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戦うお嫁さま!  作者: 百々華
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2話 公爵家のお嬢様はこんな人です


 着替えをしてシンリーと共に食堂へ行くと、既に父親は座っていた。横には母も座っている。


「お帰りなさいませ、お父様。お待たせしてしまって申し訳ありません」

「いや、いい。サエラスに聞いた。今日は廊下だったとな」


 父ジャスティの言葉に、チラリとサエラスに視線を向ける。老獪な老執事は喰えない男だ。


「まぁ、楽しそう。今度はわたくしも仲間に入れてもらおうかしら」


 決して社交辞令などではなく、母ソフィアも本心からそう思っているだろう声音で小さく笑う。母も参戦するとなると、家の家具が何かしら壊れることを前提としないといけない、とアメリライラは思う。由緒ある品は早いうちに避難させておかねば、いつ真剣を使った模擬戦が始まるか判らない。


「今日も無事終わったか?」


 それは今日のお茶会のことを聞いているのだろう。無事といえば無事だ。第三王子、ルシアンに害が及ぶ前に止められた。


「はい。クッキーにネリの葉が混入しておりましたが、被害はございません」


 父親の眉が片方だけピクリと上がる。第二側妃主催のお茶会に誘われた時点で予想はしていたが、予想通りの展開に気が重くなる。


「そなたが食べたのか?」

「はい。毒見として」

「体調は」

「すぐに吐き出しました。あとはシンリーと汗を流したのでもう平気です」


 たった一言だけだが、娘を気遣ってくれた父の言葉が胸に染みる。実際、毒にあたった体調不良は払拭されていた。


「お兄様とシンリーに助けて頂きました」

「そうか。良くやった」


 今は居ない兄に感謝する。兄は第三王子直属の親衛隊所属の騎士だ。普段は親衛隊寄宿舎で過ごしている。


「シンリーも、いつも良くやってくれている」


 老執事の隣に立っているシンリーが膝を折って、床に額が着くほど頭を下げる。公爵家当主のねぎらいの言葉に感謝を示しているのだろう。公爵家の使用人が心から仕えていられるのは、折々に示されるこうした心尽くしの言葉があるから。

 貴族の中には、自分より下の者は人ではない、と傲慢な考えを持っている者も少なくない。人ではないから何をしてもよいとして、使用人や領民たちを虐待したりする者も居る。それが、このオールズヴォールド公爵家では一切ない。シャンダルジア王国の筆頭公爵のうちの一角といっても過言ではない家の当主が、使用人も同じ人して扱ってくれる。心を持つ、同じ人間だと扱ってくれる。それは、とても大きなことだった。


「では、頂こうか」


 ジャスティの一声で、侍女たちが一斉に動く。けれど、決して無駄な動きもなく、音も立てない。運ばれてきた物は、オールズヴォールド公爵家専属の料理人が腕を奮った数々。周りを警戒する必要がなく、料理の中に毒物が混入していないか舌で確認しなくともよい家での食事は、精神的にも肉体的にもリラックス出来る一時だった。


 前菜のあとのメインディッシュは、今日は淡白な白身魚のソテー、クリーミー白ワインヴィネガーソースかけ。生クリームと白ワインヴィネガーも一緒に煮詰めてあるおかげで、クリーミーなのにさっぱりとした味わいのソースに仕上がっていた。最後の締めにはトリュフオイルを使ってあり、鼻に抜ける香りも楽しめるようになっている。

 デザートにはアップル・ダンプリングパイ。スパイスと砂糖を詰めたリンゴを丸ごとパイ生地で包んでオーブンで焼いてある。シナモンが良く効いていて、甘いだけのパイではなくなっている。バニラアイスがひと匙分添えてあるのも嬉しい。温かいリンゴと冷たいバニラアイスの相性はとてもいい。料理人の、食べる人々をもてなしたいという優しい心が伝わってくる。


 コースの品々全てを胃に収めた。体力維持のためには食事はとても大切。貴族の令嬢の中には、スタイル維持のために食事制限をしている者も居るらしいが、摂取量より上回る運動量があれば肥えることはない。


 完璧なマナーで食事を終えたあと、ダイニングルームに移動して、紅茶を飲む。ひとり掛けのソファに座るジャスティの向かいのソファにソフィアとアメリライラが並んで座った。食事のあとのため、砂糖は入れずにさっぱりとした味だ。


 ジャスティは何かしら思案顔だ。アメリライラは父の言葉を待つ。


「──アメリライラ。ルシアン王子についてだが」

「はい」


 音を立てないようにカップをテーブルに置いた。父が()()()と愛称で呼ばずに()()()()()()と呼んだ。背筋を伸ばして聴かなければならない話だ。


「ルシアン王子は王立学園に入学したいと仰せだ」

「そうなのですか。初めて知りました」


 婚約者といえど、ルシアンとアメリライラの間には暖かい交流などはない。相手が何を望んでいるのか、何も知らないままだ。


「一年だけでもいい、王宮から離れて学園生活を満喫してみたいと仰っていてな、陛下も一年だけとお許しになられた」


 ジャスティは国王からの信の厚い大臣である。直接王から様々な話を聞いているのだろう。ジャスティは紅茶で口の中を潤す。娘を真正面から見据えて言葉を続けた。


「アメリライラ。そなたも学園に入学し、ルシアン王子をお守りせよ」

「はい! 必ず期待にお応え致します」


 畏れ多くも、ルシアンの身辺警護を父より仰せつかる。それだけ自分を信用してくれている、何とほまれなことだろう。アメリライラは頬が紅潮していくのを感じた。


「レイヴンもルシアン王子直属に着ける」

「親衛隊の方を解雇ということですか?」

「いや、ルシアン王子が学園に行っている間だけだ。王子が王宮に戻られたあとは親衛隊の仕事に戻る」

「そうなのですか」


 兄レイヴンも同じ学園に身を置くというのなら心強い。ルシアンを守るに戦力はあって困ることなどないのだ。


「シンリーを連れて行ってもよろしいですか?」

「うむ。貴族令嬢は侍女をひとりなら連れて行ってもよいとされておる。シンリーも心せよ」

「畏まりました。この身に代えてもお守り致します」


 シンリーは再びひざまついた。シンリーの力強い返事を聞いて、アメリライラは尚も心強く感じた。






 * *






 自室に戻ったアメリライラは、早速荷作りを始めた。王立学園は、基本的に寄宿生活になる。遠くから来る生徒だと通えないためだ。王立学園を無事卒業した者は何かしらの要職に就くことの出来るスタートラインに立つことが出来る。だからこそ死に物狂いで入学しようと、シャンダルジア王国の全ての地域から、貴族、平民問わず若者がつのってくるのだ。


 王立学園に入学するためには試験がある。学ぶに相応しい知力があるかどうかをまず見るためだ。合格すればそのまま晴れて入学。落ちたとしても、希望する者は王立学園に入学する前段階の学園、王立小知舎(しょうちしゃ)にて学ぶことが出来る。学園を優秀な成績で卒業した者には、その先の学院でも学べる。


 アメリライラは何事も経験、という父ジャスティの方針で以前学園に通ったことがある。一年通っただけではあるが、その時の試験でも満点に近い点数を取っていた。小さいころから家庭教師に連いて必死に勉学に励んでいた成果である。今もその勤勉さを持っている。試験に落ちるとは思わないが、ルシアンとアメリライラには入学試験は免除されているとのことだった。アメリライラが希望したわけではないし、いくらルシアンが特別扱いをしないで欲しいといっても、そこは王族。運営する学園側の配慮があって当然といえば当然である。

 地方から必死にやってくる者たちに比べてどこかずるをしている気になってしまうが、それはこれからきちんと勉強することで償うことにしよう。


「ライラお嬢様。こちらはどうされますか?」


 手伝ってくれているシンリーが手にしているのは、ダガーより小さく鋭いナイフ(ダキーレ)を何本も入れた箱。いつ折れてしまってもいいように、在庫は充分に持っている。


「全部持って行くわ。予備も追加しておかないといけないわね。それと、ドレスの改造ももうちょっと考えないと……」


 いつ、如何なることがあってもルシアンを守れるように、身に着けている物には全て手を加えてある。そのままダキーレを仕込んでいては肌を傷付けるし、ドレスも破れてしまう。動いても肌を傷付けないところ、上腕の内側や前腕の内側には隠しやすい。そこのダキーレの切っ先が当たる部分に当て布をして、補強をしているのだ。胸元のコルセットに隠すのも限界がある。


 本当は太股などの脚にも隠したいところだが、如何せん、アメリライラの常はドレス姿だ。スカートの裾をまくり上げてダキーレやダガーを取り出すのは得策ではない。その僅か数秒に満たない時間さえも緊急時は惜しい。脛くらいなら何とかなるかと思い、一応ベルトで着けてあるが、出来れば騎士たちが履くブーツを履きたいところだ。あれなら針なども仕込めそう。夫人や令嬢が履くヒールの心細いこと。何ひとつ武器を仕込めやしない。


 服装ひとつとっても、女性のドレスは制限が多い。兄レイヴンが着ている軍服が羨ましい。隠す場所はたくさんあるし、スカートの捲れも気にしなくていい。鍛練や模擬戦をする時も、日常での襲撃を予想してドレス姿のまま。一度、兄の服を着てみたいとアメリライラは密かにチャンスを狙っている。


「そうですね……お嬢様の肌に傷が付いてはなりませんし。裾の内側に縫い付けられる丈夫な糸と布を探して参りましょう」

「ありがとう、シンリー。お願いね」


 入学する際、限定的なものとしてブーツの着用をお願いしてみようか。そう思い付いて、アメリライラの心が浮き足立つ。出来れば兄のような、膝のすぐ下まであるような丈の長いブーツが希望だが、無理ならせめて脹脛ふくらはぎの半分までくらいある物……せめて足首が隠れる丈の物。ヒールでなくて、がっしりとした踵のブーツならば、底にもナイフを仕込める。

 これは、是非お父様にお願いしなければ──……軍服や男装が無理ならせめてブーツだけでも。


 まるで恋する乙女のように頬を染めてアメリライラが考えているのは、如何に効率良く武器を仕込めるかどうか。同年代の令嬢たちが欲しがるフリルのレースや繊細なリボンなどではなく。恋慕う男性の心を欲するのでもなく。






 婚約者が居ながら男性の服装やブーツに憧れを抱く……その理由が、武器を仕込めるから。






 アメリライラは、今年で17歳──……花も恥じらう、生粋の乙女だった。






 欲しがる物はいつも武器関連の物であっても、清楚な乙女のはずである。






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