ、先日困っていたところを助けていただいたんです」
「とんでもない、助けて貰ったのは俺の方だ。一昨日は本当に助かった」
「子供たちもあなたの話をしていました。是非また遊びにいらしてください。食事を用意して待っていますわ」
「あぁ、暇があったらな」
「ふふ、きっとですよ。それでは私はこれで」
アイリーは会釈して立ち去った。
「ススム様はご飯が貰えればどこへでも行かれるのですか?」
「んなわけないだろう」
失敬な、俺は決して食いしん坊キャラではない。むしろ少食なくらいだ。
たしかにアイリーともクレイとも食事関係で知り合ったようなところはあるが。
ん?
向こうの建物の影から顔を覗かせてこっちを見ている人影に気付いた。
見覚えのある丸いフォルムに悪趣味に派手な服。その人物はゴードンだった。
クレイは俺がゴードンを睨んでいることに気づいて声をかける。
「こちらのやり取りをずっと見ていましたよ」
「ゴードンが?」
「えぇ、ずっとこちらを気にされておりました」
何してたんだ。
自分の屋敷に盗みに入った子供らがドナドナされるのを見てほくそ笑んでいたのだろうか。
見た目通り、本当にいやらしいやつだ。
向こうも俺に気づいて目が合った。
一瞬バツの悪そうな顔をしたが、襟を正して何でもないかのような装いで姿を消した。
「ススム様、申し訳ないのですが私、早急の用件が出来てしまいました」
「さっきの事でか?」
「はい。先ほどの令状に色々と不可解な点がありましたのでそれの確認に。子供たちは他にもいるようですし、先程の処遇には疑問を感じざるを得ません」
「そうか、わかった」
「私からお誘いしたというのに、申し訳ありません」
「いや、気にしないでくれ。俺も子供たちが理不尽な目にあうのは心苦しい」
本心だぞ……7割くらいは。簀巻きにされた事は絶対に忘れない。
「ススム様はお優しいのですね。今日もリリをお付けいたしますので、何なりとお使い下さい。リリ」
「ん」
「うわっ!」
クレイが呼ぶとリリが小さく返事をした。いつの間にか背後にたっていて驚いた。
「頼みますわよ。もしススム様に何かありましたら」
「大丈夫、バッチコイ」
リリは変わらず気力のないスローな喋りで気合いに満ちたセリフを吐く。
「それでは、次の機会こそ必ず、良ければ明日でもご一緒致しましょう」
「あぁ約束だ」
「では、しばしご機嫌よう」
挨拶を済ませたクレイは背中を見せる。
その瞬間――
ゾクリと突き刺さるような悪寒が全身を貫いた。
血の気が引いて全身の毛穴から汗が吹き出す。
その感覚は一瞬のものだった。
…………風邪でもひいたかな。
こっちに来てから穴の中で地面に寝るか、酒場で床に寝るかしかしてない。
早急に要改善だな。
「どうする?」
リリが俺に問いかけてる。
「あぁ、そうだな。冒険者ギルドにいくか」
「ん」
一悶着はあったが、結局昨日と同じくリリと冒険者ギルドへ向かう事となった。
受けるクエストは昨日と同じくキノコの採取。
昨日のようなミスはしない。今日の俺にはクエストをクリアする為の取っておきの秘策があるのだ。