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戦うお嫁さま!  作者: 百々華
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5話 お嬢様の奮闘が始まります


 9月。いよいよルシアンとアメリライラが学園に入学した。予想通り、入学するために様々に揉めた。


 まず、入学するにあたって新入生全員が講堂に集められ、学園長が祝辞やら自慢やら今後の応援やらを演説するのだが、今年はそれを取り止めたという。ルシアン(身分が上の者)が入学するのに、学園長(身分が下の者)が壇上に登り言葉を述べるという行為は褒められたものではない、となったようだ。


 次はルシアンが過ごすことになる寄宿舎。これが問題だった。何といってもルシアンは第三王子。産まれてからずっと複数の侍女が世話をしている人物である。当然、自分の用意など自分で出来るはずもない。自分で用意する、という発想さえないだろう。ではどうするか? ルシアンの答えは、侍女を連れていく。アメリライラの答えは、自分で出来るようにする。である。


 アメリライラも公爵令嬢であるからには、もちろん産まれてすぐに乳母や侍女を連けられている。けれども、自分のことは最低限自分で出来るようにと、両親から躾られた。それは色々な方面に役立っている。

 ルシアンもやれるはずである。手本となるべき王族、第三王子なのだ。しかし、ルシアンは曲げなかった。いつもの侍女たちを全員連れていくといって聞かなかった。寄宿舎は、学園で学ぶ者たちがともに過ごす場所。当然、ルシアンの侍女たちが入るほどのスペースなど有りはしない。他の学ぶ者たち……市民の目もある。特定の者にだけ特別扱いしているとなれば、無駄な争いを生む。

 アメリライラやレイヴン、ジャスティの再三の説得と、このままでは国王までもが話に出てくるという段階になって、やっとルシアンが妥協した。連れていく侍女はふたり、その他のことは婚約者であるアメリライラが手伝うことで渋々納得したのだ。これには精神的に非常に疲れた。


 他にも寄宿舎で出される食事に不満を述べたり、自分で勝手に思い描いていたらしい街への探索が出来そうにないことに腹を立てたり、アメリライラが以前自分より先に通っていたことを罵ったりと、忙しい日々を過ごした。


 それやこれやを乗り越えて、やっとの思いで迎えた入学である。それだけで、アメリライラは一種の達成感を持ってしまっていた。無理のないことである。


「何だ。狭いところだな」


 辿り着いた教室は、ルシアンの自室より少し広いくらいの大きさだった。充分な広さであるにも関わらず、ルシアンには狭いと感じるらしい。それなりに緊張感が漂いながら賑やかだった教室は、一瞬で静寂に包まれた。


「こんな狭いところで何をするのだ?」


 とんでもない発言である。ここは王立学園。ここに居る新入生たちは、学ぶために国の隅々から必死の思いで入学したのだ。それを逆撫でするような発言だった。


「……ルシアン様。ここでみなさんと一緒に勉強するのですよ」


 ルシアンの隣に立つアメリライラがそう告げると、ルシアンは心底驚いたという表情を浮かべた。


「ここで? こんな狭いところで勉強しなければならないのか!?」


 ルシアンが驚愕する理由がアメリライラには判らない。判る人物は誰ひとりとして居ないだろう。一体何を考えてここに居るというのだろう。ルシアンが想像していた学園生活はどんなものだったのか。


「そうですわ。ここでみなさんと一緒に励んで自分の道を進むのです」

「信じられん。こんな狭い部屋にこんな人数で押し込められるのか! ダルジニアスに一言言ってやら」


 そこまで口走ったところで、アメリライラがルシアンの口を塞ぐ。ルシアンの方が背が高いため、背伸びをして。

 学園長の名前を呼び捨てにする新入生がどこに居るのだ! それにこんな広い教室のどこに文句がある!?

 ルシアンは直ぐ様アメリライラの手を振り払った。眉は不機嫌に深くしかめられている。アメリライラにとっては馴染みの表情だった。手を払い除けられ、睨み付けられても全く怯むことなく、にこりと微笑みを浮かべる。


「ルシアン様。勉強に集中なされれば、部屋の大小は気になりませんわ。ルシアン様ならきっとすぐそうおなりです」


 言いながら、教室中の視線が痛い。一体何のやり取りをしているのか、といった視線だろう。居たたまれない。こんなレベルのことも、ルシアンには事前に言っておかなければならなかったのか。教室の広さについて文句が出るとは思わなかった。

 特別扱いはしなくて結構、みんなと学園生活を楽しみたいと言っていたのはどこの誰だったか。こんなことで文句を言うのなら、王宮で家庭教師に教えてもらうしか手はない。望んだくせに文句も言う、典型的な甘えた王子である。アメリライラはこの先の一年を考えて、一瞬気が遠くなる気がした。


「──まぁ、ルシアン様ですか!?」


 そんな時、突然教室の中からではなく廊下から声が掛かった。甘いような、作ったような……どこか媚びたような可愛い声。

 先にルシアン様に声を掛けるなどと、と思った一瞬ののちには、それは今は言うべきではないと思い直す。ここは王宮ではない。貴族がひしめく夜会などでもない。新入生みんなが等しく教育を受ける場だ。そんなところで身分がどうとか、先に声を掛けるのはどうとか言うことではない。

 名前を呼ばれたルシアンも、眉を顰めたままの表情で振り返ったが「無礼だ」と言うことはなかった。なかった代わりに、じろりと声の持ち主をめ付ける。


 声の主は、小柄な少女だった。例えるなら、アメリライラが綻び始めた大輪の薔薇なら、目の前の少女は風に揺れる淡く儚い一輪挿しの花──庇護欲を掻き立てられるような少女。

 そんな少女が、目をキラキラさせながらルシアンを見上げている。不機嫌だったルシアンも、これにはその感情を溶かしたようだ。


「ルシアン様ですか……?」


 もう一度、少女が尋ねてくる。


「あぁ、そうだ。そなたは?」


 小さく咳払いしたルシアンが、たった今の今まで文句を言っていたことなどなかったかのように鷹揚おうように答える。返事をしてもらった少女は顔を輝かせた。


「あぁ、やっぱりルシアン様なのですね! 何て麗しいお姿……! 父から聞いた通りでした!」


 何だか嫌な予感がする。大体そんな時は、そんな嫌な勘は当たるものである。


「わたし、ロラセーヌ・ド・パースと申します! 先日、父が王子殿下とお会いしたと聞いてから、わたしもお会いしたくてお会いしたくて! やっと念願叶いました!」


 パースの名前に、あのセドリックの顔が思い出される。あの父親の娘か。アメリライラが下がる時にルシアンに吹き込んでいた娘。本当に近付いてきたのだ。


「本当に素敵なお方ですね。こんな素敵な王子殿下と一緒に学ぶことが出来るなんて、わたしは幸せです」


 ルシアンが第三王子であるということは、別段秘密というわけではない。ではないが、取り立てて公表する必要もない。学園長や教師たちは知らされているが、他の生徒たちには特に言う必要なしと判断したのだ。それを、この少女はぶち壊した。他意はないのだろうが、純粋さは時に刃になる。


「……王子殿下?」

「え、何……? 王子なの?」

「王子様も入学するんだ」


 教室の中では先程までとは違う騒めきが始まっていた。よく判らないことで揉めている謎の人物への興味津々といった体である。

 ロラセーヌと名乗った少女はルシアンしか目に入っていないようで、変わらずキラキラした顔でルシアンに話し掛けている。当のルシアンも満更まんざらでもなさそうだ。こんなはにかんだような表情は初めて見る。アメリライラは一度も見せられたものではない。単純に感心してしまった。顰めっ面だけでなく、ちゃんと表情がある。観察してみたいものである。


「ロラセーヌはどこの教室なのだ?」

「わたしはひとつ隣の教室です」

「同じではないのか。ダルジニアスに言って同じにさせてやろうか」

「まぁ、ルシアン様。わたしは隣の教室に居られるだけで充分です。同じ学園で学ぶことが出来るだけで幸せなのですから」

「そなたは欲がないのだな」


 観察という名の傍観状態でいるアメリライラを横で、どことなく滑稽なやり取りが交わされている。ルシアンは産まれた時から侍女たちの世話を受けているのだから、他人が居るなかでの交流は平気である。アメリライラも公爵令嬢として育てられてきたが、大勢の観衆がいる中での交流はなかなかに苦手である。それを考えると、このロラセーヌの態度は凄い。公の場で頬を紅潮させて、ルシアンただひとりを見つめ、会えた奇跡を熱く語っていた。


 セドリック・ド・パース子爵の娘、ロラセーヌ。要注意人物である。アメリライラが頭にそう叩き込んだ時、ロラセーヌがアメリライラに向き合った。そして、初めてアメリライラに気付いたかのような表情を浮かべた。


「まぁ! わたしったら、大変失礼致しました! ルシアン様のお連れ様だったのですね」


 話し掛けられてしまった。夜会でもないのに無視するわけにはいかない。


「初めまして。ロラセーヌ・ド・パースでございます。子爵セドリックの娘でございます。これからよろしくお願い致しますね」

「……アメリライラ・ド・オールズヴォールドでございます」


 可愛らしい声を出すロラセーヌとは対称的に低い声になってしまった。


「アメリライラ様。とてもお綺麗な方ですね。お名前もとっても素敵!」


 握手まで求められてしまった。今まで会ったどの令嬢とも違う。子爵令嬢のはずが、貴族としてのマナーも何もない。学園の中ではそれでいいかもしれないが、社交界ではやっていけない。アメリライラには関係のないことだが。

 ふたりはもっと話をしたそうだったが、ここで時間切れ。受け持ちの教師が来た。


「ルシアン様、それでは失礼しますね」

「ロラセーヌ」


 引き留めるルシアンの声の甘いこと。これも初めて聞くルシアンの声だった。この僅か数分で、ロラセーヌはルシアンの心に入り込んだらしい。


「お昼にご一緒させて頂いていいですか?」

「もちろんだ」

「嬉しい! 楽しみにしていますね!」


 そう言ってロラセーヌは自分の教室に戻って行った。一気に静寂に包まれる。アメリライラは呆気に取られてしまっていた。

 今、目の前で展開した一連の出来事。第二側妃からの刺客はあれほど警戒していたが、この手のことはここまでは予想していなかった。ルシアンは第三王子、そしてアメリライラはそこまで頂点ではないにしろ、公爵令嬢。向かってこられたら迎え撃つという意気込みできたが、本心では実際に割って入ろうとする人物が居るとは思わなかった。王家や公爵家に楯突いたらどうなるか、知らぬ者は居ないのだ。

 それなのに今、目の前でルシアンはきっと心奪われた。婚約者アメリライラが居る横で。これではいけない。このままでいてはいけない。ルシアンを守るためには一番近い場所に居なければ。


「これから何をするのだ?」


 多少は気まずい思いをしているのかどうか知らないが、小さく咳払いをしてルシアンが声を掛ける。


「……まずは、自己紹介から始めるのだと思いますわ」


 アメリライラはにこりと笑んで、今のやり取りを見なかった振りをする。こんなことでいちいち傷付いてはいられない。こんなことは、自分が黙っていればいいことだ。


 婚約が決まった時から、ルシアンは一度として自分からアメリライラに何かしたことはない。アメリライラは婚約者に嫌われていることを、婚約の顔合わせの時からひしひしと感じてきた。別に、嫌われていてもいい。なぜ嫌われているか理由は判らないが。

 私の使命は第三王子を守ること……アメリライラはいつも自分にそう言い聞かせてきた。親衛隊や近衛隊が警備出来ない場面では自分が楯になり、つるぎになりて第三王子を守ると。それが、王家とオールズヴォールド公爵家当主から賜った自分の使命なのだから。


 そう言い聞かせ、やってきた。今までも、これからも……


 それを、今初めて微かに疑問に思う。


 私はこの先、どうしたいのだろう──……


 ルシアンとの明るい未来など、一度として見たことはない。見る気もなかった。それが示している意味は……






 彼女が覚醒するまで、あとどのくらい──……?






読んで下さってありがとうございます。書き溜めていた分が少なくなりましたので、また少し溜まってから次を掲載したいと思います。よろしくお願い致します!

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