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少女の名前

九我(くが)神社の緑園寺(りょくおんじ)琴音(ことね)さんね」

少女の名前はもちろんのこと、祥雲は二条家がそういった名称の神社を庇護しているということ自体を知らなかった。何故ならそういった事務作業全般は本家ではなく分家の仕事。祥雲は二条家が多くの神社や寺院の元締めだとは知りつつも具体的な数や場所、名称などについてほとんど把握していなかった。

「歳は?」

「十六歳です」

「すると俺の二つ下か」

見た目通りの年齢。祥雲はふと二年前の自分を思い出した。

それは当主の座についてからまだ駆け出しだった頃。

当主になってからの三年という月日は祥雲にとって早いと感じさせるものだった。

「もし嫌でなければ琴音と呼ばせてもらってもいいか?」

「祥雲様が呼びたいように呼んで下さい」

琴音は奴隷でもなければ召使いでもない。普通の女の子だ。

年齢の違いから敬語を使われること自体に違和感はなかったが、主従関係を意識させる様付けには嫌悪感を抱いた。

「悪いが様付けはやめてくれないか。はっきり言ってそうゆうのは好かん」

「でしたら次からは祥雲さんとお呼びしますね」

「別に呼び捨てでかまわんぞ。他人行儀で接されるのは苦手なんだ」

「そうゆうことでしたら祥雲と呼ばせていただきます」

祥雲が望むなら無条件に従うとばかりに琴音。

感情的な動機から琴音を二条家に引き留めた祥雲だったが具体的な考えなんてものはなく、祥雲は自分にできることを考えていた。

「えぇと、趣味は……?」

「趣味といえるほどのものはありませんが、強いて言うなら家事全般です」

琴音のことを少しでも知ろうとする祥雲だったが、家事が不得意な祥雲にとって琴音の答えは非常に掘り下げにくいものだった。

当然ながら盛り上がるわけもなく訪れたのは静寂という名の気まずい空気。

そんな中で祥雲は起死回生とばかりに閃き指を弾いた。

 「じゃあ、料理とかは得意ってことか?」

 「得意というほどではありませんが」

 「どのぐらい作れる?」

 「一般的に知られてる料理ならある程度は……」

 「それなら今日からウチの台所を預かってくれないか。俺は料理がまったくダメでインスタントと外食に頼りきりだったんだ」

 近隣の飲食店を網羅し、スーパーやコンビニに置いてあるインスタント食品に至っては今や匂いを嗅ぐだけで吐き気を催すほどに食べ尽くした祥雲の食事情。料理代行の家政婦を雇おうとも考えたが、生来の面倒くさがりな性分が災いして具体的にそういった話を進めるに至らずいつの間にかそんな事はすっかり忘れていた。

 そんな中で現れた琴音という名の救世主。

 祥雲は箪笥から分厚い封筒を取り出すと、それを琴音に手渡した。

 「これでたのむ」

 「なんですか、これ?」

 「食費だ。費用は当然俺が持つ」

 「そうじゃなくてこの札束は……?」

 封筒の中身は帯封で束ねられた一万円札。琴音の手は震えた。

 家が貧しく質素倹約な生活を強いられてきた琴音にとってその封筒の重みは自分の命よりも重いと思えるほどのものだった。

 「他にも必要に応じて使ってくれていい。判断は任せる」

 「さすがにこれは受け取れませんよ」

 「なんで?」

 「なんでって、こんな大金……」

 「別にくれてやると言ってるわけじゃない。必要に応じて使ってくれと言ったんだ」

 「ですが……」

 「足りなくなったらいつでも言ってくれ。すぐに用意するから」

 「いえ、これだけあれば充分ですッ!」

 天と地ほどに違う二人の金銭感覚。祥雲にとって百万という金はその気になればすぐにでも用意できるものだったが、琴音にとっては夢でしか見たことがないような大金。

 琴音はそんな大金を軽々しく他人に預けられる祥雲の神経が理解できなかった。

 「ここからコンビニまでは徒歩十分。スーパーまでは十五分かかる」

 「場所はだいたいわかります。ここに来る途中で寄りましたから」

 「それなら話が早い。さっそくだが買い出しに行こう。我が家の冷蔵庫にはインスタント食品しか入ってないんでな」

 具体的な目的が定まったことで話し合いはひとまず終わりを迎えた。

 ――次はもっと自然体で話がしたい。

 祥雲はそんなことを思いながら外着に着替えて玄関で待つ琴音と合流した。

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