それからの日常
死国での妖魔戦争が終結してから三カ月。
近年最大規模を誇った妖魔戦争も今や過去のものとなりつつあり、多くは日常に戻りつつある頃――。
「よお、二条。死国戦の傷は癒えたみたいだな」
「なんだ生きてたのか」
「相変わらずな野郎だな。その台詞そっくりそのまま返してやるよ」
憎まれ口を叩き合う日常。
二人は十二区で死にかけた時の事を思い出してニヤついた。
「それで琴音ちゃんの件。本当によかったのか?」
「なにがだ?」
「記憶をなくしたって……」
「ああ、それね」
生死の境を彷徨った琴音が失ったもの。それは記憶。
目覚めた琴音は自分が誰であるかもわからない真っ白な状態だった。
それは妖魔に両親を殺されたというトラウマを忘れ去りたいという防衛本能が作用した結果なのだろう。少なくても祥雲はそう考えていた。
「ただいま~」
玄関扉が開かれる音と共に聞こえてきた声。
廊下を歩く音が近付いてきてリビングの扉が開かれた。
「おかえりはなし?」
「ちょっと来客があってな」
「あっ……ごめんなさい。こんにちは」
住職のような恰好をした男に気付いた琴音は態度を正して頭を下げる。
鉄山はそんな琴音に複雑そうな顔をして軽く会釈した。
「紹介しよう。こいつは鉄山。俺と同じ九字護身だ」
「祥雲が言ってたハゲの人?」
「そうだ」
「ほんといい度胸だな。お前ちょっと面貸せや」
鉄山は怒りを露わに祥雲の胸座を締め上げる。
琴音はそんな修羅場に立ち会った事に驚き口に手を当てた。
「些細な冗談だから落ち着けよ」
「いつか殺す。必ず殺す」
「それはさておき、こいつは俺の〝従妹〟の琴音って言うんだ。よろしくな」
祥雲が出した答え。それを察した鉄山はそっと祥雲の胸座から手を放した。
「初めまして、二条琴音といいます」
「はじめまして……それでいいんだな……」
「えっ?」
「すまん、こっちの話だ」
鉄山の言葉の真意がわからない琴音は首を傾ける。
今の琴音が知るのは〝交通事故〟にあって以前の記憶を失ったということだけだ。
「まあ、その、なんだ。なにか困ったことがあったらなんでも言ってくれ。可愛い子ちゃんの頼みは事は断れない性分なんだ」
死国戦で対峙した時の琴音は狂気を孕んだ危険人物だった。
しかし今は違う。どこにでもいる快活な女子高生だ。
祥雲の嘘が琴音の為にならないと判断した場合は本当の事をばらすつもりでいたが、鉄山はその必要がないと悟り祥雲に合わせることにした。
「さてと、今日は用事があるからまた来るわ」
「二度と来なくていいぞ」
「さようなら神威さん」
たとえ偽りであったとしても祥雲が用意した琴音の居場所。
辻褄合わせに奔走したが祥雲にとってそれは決して苦ではなかった。
「今からスーパーに行くけどどうする?」
「いく! ちょうど今日学校で友達と新発売のアイスの話してたの」
「太るぞ」
「うるさい馬鹿」
なぜ従妹などではなく彼女という設定にしなかったのだろう。
祥雲にとってそれだけが唯一の疑問点だった。
――終わり。




