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勝敗の行方

 二人の九字護身の戦い。それはもはや戦争だった。

 双方とも一歩も引かない本気の殺し合いは周囲の木々を薙ぎ払い地面には隕石が衝突したような生々しいクレーターをいくつも作り上げる。

 それでも一歩も引かない両雄。長引く戦いはすでに泥沼の様相を呈していた。

 「ふはッ、楽しませてくれる」

 「当然のように俺の肌を傷つけやがって……。この化物めッ!」

 「直撃すればお互い一撃だ。せいぜい今を楽しもう」

 「俺は命の駆け引きを楽しめるほど破綻してねぇーよ」

 その場にへたり込む辻桐にとって九字護身同士の戦いは別次元だった。

 並の術者では到底考えられない霊力を持つ二人は大木をチーズ感覚でスライスして大地を穿つ。そんな二人が衝突する度に発生する狂風に辻桐の眼鏡はいつの間にか攫われ消えていた。

 「削り合いだとこちらが不利か……。仕方がない」

 後にヒトキリと戦うことを考えれば橘花との消耗戦は得策ではない。

 そう判断した祥雲は橘花から一定の距離をとった。

 「ようやく見せる気になったか。二条家の奥義〝阿修羅〟」

 「せがまなくても見せてやるよ。ただし死んでも恨むなよ」

 「いいだろう。私を殺す気で来い!」

 祥雲の身体を覆う霊気に生じる変化。それは触手のようにうねうねと動き始め、やがては形となり数は全部で四本。

 祥雲の身体は阿修羅像のように六本の腕を持つ異形へと変化した。


 「全力で叩き潰す!」


 本来ならば対人で使うべきではない奥の手。祥雲とって不本意な選択だった。

 しかしそんな悠長なことを言ってられないほどの強敵との対峙。

 対人戦において祥雲は生まれて初めて「最悪は相手が死んでもかまわない」と思い、己の切り札を発動させた。

 「ぐっ……」

 祥雲の拳が橘花の脇腹を鋭く抉りその表情を苦痛に歪ませる。

 上下左右――縦横無尽に繰り出される拳打はいかに橘花であってもすべてを捌ききることができず、戦局は次第に祥雲優勢に傾く。

 「はははははは、最高だ。最高に楽しいぞ! 二条祥雲ッ!」

 「まだ笑っていられる余裕があるとは驚きだぜ」

 「余裕なんてものはないさ。ただただ面白いんだ。貴様との戦いがな!」

 追い詰められているにもかかわらず橘花は満足げだった。

 戦いを楽しむためならば自らの死すらも厭わないという狂人の沙汰。

 それは意図せず祥雲を萎縮させた。

 「……悪いがこれ以上お前と遊んでいる暇はない。一気に片付けてやる」

 「いいぞ、その目。もっと私を感じさせてくれ!」

 「ほざけッ!」

 祥雲の攻勢は続いたが決定打を与えるには至らない。

 針の穴に糸を通すような橘花の回避力。

 すでに阿修羅の動きに対応しつつあるセンスは天才の名に恥じない資格を有していた。

 「人の身である以上は限界があるな……」

 フロー状態に匹敵する驚異的な集中力を発揮しつつも祥雲の攻撃すべてを回避することは叶わない。

 橘花は少なからずその身体にダメージを蓄積しつつあった。

 「足掻くな。さっさと俺に倒されろ!」

 「断る!」

 「ならば実力行使するだけの話だ」

 祥雲からの最後通牒。負けを認めて欲しいという淡い期待があった。

 だが橘花はそれをきっぱりと拒否した。

 祥雲の目付きが一際鋭くなったのは〝殺人〟を意識したからに他ならない。

 「この感じ……死ぬのか? この私が……?」

 急所への攻撃を意識的に避けていた祥雲に迷いがなくなった。

 そんな祥雲から橘花が敏感に感じとったのは死の臭い。

 ――このままでは殺される。

 己の死を本能的に直感したことによって橘花の脳裏に閃く電流が走った。


 「見出したぞ。私の奥義!」


 祥雲の殺意が最後の一押しになって橘花は生死の土壇場で新たな境地に足を踏み入れた。

 「なんだと……!?」

 直後に勢いよく宙に舞う阿修羅の腕。霊体ゆえ祥雲本体にダメージこそなかったが、流れが変わったことを感じずにはいられなかった。

 「六本腕が相手ならこちらも六本に増やせばいい。違うか?」

 得意げな笑みを浮かべる橘花。

 理屈としては祥雲と同じだと言ったが本質的にそれは全く異なっていた。

 絶望する祥雲が目に映るもの――。

 それは三人に増えた橘花の姿だった。

 「くっ……」

 全身から生じる強烈な筋肉痛。眩暈すらも覚えた。

 阿修羅は短期決戦に特化した奥義。それゆえに強力無比。

 戦闘力を普段の数倍から数十倍に引き上げる代償として体力と霊力を著しく消耗するその奥義は事実上相手を倒せなければ敗北に直結するもろ刃の剣だった。

 「それだけの奥義なら消耗も激しかろう。勝負あったな」

 少しでも気を抜けば阿修羅は解かれて完全に勝機は潰える。

 そのような絶体絶命の中で祥雲は最後の攻勢に打って出た。

 「フンッ、無駄な足掻きを……」

 戦いとして体をなしたのは最初の数合。三人の橘花を相手に満身創痍の祥雲が敵う道理はなく霊気の腕が新たに二本切断されたことで阿修羅の状態が強制的に解けると、それに連動するようにフローの状態も解ける。

 「くそっ、これまでか!」

 もはや立つことすら儘ならない祥雲は地に片膝をつく。

 初めから殺すつもりで戦っていれば結果は違っていたかもしれない。

 自嘲気味にそんなことを思う祥雲の前には介錯とばかりに斬馬刀を振り上げる二人の橘花の姿。

 死を覚悟した祥雲は諦めるように目を瞑った。

 

 「二条家の男は諦めが悪いと相場が決まっているのだがな」


 祥雲を諭すように聞こえてきた声。目を開いた祥雲は思わず絶句した。

 『…………』

 二人の橘花が振り下ろした斬馬刀を受け止める真紅の巨漢。

 蔑むように横目でちらっと祥雲を見た赤鬼は何も言わず再び眼前の敵に視線を移した。

 「前鬼……」

 その時点で誰が加勢したかは一目瞭然だった。

 『祥雲さん、気をしっかり』

 倒れそうになった祥雲を抱き留めたのはもう一匹の鬼。

 「すいません、後鬼さん……」

 祥雲を治療すべく緑の燐光に包まれた手を患部に当てる後鬼。

 後鬼が扱う〝治癒型〟またの名を〝ヒーリング〟と呼ばれる術式のレベルは高く、祥雲の外傷はたちまち回復していった。

 「また命拾いしたようだな。二条の乳飲み子」

 二匹の鬼の使役者はゆったりとした足取りで几帳面に揃えられた白髭を撫でながら祥雲の視界に入ってきた。

 「役小角ッ! 余計な邪魔を……」

 「小娘がくだらん真似をしよって。ここで退くのならばよし、もしも退かぬのなら……」

 経験の違いを見せつけるかのように威圧的な眼光を向ける小角。

 対して橘花は反抗的に睨み返した。

 そんな中で橘花の分身体が時間切れとばかりに半透明になり始める。

 「どうやらここまでのようだな」

 最後に祥雲を見てその場から立ち去る橘花。

 祥雲は橘花の名残惜しそうな表情からいつの日か今日の再戦があると確信した。

 「ぐっ、急がないと……」

 『霊力を回復させるにはまだ時間がかかります』

 「でしたらこのままで充分です」

 『いけません。今の状態で何をなさるおつもりですか?』

 「行かせてやれ」

 『は……?』 

 「行かせてやれと言った。これは命令だ」

 『……承知しました。我が(あるじ)

 不服そうに祥雲を解放する後鬼。

 祥雲は後鬼と小角に一礼すると琴音の後を追うべく先を急いだ。

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