焔家の妹
道中には首が刎ねられたいくつもの躯。凄惨極まるその光景に思わず目を背ける琴音たったが、その心には初めて妖魔を手に掛けた時ほどの乱れはなかった。
「これが戦場というものだ。あまり感傷的になるなよ」
「わかってますよ。もちろん……」
歯切れ悪くそう返す琴音。頭の中では戦場で人の遺骸と出会うことは別におかしな事ではないとわかってはいても、心はそれに反してどんより暗い雨雲を発生させる。
「ギャアアアアアア!」
「ひいいいいい。化け物おおおおおお!」
足場の悪い原生林を進む中で聞こえてきた悲鳴。
祥雲はすぐさま後続の二人に止まるようハンドサインを送る。
「どうやら件の妖魔はこの先にいるらしい。できれば姿を確認したかったが下手に視線を送ろうものなら勘付かれるだろうから出会いは刺激的にいくぜ」
「了解しました」
「わかってると思うが、くれぐれも――……」
「油断するな、ですね?」
「わかってるならいい。では行くぞッ!」
祥雲を中心に三角形を描くような陣形で妖魔の前に飛び出す。
「あいつは……!!」
そこにいたのは無数の矢が突き刺さった朱色甲冑を身に纏う敗残兵さながらの首なし武者。人型とはいっても人とは一線を画する四本の腕。その内の一本はボールを抱えるようにして後生大事に自らの生首を抱えていた。
「オチムシャ!」
興奮した辻桐が件の妖魔の正体を口にする。
それはヒトキリと双璧を成すもう一匹の妖魔だった。
『コッチヲ向ケ……』
苦しそうな声で話かけてきた生首。
琴音と辻桐は反射的に生首を注視する。
「奴と目を合わせるな!」
オチムシャの能力に気付いた祥雲が瞬時にそう叫ぶもそれと時を同じくして閉じられた目を開く生首。
生首と視線を合わせてしまった琴音と辻桐の体に異変が起こる。
「なっ……」
「身体が動かないッ!」
指先一つ満足に動かすことができないほど強力な金縛り。
そして眼前には悪名高き妖魔。
悪条件が揃ったことで二人は瞬く間に恐慌状態に陥った。
「チッ……言ってるそばから油断しやがって!」
琴音と辻桐の体たらくにそう吐き捨てた祥雲はすぐに頭を切り替える。
浮き彫りになったのは実戦経験の差。
祥雲がいなければこの時点で琴音と辻桐は為す術もなく殺されていただろう。
戦場において命などというものはそれほどまでに容易く失われるものだった。
「目を合わせた相手を動けなくする能力か。残念だが俺には通じなかったな」
戦った者はほぼ死亡。生き残った九字護身でさえも病院の集中治療室送り。
オチムシャは詳細不明の妖魔だったが、ネタさえわかってしまえば祥雲にとってそれほど恐ろしい相手ではなかった。
「んじゃ、次はこっちの番だな」
地面を蹴ってからの速攻。オチムシャはすぐに身構えた。
生首を抱える腕以外には刀、槍、斧――。
異なる三つの武器を用いて正面から祥雲を迎え撃つ。
「おせえ!」
祥雲の手刀で宙を舞う二本の腕。
再生の兆しはすぐに見られたが、祥雲はその隙を見逃さなかった。
――生首を潰す。
祥雲はそれこそがオチムシャの弱点だと確信していた。
「これで!」
瞬き一つ許されない刹那の攻防戦。三つ目の腕を切断した祥雲はトドメとばかりに拳に霊力を込める。あとは生首にこの一撃を叩き込むだけ。それで多くの霊能者を屠った妖魔の一匹を始末できる。
勝敗としてはすでに見えていたが、祥雲は最後まで油断しなかった。
「――――――――ッ!?」
故に一瞬は何が起こったのかわからなかった。
足元から熱風が生じた直後に祥雲とオチムシャを遮るように突如発生した火柱。
想定外ではあったが目の端でそれを捉えた祥雲は反射的に後ろに跳ぶと何があったのかを理解し怒りを露わにした。
「ふざけるなよ……焔ぁ!」
――オチムシャを取り逃がした。
祥雲は明後日の方角にある木陰に向かって吼えた。
琴音や辻桐にとっては理解不能な行動に思えたが、観念したのか木陰から一人の人物が姿を現す。
「君の怒りはもっともだ。だがオチムシャは我ら焔家が討ち取る」
とくに悪びれる様子もなくそう言い切ったのは特徴的な焔家の銀髪をポニーテイルで纏めたすらっとした高身長の女。
「俺の邪魔をしたのは瑠璃、てめえか!」
その正体は兄であり焔家当主である烈に比肩するとまで言われた才女。
――名を焔瑠璃。
かつて練習試合においては祥雲と引き分けるほどの手練れだった。
「お前の所為でオチムシャを狩り損ねた。この落とし前はどうつけてくれる?」
「それはどうだかな。あのまま続けていて君が倒せたという保証はあるのか?」
「何だと……?」
「単に事実を言っただけだ。なにか問題でも?」
徹底抗戦とばかりに祥雲を煽るような言動を繰り返す瑠璃。
さすがの祥雲も怒りに震えて口を噤んだ。
「と、まあ、屁理屈はこのぐらいにしておこう。これ以上やると殺されそうだ」
「よくわかってるじゃねぇーか」
「そう殺気立つな。君と戦うつもりはない」
「ふざけたことを抜かすな。お前ら焔がオチムシャにこだわる理由は知ってるが、だからといってさっきの妨害はあり得ない。次の九字護身の会合で吊し上げてやるからな」
「兄上の立場が悪くなるというのならばそれは困る」
「知ったことか。この責任は焔家の当主たるお前の兄にとってもらう」
「私にできることならなんでもするからそれだけは許してほしい」
「くどい。俺に殺されたくなければさっさと失せろ」
「兄上の足を引っ張るぐらいなら殺された方がマシだ」
兄と並ぶ才能を持ちながら焔家の当主がすんなり兄に決まった理由。
それは世界の中心が兄であるという瑠璃の重度のブラコン属性が招いた結果に他ならず、瑠璃にとって兄に迷惑をかけるということは是が非でも避けたいことだった。
「そこまで言うのならお前が責任をとれ。俺が納得できる内容であれば今回の件は不問にしてやってもいい」
「それはつまり……祥雲は私にエロい事を要求しているのか?」
「殺すぞ。マジで」
「いや、別にふざけてるつもりはないのだが……」
人の感情の機微を読むことを苦手とし内向的なその性格から友達がいない瑠璃にとって祥雲の提案は無理難題だった。
仮に具体的な提案だったならば可能な限りは遂行しただろう。
しかし、祥雲の提案はあまりにも抽象的。
社会的地位はもとより金銭的にも実績的にも祥雲に勝る要素がない瑠璃が祥雲にしてあげられること。それは女の特性を活かすことだったが、結果として祥雲の怒りにガソリンを注ぐ羽目になっただけだと知り瑠璃は追い詰められた。
「すまないがもう一度チャンスをくれ」
「断る。次の会合を楽しみにしておけよ」
「……ならば仕方がない。記憶を失ってもらうしかないな」
祥雲の前に立ち塞がり熱気を帯びた霊気を纏う瑠璃。
その目は必要ならば致し方ないと覚悟を決めた者の目をしていた。
まともに戦えば互角――仮に勝ったとしても五体満足ではまず済まない。
さすがの祥雲も瑠璃と一戦交えるのには少なからず躊躇した。
「待って下さい。もっと平和的な解決をすべきです」
「なんだ君は?」
「申し遅れました。私は緑園寺琴音といいます」
「祥雲の女か?」
「いえ、そうゆうわけでは……」
「すると情婦か?」
「違いますよッ!」
思ったことをストレートに口走る瑠璃の性分。
瑠璃は無自覚だったが、それが周囲から敬遠される理由の一つでもあった。
「そいつは俺の弟子だ」
「だとしたら力不足だ。足でまといになるだけなのになぜ四国戦に連れてきた?」
「お前には関係ない」
「つれないな」
九字護身のツレとしては明らかに実力不足。
合理的思考回路の持ち主である瑠璃にとって祥雲が琴音を連れているのはあまりにも非合理的で疑問を感じずにはいられなかった。
「……家族が殺されたからです」
「――――ッ」
「わざわざお前の事情を話してやる必要はない」
「いいんです。この人には話したいんです」
珍しく祥雲に逆らった琴音は瑠璃に自分の境遇を語り始めた。
家族が殺されたこと。祥雲に恩があること。自分の手で家族の仇を討ちたいこと。
裸体を隅々まで見せるように琴音は包み隠さず事情を瑠璃に打ち明けた。
「……すまなかった。前言を撤回させてくれ」
「いえ、瑠璃さんが言ってることは事実ですし」
「我ら焔家も君と同じ境遇で妖魔戦争に臨んでいる。ゆえに私は一人の術者として君の心構えに敬意を表する」
「敬意だなんてそんな……すべて祥雲さんのおかげです」
「君はこの男を尊敬しているのだな」
「もちろんです。祥雲さんがいなければ今の私はいませんから」
気恥ずかしくなるようなことを平然と口にする琴音。
そんな琴音を見る瑠璃の表情はいつになく友好的で普段のぶっきらぼうな物言いはすっかりナリを潜めていた。
「祥雲、一つ提案があるんだがいいか?」
「なんだ?」
「私も君の部隊に入れてもらえないだろうか?」
「えっ、やだよ」
「祥雲さん! ここはどうか私からもお願いします!」
「お前ね……」
「戦闘では役に立てると思う。もしも足を引っ張ることになったらその時は見捨ててもらってかまわない」
「瑠璃さんはいい人です。ですからどうか!」
「必要なら雑用でも夜伽でもなんでもするぞ」
すっかり意気投合した琴音と瑠璃は押し寄せるように祥雲に詰め寄る。
拝むように懇願する琴音は捨て猫を家で飼いたいと親に頼み込む子供のように純粋で必死だった。
「だ~~~~~もう、わかったよ」
「本当ですか!」
「ただし俺の指示に従うことが絶対条件だ」
「ありがとう恩に着る」
珍しくポーカーフェイスを崩して嬉しそうな顔をする瑠璃。
波長が合うのか二人は無二の親友のように抱き合って喜んだ。
「そーいえばいつもは兄貴と一緒だろ。今どこで何をしている?」
「兄上の意向でな。別れてオチムシャを探している」
「なるほどね……」
たとえ他の霊能者を妨害してでもオチムシャを倒したいという執念。
それは形として歪んでいたが、同時に何がなんでも身内の仇を討ちたいという深い家族愛を感じさせる一途なものでもあった。




