十二区の戦い
作戦が始まってから二時間。十二区での戦闘は各地で激しい火花を散らしていた。
ブリーフィング時に告げられた数とは明らかに異なる妖魔の数。
いくら倒そうがキリがないという状況は参戦した術者の精神を削る。
そんな絶望的な戦況の中で誰もが感じたのは異様なほどに研ぎ澄まされた感覚。
それは妖魔局本部にいる大福胡達が影響していた。
心理学において一流のスポーツ選手などが後世に残る伝説的な結果な偉業を成し遂げた時に体験することで知られる〝フロー〟と呼ばれる超集中状態。胡達は十二区討伐戦に参加したすべての術者にその状態を付与した。
その結果として各戦線で目覚ましい成果を上げる術者達。
中でも九字護身は別格。その活躍は単騎で妖魔の大群を殲滅するほどだった。
しかしそれでもなお妖魔はその数を減らす気配を見せなかった。
「どんだけ湧いてきやがる。これじゃヒトキリと戦うどころの話じゃないぞ」
「それだけ巣穴の数が減ってきているということだろう。十二区の巣穴を潰せば死国戦は実質終わりだろうからな」
その裏付けとして東部以外はすでに主要な巣穴を封印して掃討戦に移行していた。
〝禊〟特有の空間の不安定さから一時的な巣穴の発生は未だに死国各所で見られたが、十二区の巣穴のように強力な妖魔が鎮座して安定している巣穴は他になく、大局的に見て大規模な戦闘はこれが最後といえるものだった。
「琴音、今こちらに向かってきている甲級の数がわかるか?」
「全部で八体……ですか?」
「まさかこんな短期間に気読陣を習得するとはな。私が見込んだだけのことはある」
「瑠璃さん……」
「先に行け、ここは私に任せろ。ハエ一匹通しはしないさ」
前に進むには誰かがその場に留まり妖魔の目を引き付けなければならない。
祥雲と瑠璃が苦肉の策として思いついた答えは奇しくも同じだった。
「琴――……」
「先を急ぎましょう」
綺麗事では済まないと言って聞かせようとした祥雲の言葉を遮る琴音。
そこには以前の青臭さが目立つ少女の姿はなく覚悟を決めた術者の姿があった。
「できるだけ妖魔と戦わなくても済むように迂回していくぞ」
「はい」
戦闘の熱に引かれて集まる妖魔の習性を利用しての遠回り。
祥雲の読み通り緑生い茂る原生林に妖魔の姿はなく順調に十二区の巣穴へと確実にその距離を詰めつつあった。
「――――――――ッ!!」
すべてが順調かに思えたが祥雲が不意に足を止めた理由。
原生林を出た先で待ち構えていたのは一人の人物。
まるで祥雲達の行く手を遮るように仁王立ちしていた。
「叢雲橘花……」
祥雲にとっては最も出会いたくない人物との遭遇。偶然で片付けるには無理がある。
自身の霊能者としての直感を信じた祥雲はすぐさま臨戦態勢をとった。
「行け、琴音。この女の狙いは俺だ」
祥雲の表情からこれから起こるであろうことを察した琴音は頷き先を急ぐ。
その場に残った祥雲と辻桐。
相対する敵はスイッチが入ったようにゆっくりとその口元を緩めた。
「ふはははは、かなり仕上がっているな」
「なにを言っている?」
「かつて私は貴様に敗れて辛酸を舐めた。忘れたとは言わさんぞ」
「やはりあの日のことを……。己の才能を過信して修業をサボっていた当時のあんたと厳しい修業に耐えてきた俺とじゃ実力に差が出て当たり前だろう」
それでも祥雲からすれば薄氷の勝利。決して楽なものではなかった。
特に才能といった意味で橘花は天賦の才を秘めており、それは叢雲家の歴史においても歴代最強と噂されるほどだった。
そんな橘花が真面目に修業を始めれば祥雲との差などすぐに埋まる。
事実、二年という修業期間を経て再戦を夢見た橘花は祥雲を見てひどく落胆した。
橘花は祥雲が弱くなったと錯覚したが実際は橘花が強くなっただけであり、その差はお互い戦うまでもなく感じ取れるほど大きな差となっていた。
その事で戦意喪失した橘花は一度は祥雲との再戦を諦めようと思ったものの、かつて受けた敗北の傷は祥雲を打ち破ることでしか癒えないと悟り、やがては橘花自身気付かぬうちに祥雲に対してストーカー染みた執着を見せるようになった。
祥雲は気付いていなかったが橘花は常に祥雲を影ながら監視しており、私生活では祥雲の家が見える高級マンションに移り住み、かつての妖魔戦争においては祥雲にとって都合の悪い存在を陰で葬ったりと暗躍を重ねていた。
それらすべては祥雲との決着の為。橘花にそれ以外の興味などありはしなかった。
「まさかこのタイミングで仕掛けてくるとはな……」
「貴様は私の獲物だ。ここで刈らせてもらうぞ」
「お待ちください」
「邪魔立てするのならば殺す」
「九字護身同士の戦いは重大な協定違反です。これ以上続けるというのならば妖魔局の名においてあなたを逮捕します」
「辻桐、少し黙ってろ」
「ですが!」
「これ以上喋るとお前マジであの女に殺されるぞ。いいから下がってろ」
橘花は誰が見てもそうだとわかる異常性を秘めた破綻者だった。
当然ながら妖魔局でもたびたび問題視されてきたが、橘花の身分は九字護身。
日本の霊能者の権威たる九字護身を相手に行動を起こせる者など存在しなかった。
「ヒトキリと戦いたければ私を倒して進むしかないぞ」
「チッ、なんでもお見通しってわけかい」
「この瞬間を待っていた。私を負かせたあの時のように私を楽しませてくれ」
「やるしかねぇーのか……」
祥雲にとっては珍しく勝算の低い相手。
できれば戦わずに済ませたかったが状況はそれを許さなかった。




