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最強の術者

 「くそが……」

 いつになく険しい表情をのぞかせた祥雲は眼前に光景に舌打ちする。

 絶え間なく届く悲鳴と断末魔。

 祥雲の奮闘も虚しく町は妖魔の大群によって蹂躙されていた。

 「これ以上はもう……」

 「まだだ! ここで退けばさらに大勢の人が死ぬことになる」

 それは今から一時間ほど前――。

 なんの前触れもなく突如として十二区上空に現れた巨大なブラックホール状の渦。

 俗に巣穴と呼ばれるその現象は瞬く間に大量の妖魔を渦の中から召喚し、奇襲という最悪な形をもって十二区にいるすべての人間に牙を剥いた。

 人で賑わうメインストリートを中心に轟く阿鼻叫喚の地獄絵図。

 その一部始終を目撃した者は運命というものを呪わずにはいられなかった。

 「先程から瑠璃さんの姿が見えません!」

 「奴は広場の中心部で戦っている」

 「なっ、そんなの無茶です! すぐに応援に……」

 「却って足手まといになる。瑠璃は一対多数の戦いで真価を発揮するタイプだから奴の縄張りに足を踏み入れないようにだけ気を配ればいい」

 「ですが……」

 「遊びじゃねぇーんだ! うだうだ言ってると死ぬぞ!」

 「くっ……」

 すでに佳境を迎えつつある戦場。応戦する術者の数は激減していた。

 大局的にみれば誰もがわかる負け戦。

 十二区にいる術者のレベルは決して低くはなかったが、妖魔の奇襲で多くが為す術もなく殺され、辛うじて生き延びた者もうまく連携を取ることができずに各個撃破されるという散々な有様だった。

 「辻桐! 状況はどうなってる!?」

 「北側のルートで大規模な脱出作戦を展開させつつあるようです。それまで応戦できる術者は可能な限り妖魔の目を引き付けて欲しいとのことです!」

 「それなら区長に伝えといてくれ。ボーナスはたっぷり弾んでくれとな」

 軽口でも叩かないとやってられないほどの戦局。

 可能ならばすぐにでも脱出したかったが状況がそれを許さなかった。

 「新手か……今日は書き入れ時だな。正面から転がってきてる奴はおそらく甲級だ」

 「あの丸まったダンゴ虫みたいな妖魔のことですか?」

 「ああ、そうだ。辻桐、あれはいくらぐらいだ?」

 「ぱっと見、一千万は固いですね」

 縦横無尽に建物に風穴を開けて回る妖魔は闘牛のように突っ込んできた。

 遠くからでもわかる地面を抉るほどの回転力。

 それは相当の破壊力を秘めていたが琴音は冷静だった。

 「斬り捨てます」

 「しくじれば死ぬぞ」

 「その予定はありませんのでご心配なく」

 手にする二雪をゆっくりと鞘に納めて抜刀術の構えをとる琴音。

 祥雲が直にそれを見るのはこれで二度目。

 今の琴音は祥雲に初めて抜刀術を見せた時の三倍は強くなっていた。

 

 「――――――――ッ!!」


 瞬き一つ許されない刹那の間に行われた交差。

 包丁を振り下ろされたトマトのように綺麗に真っ二つに分かれた球体は勢いよく左右の民家に大きな風穴を開けて完全に完全に沈黙する。

 「へえ~……やるねえ」

 「祥雲と比べれば今の妖魔なんて速いうちに入りません」

 「まっ、この程度の妖魔に苦戦するようではヒトキリの相手は難しいわな」

 「ですよね~……」

 「それはそうとお前は直実に強くなってきている。自信を持て。一千万の妖魔を瞬殺なんて並の霊能者じゃできない芸当だ」

 「一千万……それって日本円ですよね?」

 「信じられないなら妖魔戦争が終わった後に自分の銀行口座を確認してみろ。ちゃんと振り込まれているはずだ。それも非課税でな」

 原則として妖魔戦争の報酬は歩合制。琴音は今を生きることに精一杯で気付いていなかったが、トータルの獲得賞金額はすでに二千万近くになっていた。

 「……って、そんなことを言ってる場合じゃなかったか」

 「えっ?」

 「どうやら周辺の味方が全滅したらしい。妖魔の群れがこちらに向かってきてる」

 「そんな……」

 「今ここで逃げ出したいのは山々なんだが、俺達が囮を放棄しちまったら数百人単位で人が死ぬことになるな……」

 あちらを立てればこちらが立たず。なんとも歯痒い状況。

 いかに祥雲や瑠璃が一騎当千の強者であっても多勢に無勢は否めず、現状を維持するということ即ち死に直結していた。

 「とは言っても、さすがに引き際か……」

 九字護身であっても所詮は人間。どうにもならないことは存在する。

 大勢の人間を守る為に孤軍奮闘して命を散らしたとなれば後に美談として英雄に奉られるだろうが、個人主義者である祥雲にそういった気概はなかった。

 「瑠璃と合流して撤退するぞ。ここはもう維持できない」

 「でも、そうすると大勢の人が……」

 「俺達は神じゃない。すべてを救おうなどと考えるな」

 「ですが……」

 「いい加減気付け! 俺達は漫画の主人公じゃないんだよ!」

 戦場で青臭い理想論は一切通用しない。

 琴音は祥雲の言葉にムッとした表情を浮かべたが、祥雲とてその選択は苦渋の決断。

 双方分かり合えないうちに時間だけがいたずらに過ぎていった。

 「でしたら私は残ります。祥雲は瑠璃さんを連れて撤退して下さい」

 「なんだと?」

 「祥雲の判断が間違っているとは思いません。ですが私は他人を見捨ててまで生き残りたいとは思いません」

 「なにを馬鹿げたことを……。いい加減にしろ」

 「私は本気です」

 「ああ、そうかよ。これ以上の問答は無用なようだな」

 威圧的な霊気。そして感じる悪寒。

 それは決して覆ることないであろう力の差。

 普段の祥雲とは明らかに異なる雰囲気を前に琴音の体は呑まれるように硬直した。

 祥雲は一気に距離を詰めると琴音の耳元で囁くように言った。

 「許せ……」

 首に加えられたこの上ない一撃。

 信じられないとばかりに目を丸くした琴音の意識は瞬く間に遠のいた。

 「馬鹿弟子を担いでの逃避行か。追撃はお手柔らかに頼みたいもんだな」

 「祥雲! これ以上はさすがに……」

 「おう、いいところにきた。ちょうど今から逃げを決めようと思ってたところだ」

 「琴音……」

 「別に死んじゃいねぇーよ。聞き分けが悪いから大人しくさせただけだ」

 「経緯が気になるが今はそれ所じゃないな。殿(しんがり)は引き受けよう」

 「すまんが頼む」

 最後の仕事とばかりにパキッと首の骨を鳴らす瑠璃。

 息つく間もなく双眸はすでに無数の妖魔の姿を捉えていた。

 ――が、次の瞬間。


 「グギャアアアアアア!?」


 妖魔を一掃する光線。無数の妖魔の気配が一瞬で消え失せた。

 「祥雲、今のはもしや……」

 「どうやら下手に動かんほうがいいらしい」

 「ではやはり……」

 ものの数分で完全に沈黙した妖魔の気配。それはまさに天災に匹敵するぐらい抗う余地のないもので町を蹂躙した妖魔は圧倒的な力によって逆に蹂躙された。

 「もはや虐殺だな……」

 呆れるようにそう漏らす祥雲。そして訪れた不気味なほどの静寂。

そんな祥雲の前にゆったりと姿を現したのは一人の人物。

 背後には二匹の鬼が付き従っていた。

 「あなたほどの大物がわざわざ最前線にお出ましとは」

 「九字護身の当主ともあろう者がこの程度の妖魔に苦戦してくれるな」

 「お言葉ですが、俺は大したことありませんよ」

 「ふん、二条の乳飲み子が一丁前にほざきよるわ」

 修験者の恰好をした気難しそうな老人はいじわるそうに言った。

 ――(えんの)小角(おづぬ)

九字護身の筆頭にして〝兵〟の字を受け持つ齢五百歳以上の生きる伝説。

 古今東西ありとあらゆる術式を使いこなし、中でも〝輪廻転生〟という極めて特異な能力を持つ小角は肉体が死んでも前世の記憶や経験、そして力を完全に受け継いだ状態で転生できる唯一の人間であり、人智を超えたその存在は一部で神格化していた。


 加えて小角が使役する二匹鬼――その名を〝前鬼〟と〝後鬼〟。


 陰陽師などに多い〝使役型〟に属する術式の中でも最強と謳われる小角の鬼達は個々が九字護身と同等かそれ以上の戦闘能力を秘めており、その戦闘力は肉体強化型の術式を極めし祥雲をして絶対に戦いたくない言わしめるほどだった。

 『祥雲様、お元気そうでなによりです』

 丁寧な口調で祥雲に話し掛けてきたのは二匹の鬼の中でも小柄な方の鬼。

 青肌と頭部に二本の角が生えている点を除けば絶世の美女と形容できる後鬼は温和で思慮深く人間に好意的な考えを持つ鬼だった。

 『おい、爺。もっと骨のあるヤツはいないのか?』

 「口の利き方に気をつけろ」

 『なんならお前を殺してやろうか?』

 「やれるものならやってみろ。また封印されたいのか?」

 後鬼とは対照的に赤い肌とユニコーンのような一角を持つ前鬼は筋肉隆々のアスリートのような巨躯でそのイメージに違わぬ粗暴な性格をしており、形の上では小角に使役されていても後鬼とは違って人間を虫ケラのように軽視する鬼だった。

 「もうよい。役目は終わった。消えろ前鬼」

 小角の右手中指につけられた鬼を模した指輪が光ると同時に燐光に包まれ霧散する前鬼。

 戦いが一段落した以上、戦闘専門の前鬼を召喚しておくことに意味はなかった。

 「後鬼、奴らの傷を癒やしてやれ」

 「仰せのままに」

 後鬼を中心に広がる円形の治癒空間。

 祥雲達の傷は見る見るうちに癒え、疲労感はまるで嘘のように消えた。

 「小僧。あとは自力でどうにかできるな?」

 「ありがとうございます。役さんはこれからどうするおつもりで?」

 「…………」

 祥雲の問い掛けを無視してそのままどこかへと去っていく小角。

 それからしばらくして琴音は目を覚ました。


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