09 夜の繁華街をすすめ
うーん、いい寝心地だ。
ふわふわとやわらかくて、これまでの人生で1番気持ちのいい枕だ。
それにいい匂いがする。
ここは、天国か
………
………
……………ここは天国かっ!?
カッと目を開いた。
やばそげなきのこを口にしたのが最後の記憶だ。
そのまま天国に来てしまったのかと思って冷や汗がどっと出た。
「気がつかれましたか」
見覚えのある顔が俺を見下ろしていた。
流れるようなブロンドの髪、陶器のように細やかな肌、凛々しさを感じさせる目。
異世界に来て始めて出会った少女、クレイだ。
「ひどい汗、大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫だ」
返事をしながらごくごく自然に頭を動かして感触を確かめる。
柔らかくて気持ちいい。
どうやら天国は枕元だけだったようだ。
クレイはハンカチで俺の顔を拭いてくれた。
「驚きました。キノコの詰まった部屋で倒れているんですもの」
「あぁ。いや、なんとか自給自足出来ないかと実験してたんだが、失敗してしまったようだ」
「自給自足…あのキノコを食べたのですか!?」
「食べた。不味いキノコなのか?」
「えぇ、あれはシビレルダケという、このあたりに群生しているものです。その名の通り、体にしびれを起こす作用があります」
「そうなのか。植物の知識には疎くてな。とりあえず腹が膨れればなんでもいいと思って生やしてみたんだけど、失敗だったな」
自信が空腹だったことを思い出すと、それに返事をするように腹が鳴った。
「お腹がすいているのですか?」
「あぁ、昼は炊き出しにありつけたんだが、夜はこの様だ」
「そうですか」
彼女は目線を外して少し考えるような仕草を見せてから、
「よければこれから食事に行きませんか。その、一緒に」
「誘いは嬉しいけど、金は一銭も持ってないんだ」
「そこは私に任せてください」
「いや、女性に奢らせるのは男としてどうかと」
「そんなことお気になさらず………いえ、わかりました、では奢りでなければいいのですね」
「えっと、労働で返せとかそういう話?」
「そういうわけでもないです。とにかくついてきてください」
そういうと彼女は森の方へと歩いていく。わけも分からず俺もその後をついて行った。
しばらくいくと森を抜けて崖下に出た。
そこからさらに少し行くと街の正面に。
「御苦労」
「お待ちください」
守衛に一声かけて門をくぐろうとするクレイだったが、止められてしまった。
「そちらの方は」
「問題ありません。私の友人です」
「そうですか」
クレイの一言であっさりと通れることになった。
いいとこのお嬢さんだろうって事は見るからに分かるけど、なかなかに凄い人なのか?
それとも貴族の権力がすごく大きな世界なのかな。
「ちょっと寄り道します。ここで待っていてください」
そういうとクレイは壁影に身を潜めて先の建物の様子を伺う。
そして次の瞬間、僅かな土煙を残して目の前から消えた。
え、なにこれ、魔法?
目を離した隙にとかじゃなくて、言葉のまま本当に目の前から姿が消えた。
そういえば初めてあった時も急に目の前から消えたっけ。
俺は今までクレイが立っていた場所に立ち、彼女が見ていたであろうたてものを覗いた。
入口に松明が置かれ、守衛がたっている建物。
壁に掲げられた旗にはこの国の国旗、盾の中に剣を描いた紋章が飾られている。
「お待たせしました」
「うわぉっ!」
不意に後ろから声をかけられて驚いた。
振り向くとそこにはマントをかぶった人物が立っていた。
「それでは参りましょうか」
フードの影から金髪と可愛らしい笑顔が覗いた。
彼女に連れられて10分ほど歩いただろうか。
裏路地を進んでいくと、徐々に柄の悪い人相の輩とすれ違う事が増えてきた。
周囲もいかにもな怪しげでピンクな店が増えてきた。店の前ではケバめで露出の高い女性が客引きを行っている。
なんとなくだが俺も顔を隠すようにフードを被っている。
油断すればとって喰われそうな雰囲気の中、クレイは物怖じすることなく黙々と進む。
そうして1軒の店の前で立ち止まった。
木造建てのボロボロの建物、中からは乱暴的な喧騒が漏れてくる。
ここは山賊のアジトですと言われれば疑いもせずに信じる。
どう考えても、もやしボーイと姫ガールが入っていい店じゃない。
正直いってここまでの道のりだけでお腹一杯だ。空腹なんてどこかに行ってしまった。この区域から無事に帰れるならそれだけでいい。
なんて俺の思いなど露知らず、クレイは店の戸を開いた。
残念だが今の俺は彼女について行くしかない。あとに続いて入店する。
全員の視線が自分たちに集まり、一瞬で店が静まり返った。
クレイは構わず店の奥に踏み出す。
店内で食事をしていたのはやはり予想通り、絵に描いたような山賊集団だ。
静寂に包まれた店内だが、所々から舐めるような下卑た笑いが聞こえてくる。
そのままクレイは一番奥のカウンターに座る。
「悪いがよぉ、今日はこの店、貸切なんだぜぇ」
「そうなのですか?」
小柄な男が卑しい喋り方で声をかけてきた。
それに対してクレイは物怖じせずに返事を返す。
クレイの一言で店の空気が一瞬ざわついたのを感じた。
「なんだ?お前もしかして女か?へへっ、なんならあっしが相手してやってもいいぜ」
男は舌なめずりをしながらクレイを見上げている。
「出来れば後日にして頂きたいのですが」
口ではそういいつつもフードを脱いで席を立つクレイ。
それを見て男はクレイがやる気だと判断したようだ。
「なんだ、やる気か?いいぜぇ、力づくでものにするのも嫌いじゃねぇ」
男もどうやらやる気のようだ。
それに呼応するように店の全員が無言で立ち上がった。こいつら全員で来る気か?
退路はない、逃げるにしても目の前の20ばかしの動く筋肉の壁を抜けなきゃならない。
「へへっ、なんだよ全員やる気かよ。でも手ぇ出さないでくだせぇ。あっしが最初に目をつけたんですからよぉ!」
言葉を言い終えると同時に男が飛び込んできた。
いや、男だけじゃない。その場の全員が一斉に動いた。
もうダメだ!
俺はクレイの手を取って床に手をかざした。