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仲直り

 激化する妖魔との戦いでいくつもの拠点が陥落した。

 耳を塞ぎたくなる凶報ばかりが溢れる中で届いた一筋の光。

 それは祥雲達が新たに拠点にしている十六区の政府関係施設〝妖魔局〟に赴いた辻桐が手土産とばかりに持ち帰ってきた話だった。

 「オチムシャが討たれたか。誰の手柄だ?」

 「九字護身の焔烈様が討ち取ったとのことです」

 「すると敵討ちを果たしたというわけだな。瑠璃はこのことを……?」

 「さきほど布告されたばかりなのでまだ知らないかと」

 「だったらサプライズパーティーだ。今夜は豪勢な料理を作ってくれ」

 「特別手当がもらえるなら喜んで」

 「フン、仕事熱心なこった」

 辻桐が夕食の買い出しに出掛けたことで家にいるのは祥雲ただ一人。

 十二区での死闘から今日で一週間。

 琴音は師匠である祥雲に逆らったという負い目からか無視とまではいかないまでも必要最低限以上の会話をしようとはせず瑠璃との修業に没頭していた。それは正式な師匠である祥雲にとって面白くはなかったが、理由はどうであれ力で弟子を屈服させてしまったという自責の念に苛まれていた祥雲は琴音との関係を修復させることができずに悶々とした日々を過ごしていた。

 「はぁ……、何やってんだ俺」

 琴音との和解を望む一方で師匠であるというプライドから頭を下げられずに数日。

 祥雲は頭を抱えたくなるほど自己嫌悪に陥っていた。

 「ただいま」

 「おっ、今日は早いな。もう修業は終わったのか?」

 いつもより早めに帰ってきた瑠璃と琴音。

 琴音は相も変わらず余所余所しい態度で祥雲とは目も合わせようとしない。

 「それよりも辻桐はどこにいる? 町でとんでもない情報を耳にしたからその真偽を確かめようと思ってな」

 「お前の兄がオチムシャを討ち取ったという話なら事実らしいぞ」

 「そうか。やってくれたか兄上……」

 肩の荷が降りたと壁にもたれかかる瑠璃。

 その表情は普段のポーカーフェイスが嘘だと思えるぐらい和らいでいた。

 「で、お前はこれからどうするつもりだ?」

 「どうするとは?」

 「東と西に別れる必要がなくなった今、お前は兄貴と合流するのか?」

 「ふむ……」

 本来ならば瑠璃は祥雲とは正反対である西を主戦場にしている焔家の人間。

 祥雲の質問は今後の瑠璃の動向を確かめるものだった。

 「乗り掛かった船だ。このままお前達と行動を共にしようと思う」

 「いいのか?」

 「むしろ私がそんな事を言ったら君は激怒すべきだろう」

 「ん……? なんで?」

 「私がオチムシャ討伐の邪魔をしたのを忘れたか?」

 「ああ、そう言えばそんなこともあったな」

 「軽いな。もっと根に持ってるものだと思っていたが」

 「済んだ話だ。今さら蒸し返しても仕方ないだろう」

 「大物なのか何も考えていないだけなのか……読めない男だな」

 「ポーカーフェイスのお前にだけは言われたくないがな」

 互いにジャブを打ち合う祥雲と瑠璃。

 軽口を叩きあうその姿は当初のわだかまりを一切感じさせないものだった。

 「私なりに考えた償いだが死国戦で私が倒した妖魔の賞金はすべて祥雲の口座に入金されるよう手配しておいた。それで妨害の件はチャラにして欲しい」

 「おいおい、そんな話辻桐から聞いてないぞ」

 「当然だ。私が黙っているように言ったのだからな」

 前もって言えば祥雲は必ず拒否しただろう。だからこそ瑠璃は黙っていた。

 十二区での戦闘を始め、敵が最も集中する場所で苛烈に戦い続けた瑠璃の獲得賞金額は観測手である辻桐ですら正確に把握できていない。なぜなら辻桐は祥雲の専属として契約した観測手だからだ。

 祥雲が琴音や瑠璃を従えた〝部隊〟を作った以上、辻桐は可能な限り他のメンバーの妖魔討伐実績も把握する必要があったが、その中心はあくまで主契約者たる祥雲。

 瑠璃が別働隊として行動している間は討伐実績など把握できるわけがなく、瑠璃の獲得賞金額の勘定は死国全域における妖魔の出現と退治を正確に把握できる地図型の特殊霊具を有する第一区の妖魔局本部に委ねられていた。

 「まあ、今日はどっちにしても早くに帰る予定ではあったのだ」

 「と、言うと?」

 「君達二人の件だ。差し出がましいとは思ったが、お互いに何か言うべきことがあるんじゃないかと思ってな」

 人の心の機微に疎いはずの瑠璃が言い放ったその一言。

 それは確信を突いており二人はギョッと固まった。

 「それは……」

 「その……」

 師弟は似るらしく咄嗟に口にしたのは相手を窺う言葉。

 瑠璃はそんな二人に対して後は自分達で解決しろとばかりに腕を組み静観する。

 「えぇーと……その……」

 まるで発表会に不慣れな発表者のように緊張で胸が高鳴る祥雲。

 言いたい事は決まっているはずなのに本人を前にするとうまく言葉にできない煩わしさ。それは焦れば焦るほど空回りするかのようだった。

 

 「ごめんなさい」


 ばつが悪そうに先にその言葉を発したのは琴音。

 祥雲はそんな琴音を見てハッと我に返った。

 「俺の方こそ悪かった。お前の考えを無視して一方的に自分の考えを押し付けるような真似をして……これじゃ師匠失格だよな。本当にすまん」

 「すべては頭に血が上って感情的になった私に非があります。祥雲が止めてくれなければ私は死んでいたでしょう。にもかかわらず、不貞腐れて祥雲と距離をとって気付けば気まずい関係になって……私の方こそ弟子失格です」

 堰を切ったようにお互い非を認め謝罪する祥雲と琴音。

 双方ともすでに自分の中では答えは出ており、後はそれを相手に伝えるだけだった。

 「言っとくが、俺は琴音を破門にしようとなんて一度も考えたことがないぞ」

 「それを言うなら私も祥雲が師匠失格だなんて思った事がありませんよ」

 「馬鹿だな……俺達」

 「お互い少し不器用でしたね」

 切っ掛けさえあれば一瞬。それは本当に些細なことだった。

 どちらかが僅かな勇気を振り絞ればすぐに解決しただろう。

 お互いが相手を見つめ――ようやくその事に気付いた。

 「はははははははっ」

 師弟は似るらしく笑い出すタイミングまで同じ。

 悶々とかかるモヤは綺麗サッパリなくなり心の中はようやく快晴を取り戻した。

 「本格的に瑠璃の弟子になるなんて言い出したらどうしようかと思ったぜ」

 「私は別にそれでかまわないが?」

 「てめえ瑠璃!」

 「はは、冗談だ。君達は心底お似合いの夫婦……ではなくて師弟だと思うよ」

 本心を言えば祥雲よりも先に自分が出会いたかった。

 そう思えるほどに琴音の心に祥雲がいた。

 瑠璃はそのことに羨望とも嫉妬とも言える複雑な感情を仄かに抱いていたが、二人の幸せそうな表情を見ているうちにそんなことはどうでもよくなった。

 「私の心は祥雲一筋ですから安心して下さい」

 純粋無垢な琴音の笑顔に祥雲の心は高鳴る。

 「おう……」

 今までに誰かの為に戦おうと思った事などなかったが今は違う。

 祥雲はいつになくやる気に燃え琴音の願いを成就させるとその心に誓った。

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