二人の九字護身
「鉄山ッ! 貴様がなぜここに……?」
ジャラジャラと耳障りな錫杖を手に法衣を纏った坊主。
――その名を神威鉄山。
祥雲と同じく九字護身の一人で〝陣〟の字を受け持つ神威家当主。
祥雲とは生まれが近かったことから友達兼ライバルのような間柄であり実力に関して言えば本気で戦えばどちらが勝つか分からないと評されるほどの男だった。
「漁夫の利になっちまうが、ヒトキリは俺がいただく」
「そう上手くいくかしら」
「誰だ……?」
「ヒトキリはアタシの獲物。アンタは指でも咥えてなさい」
どこからともなく聞こえてきた鉄山を嘲笑する女の声。屋根から跳躍して現れた人影は祥雲の傍に着地した。
「千草、お前まで……」
しなやかな肢体を存分に晒す紺の忍装束。目に掛かる髪を掻き上げた女忍者は祥雲に顔を近付けてるなり得意げな表情を浮かべる。
――その名を風魔千草。
千草もまた九字護身〝在〟の字を受け持つ風魔一族の若き当主であり、祥雲や鉄山と合わせて〝平成の三羽烏〟と呼ばれるほどの実力者だった。
「祥雲、アンタちょっと見ないうちに日和ったんじゃない?」
「わざわざ嫌味を言いにくるとはご苦労なこった」
「現状を鑑みるに私は祥雲にとって命の恩人ってことでいいのかしら?」
「恩の押し売りはいらん。今すぐ帰ってもらってけっこうだが?」
「もうっ! そこは素直に認めなさいよ。ホント強情ね!」
祥雲のそっけない態度に気を悪くして不満げに頬を膨らませる千草。
鉄山は「ざまぁみろ」とばかりに手を叩いて喜ぶ。
「ヒトキリィ~、この女ぶっ殺すならすげー応援してやるぜ」
「生臭坊主が何を偉そうに……。せいぜい背後には気をつけることね」
一匹の妖魔を取り囲むように二人の九字護身。
誰もが醸す殺伐とした空気。最初に動いたのは千草だった。
風魔一族の神髄である目にも止まらぬ早業――。
「へえ~……アタシの暗器を見切るとはやるわね」
ヒトキリの頬を掠めてその背後の木に突き刺さる漆黒のクナイ。
並の妖魔ならば今の一撃で屠れていただろう。
そのことから一筋縄ではいかないと瞬時に悟る二人の九字護身。
それが三者における戦いの開始点となった。
「俺は二条ほどヌルくねぇーぞ」
ジャラジャラと錫杖を振り回してヒトキリと真っ向から切り結ぶ鉄山。
千草は鉄山の動きに合わせるようにヒトキリの死角に回り込むと、鉄山を援護しながらヒトキリを仕留めるタイミングを虎視眈々と窺う。
『ぐぬう……』
千草に細心の注意を払いながら鉄山と矛を交えるヒトキリ。
いかに強力な妖魔であっても二人の九字護身を相手に形勢不利は否めず、ヒトキリは徐々にだが確実にジリ貧状態に追いやられていた。
――決着は時間の問題。
鉄山と千草が九割方そう確信した直後に事態が急変する。