100 モグネコの過去 3
モグネコ族と、俺がダンジョンに避難させてた人達との争い事について話し合うため、双方の代表者達がモグネコ村の集会所に集まった
モグネコ族からは村長、タイショー、そして人族に襲われたという被害者のミケ。
人族側からは、魔人ガルムと戦ってる時に避難を頼んだら断ってきた協会のシスター・ブリュレ、タイショーとやり合っていた男、そしてミケを襲ったという男の3人。
ミケと、ミケを襲ったという男を同じ場所に集めるのはよくないのではと思ったんだけど、この世界にそういう配慮はないようだ。一応、ミケはいない方がいいのではとやんわりとは言ってみたんだけど、本人がいなくてどうするんだとの意見が満場一致で返ってきた。
それぞれが向かい合う形で座り、仲介役として俺、ルル、シスターアイリーが間に鎮座。なんでアイリーは俺たち側にいるんだと言う疑問もあるけど、有無を言わせぬ雰囲気でさも当然のように俺の隣に陣取っている。
そういやいつの間にかミスティの姿が見当たらないな。
仲間って訳じゃないから俺がとやかく制限する事じゃないけど、たしか俺の護衛とか言ってついてきてたよな―――まぁいいけど。
仲裁役である以上、司会進行も俺に一任される雰囲気だ。とりあえず、俺はまだ今回の件について何も知らない訳だから、事の発端や経緯を知らなければ始まらない。
「さて、それじゃあまずは何が起きたのか、改めて話を聞こうか」
一瞬、どちらが話を切り出すかと読みあう空気が流れたが―――
「ミケ」
「はい」
村長の一声で、まずはミケが経緯を話す流れとなった。
「人族の皆様へ朝食をお持ちして村に戻る際、そちらの男性に呼び止められて、建物の裏へと連れられました。そこで服を脱ぐよう言われて……どうしていいかわからずにいると、その……のしかかる様に押し倒されて、そこでタイショーさんが現れてその方に槍を振るって、怪我を負わせました」
一通り説明を終えると、ミケは皆の視線を避けるように俯いた。
俺は加害者の男に目を向ける。
「概ねその通りだ」
男は悪びれた様子もなく、ミケの話を肯定する。
なんだ?反論とか言い訳とかしないのか?否定しないのであれば話し合いも何も無い、誰が悪いかはっきりしてるんだから争いの余地もないだろう。
「それで、どう責任をとってくれるんだ?」
「…………は?」
そう言ったのは加害者の男だ。
俺は男の言わんとする事が理解出来ず自分の耳を疑った。
男の言葉じゃまるでモグネコ族側が責任を負うような言い草だ。
「責任って、何言ってんだ?」
「当然だろう。私はそこのモグラに襲われて怪我をしたのだぞ。相応の償いというものがあるだろう」
こいつ、本気で言ってんのか?頭大丈夫か?お前、マジで自分が被害者だって思ってんのか?
「何いってんでい。先に手を出したのはおめぇのほうだろうがよぃ」
タイショー正論。
「何を言うかモグラ風情が!自分のやったことを棚に上げて、そのうえ私が悪いとでも言いたげだな」
いやそう言ってんだろ、てか実際そうだろ、この男の思考回路どうなってんだ?馬鹿なんか?サイコパスなんか?
「はいはい、2人とも落ち着いてください」
エスカレートする2人を諌めたのはシスターブリュレ。
「そうやっていちいち反論を許すから話が長引くんです。そこのモグラの大将は当然処分として。それから全体の補償として……そうね、全員に戸建てを割り当ててもらうってのはどうかしら。追加の贖罪はおいおい考えるってことで」
「私に歯向かったメスモグラには、私の身の回りの世話をしてもらうからな」
「そんな……それは無理ですじゃ。そもそもこの村にはそれほど多くの家も余っておらぬし」
「お前らが今暮らしてる家があるだろう。そもそも私たちが集会所に押し込められている事自体が間違っているのだ。すぐにでも家を明け渡す準備をしろ」
「それはあまりにも……」
「いっそ、その家の者をそれぞれ我々専属の小間使いにすればいいのではないか?」
「いい加減にしろよ!おまえら、何様だ?」
もう言ってることがむちゃくちゃだ。聞いてるだけで胸糞悪くなる。もはや理解不能の域だ。
「勇者殿、どうかされましたか?」
「どうかされましたかじゃねぇだろ!自分たちの要求ばっかり!被害者ヅラして!じゃあてめぇの罪は、責任はどうすんだよ!?」
「私の……罪、ですか?仰っている意味がよくわかりませんが」
「もとはと言えば、あんたがミケを押し倒したことが発端だろ」
「えぇ、そうですね」
「だから、その事だよ!」
「その事とは?」
「だから、あんたがミケを押し倒した事だよ」
「はぁ……それが何か?」
「だからっ…!その落とし前はどうつけるんだって言ってんだよ!」
「………………………………?」
ブリュレ達人族側の3人は話がまるで理解できないといった表情で首を傾けた。
「ある訳ねぇだろ、んなもん」
会話の噛み合わない俺たちに割って入ったのはタイショー。
「こいつらは俺らのこと、未だに奴隷としか見てねぇんだから。落とし前もクソもあるか!」
「奴隷……?」
異世界ファンタジーものの定番のひとつ、奴隷制度。
だけど俺が見てきた限り、街にそんな風潮はなかった。スラム区域で厳しい生活をしている人達は見てきたが、それでも首輪をつけられてたり、麻のボロ服を着て鞭打たれて重労働してるような人はプロンタルトでもピンスモグでも見たことないから、ここはそういうのがない世界だと、とりあえずプロンタルトにそういう制度はないもんだと思ってたんだけど。
「あるのか?奴隷制度」
「あんたがそれを……はぁ、記憶が無いんだから仕方ないわね」
ルルが呆れたようにため息をつく。
そうだよしかたないんだよ。俺はこの世界の知識がないんだから。
「奴隷制度はね、それを気に入らなかったあんたが力づくでなくしたのよ。奴隷だった獣人族を解放して、奴隷商に関わってた貴族、商人を手当たり次第に消して回って」
「消して回ってって……」
「そして、その時に最後まで逃がしきれなかったモグネコ族をプロンタルト大空洞に匿った。それがこの村の始まりよ」
「へぇ~、モグネコ族がいなくなったのってやっぱり勇者の仕業だったんだ」
ルルの話を聞いてブリュレが言う。
「そうじゃないかって言われてたけど本当だったのね。王都から奴隷達が一斉に消えた話は有名だからね。私は子供だったから実感なかったけど、働き手や商品のモグネコ族が一晩のうちに影も形もなくなって大変だったって聞かされたわ」
ブリュレはまるでおとぎ話が実話だったことを知って興奮してるかのように嬉々として話している。
何がそんなに嬉しいのか、目の前にそいつらを逃がしたとされる勇者本人がいるってのに、それに奴隷にされていたモグネコ族当人たちもいるってのに、今まさにその延長線上で苦しんでいる女の子が目の前にいるってのに。人間性なのか、奴隷として見てるからだろうか、そういう気遣う心がまるでないんだろうな。
「そのうえ獣人がいなくなったせいで奴隷商は人族を商品にするようになって、身売りや人攫いも増えたわ。あなたの身勝手でたくさんの人が不幸になったのよ」
ブリュレはまるで悪者を責めるかのように俺を指さす。
「獣人を勝手に逃がす、気に入らない貴族は殺す、魔物に街を襲わせる。まったく、何が勇者なのかしら。貴方なんてただの疫病神じゃない」
ビュイと風を割くしなやかな音が響く。目にも止まらぬ早さでルルがブリュレの喉元に槍の穂先を突きつける。
「ひっ…ひぁぁぁっ………」
遅れて状況に気づき、小さな悲鳴をあげるブリュレだが、狭い室内、壁と刃に挟まれて動くことが出来ない。
部屋に飾ってあった無骨な石槍だが、それでもルルがその気になれば喉に穴を空けるくらい容易だろう。今のルルはそれくらいの事を躊躇なくやってのけてしまいそうな目をしている。
ブリュレはゆっくりと床に倒れ込み、口を紡ぐしかなかった。