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戦うお嫁さま!  作者: 百々華
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7話 お嬢様は白い手袋を投げられました


 素晴らしく早く部屋に着いた。アメリライラが割り振られた部屋は、貴族が寄宿する部屋仕様になっている。代々貴族が使っていたのだろう、ベッドがひとつ、隣に繋がっている小部屋にもベッドがひとつ。こちらは侍女用のベッドだ。簡易ながらも衣装部屋もあった。シンリーとともに部屋に戻ったが、シンリーには少しだけ扉の前で待ってもらった。


「お嬢様……」

「大丈夫よ」


 心配そうな顔をするシンリーに微笑み掛けて、扉を閉める。今この時だけは、ひとりになりたかった。閉めてすぐにベッドに向かう。マクラを手に取り、大きく振りかぶった。思い切りベッドに叩き付ける。ボフンッとくぐもった音がして、少しだけ埃が舞った。ただ一度だけ。ただ一度だけの、八つ当たり──それだけで、気持ちを抑える。溜め息をついて、怒りを捨てた。


「……シンリー、ありがとう。入ってきて大丈夫よ」


 扉に向かって告げるや否や、シンリーが飛び込んできた。飛び込んできても、音を立てないのは流石である。


「ライラお嬢様!」


 シンリーはアメリライラの手を取り、気遣わしげに頭を撫でてきた。人の優しさが、心に染みる。


「大丈夫よ、シンリー。ちょっと驚いたけど、何でもないから」


 そう、何でもない。気にしなければ、何てことはない。心に留めて置く必要はない。


「お嬢様……」

「ドレスを出してくれる? 何にも手を加えていないドレス(もの)も確かあったはずよね?」

「お嬢様。本当にあの子爵令嬢様にドレスをお貸しになるのですか」


 シンリーの眉が顰められるのは、主人アメリライラを気遣ってのもの。アメリライラは小さく笑った。


「仕方がないわ。ルシアン様の命ですもの。意味が判っていらっしゃらなくても従うしかないわ」


 渋面を作ったシンリーは、それでも衣装部屋に入り、中から一着のドレスを手に持ってきた。淡い桃色の色味のフレアドレス。淡くグラデーションが掛かった可憐なドレスだが、武器ダキーレを仕込むに少し不便だった。上腕にあたる部分の色味が薄過ぎて、ダキーレが透けてしまうのだ。一応要るかもしれないと思い、改造していない(ノーマルな)ドレスも持ってきていた。それがこんなことに役立つとは。皮肉である。


「ロラセーヌ様は私とそんなに体格の違いはないと思うわ。あとで人をやってこちらに来て頂きましょう。それと、学園の縫製科の方も何人か来て頂ければ間に合うはずよ」

「お嬢様……よろしいのですか」

「いいのよ」


 布から仕立てるのは時間的に不可能である。しかし、既に仕上がっているドレスに手を加えて調整するだけであれば大丈夫であろう。学園では一流の仕立て人になるべく、服飾や縫製にも力を入れている。その者たちの手を借りれば、調整は容易いだろう。


「畏まりました……学園の方にそうお願いして参ります」

「お願いね、シンリー」

「では少々お傍を離れますが……」

「大丈夫よ。何事も警戒するから」

「はい。では失礼致します」


 頭を下げてシンリーが部屋を出た。アメリライラは身体の力が抜けてベッドに崩れ落ちたい気分を叱咤する。

 まだ装飾品が必要。淡い色味のこのドレスに併せるのであれば、華美ではないシンプルな装飾品の方が釣り合う。宝石は華美であればいいということはない。バランスとセンスである。靴はサイズが限られているから、これは自前で何とかしてもらおう。

 貸すドレスは、ロラセーヌの身体に調整してしまえばもうアメリライラのサイズではない。そのまま譲り渡すことにしてしまおう。そう思うと、まだ一度しか袖を通していなかったが、妙に服にまでよそよそしさを感じた。






 * *






「アメリライラ様、本当にありがとうございます!」


 ロラセーヌの高く可愛らしい声が部屋に響く。他には学園から来てもらった縫製科の生徒が3人。学年としては先輩にあたるが、実地研修として考えれば悪い話ではないだろう。

 アメリライラはソファに座ってロラセーヌたちを眺め、シンリーはアメリライラのすぐ後ろに立って控えていた。ロラセーヌはひとつひとつの物にいちいち感動し、その度に縫製科の3人の手は止まってしまっていた。


「とても綺麗なドレスですね。絶対に汚さないようにします! 手洗いしてお返ししますね」

「ロラセーヌ様。それはあなたのサイズに今変えていますから、あなたに差し上げますわ」

「アメリライラ様! 何てお優しいお言葉! よろしいのですか、わたしのような者に!?」

「構いませんよ」

「信じられません……! ルシアン様も、アメリライラ様も天使のよう! わたしは今幸せの絶頂に居ますわ!」


 どこかで似たような言葉を聞いた。確かにあの子爵セドリックの娘だ。


「少しじっとなさって。動くと針が刺さりますよ」


 アメリライラの用意したドレスは、胸元を詰めたりする調整は必要なかったが、ウエストラインは多少広げなければならなかったらしい。ドレスを着た状態で構わず動くロラセーヌの背後で、3人が四苦八苦していた。足元の裾は丁度良い丈だったようだ。爪先までドレスの裾が広がっている。これなら彼女の手持ちの靴で大丈夫だろう。


「このドレスにはこちらの宝石が合うと思いますよ」


 そう言ったアメリライラの言葉に併せて、シンリーが小さな箱の中身をロラセーヌに見せる。


「まぁ、素敵!」


 自身の頬に両手を添えて、歓喜の声を上げた。


「アメリライラ様、素晴らしいです! こんな素敵な宝石まで下さるなんて!」


 ロラセーヌが口走った言葉に、アメリライラは慌てた。


「ロラセーヌ様、そちらは差し上げることは出来ません。宝石は貸すだけですわ」

「え、そうなのですか?」


 あからさまに落胆した気持ちを隠さずに声に乗せた。その声にアメリライラは若干目眩を覚える。


「えぇ。それは私も父母から借りている宝石です。所有権は私には有りません。ですのでロラセーヌ様にはお貸しするだけです」

「ドレスは下さると仰いましたのに?」


 クラッとする。天然なのか、計算なのか。何を言っているのか、この子爵令嬢は。


「ドレスは私の採寸で作られている物です。本来であればこれは私だけの物です。ですので所有権は私個人に有ります。あなたに差し上げることが出来るのはそういう理由です。けれどもその宝石の所有権は家に有ります。今の当主夫妻である私の父母です。ですのであなたに差し上げることなどは出来ません。お分かりですか?」


 頭が痛くなるようなことを、笑顔で穏やかに諭すように話す。目の前に居るのは、曲りなりにも子爵令嬢だ。そんな相手に言う話ではないはずだ。


「そうですか。残念です、とっても素敵な宝石なのに」


 こんなことをわざわざ言わなければならないのが信じられない。


「アメリライラ様は、良いお家の出の方なのですか? こんなに素敵な宝石をお持ちですもの」


 さも今思い立ったかのように、とても気軽にロラセーヌが質問してきた。アメリライラは口元が引きりそうになる。


「私はオールズヴォールド公爵家の長女です」

「まぁ! オールズヴォールド公爵家というと、確かあの有名な公爵家ですよね。そちらの方だったんですか! わたしったら、何か失礼なことをしてなかったでしょうか?」


 ロラセーヌのこのげんは、いつわりだとアメリライラは感じる。朝の一件で名を名乗っているのだ。爵位を持つ者は、全ての爵位を持つ家の名前を覚えなければならない。それはどんな小さな子どもでも。それが貴族の常識である。

 それに、ロラセーヌの父、セドリック子爵とは顔を合わせて挨拶をしているのだ。そのことはきっと娘にも伝わっているはず。ルシアンに近付こうという魂胆ならば、その最大の邪魔者である婚約者アメリライラを知らないはずがない。


 この令嬢は何がしたいのだろう。


「アメリライラ様はルシアン様とお知り合いなんですか? ご一緒に居らしたんですよね? 公爵家の方だと、王子殿下の侍女も勤まるんですか?」


 確信する。この子爵令嬢ロラセーヌ公爵令嬢アメリライラに挑んできている。


わたくしは、ルシアン様の、婚約者ですわ。侍女ではありません」


 笑顔のまま、ロラセーヌの目を真っ直ぐに見つめて一言一言はっきりと口にする。


 挑まれたのなら、迎え撃とう。絶対にこの地位を明け渡したりはしない。ルシアンの傍に居ないとルシアンを守れない。そのための婚約者なのだから。


「まぁ、そうだったんですか! わたしったら、侍女だなんて失礼なことを!」


 アメリライラの身分を聞いても、ロラセーヌの様子に動揺はない。やはり父親セドリックから聞いていたのだろう。可愛らしい笑顔のままだ。


「あ、あのぅ……調整、終わりました」


 非常に居たたまれなさそうな、細い声が上がった。縫製科から来た3人である。いきなり呼ばれて実地研修として経験を積めると思っていたのに、よく判らない会話の応酬に呑まれて小さくなっている。アメリライラの放つ威圧に怯えてしまっていた。とんだとばっちりである。


「どうもありがとうございました。ご無理なお願いを申しまして、大変に恐縮でございます」


 学園の外、本来であれば彼女たちは一般市民であろう。しかし、この学園の中ではアメリライラたちよりも先達せんだつである。アメリライラは膝を折って、淑女の礼を取った。こちらが依頼した仕事に、確かな腕を持って仕上げてくれた。感謝は惜しみなくするものである。アメリライラに礼をされた3人は真っ赤な顔になり、真似をするようにぎこちない礼を取った。


「まぁ、アメリライラ様。公爵家のご令嬢様でもそのようにこうべを垂れるのですね」


 どこか場違いなロラセーヌの声がアメリライラの背中に掛けられる。アメリライラは立ち上がり、ロラセーヌに向き合った。


「こちらが依頼したことをキチンと仕上げて下さったのです。それに対してお礼を申し上げるのは当然のことでしょう」

「それもそうですね。この学園の中では身分の差はないんでした。公爵令嬢も子爵令嬢も一緒ですね」


 にっこりと微笑む顔は可愛らしい。とても腹に一物いちもつあるとは思えない。思えないけれど、確かにロラセーヌはアメリライラに戦いを挑んできた。狙いはルシアンであろう。ルシアンの婚約者の地位。婚約者になり、そのまま上手く婚姻成立に持っていけば、パース子爵家は一足飛びに爵位を上げることが出来る。


「そうそう、今日のパーティーですけど、ルシアン様がわたしのエスコートをしてくれるそうです」


 ロラセーヌの爆弾発言に、アメリライラもにっこりと微笑んで答えた。


「まぁ、ロラセーヌ様。それは有り得ませんわ。ルシアン様は婚約されています。婚約者が居る身でありながらそれ以外の方のエスコートをするなんて、決して有り得ませんわ」


 ()()()()()と二度言われて、ロラセーヌも口籠る。ふたりの間に、見えない火花が散った。


「お話は以上かしら?」

「今日のパーティーは、夜会などではないでしょう? だったらそこまで畏まらなくても大丈夫だと思いますけど」


 まだ喰い付いてきた。アメリライラは小さく息を吐く。


「夜会だろうと、気軽なパーティーであろうと同じですよ。それともあなたは、もしあなたに婚約者が居たとして、その方が別の方をエスコートしていても平気なのかしら?」


 今度こそ、ロラセーヌは黙った。ようやく、黙ってくれた。


「では調整も終わったことですので、そろそろお引き取り頂いていいかしら? 私も自分の用意をしなければなりませんので。宝石はパーティーの始まる前に届けますので、それまでお待ち下さい。必ずお返し下さいね。オールズヴォールド公爵家所有の物ですので。そのドレスは差し上げますわ」


 ソファから立ち上がりながら、流れるように伝える。


「それでは、どうぞお帰りを」


 アメリライラの言葉に合わせて、シンリーが部屋の扉を開けた。ロラセーヌはほんの僅か一瞬だけ真顔になり、すぐにまた微笑んだ。


「どうもありがとうございました、アメリライラ様。あなた様のお言葉、忘れないようにします」


 頭だけを下げる簡単な礼だけをしてきびすを返す。夜会でやろうものなら即座に顰蹙ひんしゅくを買うようなお座なりな礼である。けれど、ここは学園。アメリライラは挑発には乗らず、そのまま流した。アメリライラの言葉はロラセーヌの心に少しは打撃を与えられたようだ。


 ようやく静かになった部屋の中で、アメリライラはソファに身を預け、天井を仰ぎ見た。勝手の違う相手の対応は、非常に疲れるものだった。






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