未確認の妖魔
死国入りして三日目。祥雲達は活動拠点を船が到着した十九区から最前線の十二区へと移し、休むことなく妖魔との戦いを始めていた。
『ギャアアアアアァァアアッ!』
首を捩じ切られ黒い瘴気を噴出して消え失せる妖魔。
ウォーミングアップとばかりに祥雲は腕を回して言った。
「これで三十匹は狩ったか」
「正確には二十八体です」
「いちいち細かいな」
「仕事ですから」
祥雲の背後には観測手の辻桐。
琴音はそんな二人のやり取りをじっと見ていた。
「で、どうだった? 異世界の妖魔を相手にした感想は」
「あまり手応えは感じなかったです」
「まあ、そうだろうな。〝丙級〟相手に苦戦しているようじゃ先が思いやられる」
「ヘイキュウ……?」
「最下級の妖魔を妖魔戦争では丙級という。まあ一言でいえば雑魚だ。んでもってそこそこ強い妖魔は〝乙級〟。ボスクラスになると〝甲級〟って具合に階級分けされる」
具体性の乏しい感覚任せのアバウトな説明。
当然ながら琴音は漠然としかその意味を捉えることができなかった。
「妖力値を中心に特殊能力などを加味した包括的なデータから算出した賞金額が九万円以下に設定されている妖魔が丙級です。乙級は十万円以上で百万円以下の妖魔。それ以上はすべて甲級妖魔という分類になります。ちなみに観測手は概算ではありますが目視で妖魔の賞金額を算出する訓練を受けてますので気になる妖魔がいれば言ってください」
祥雲をフォローするように具体的な分別を述べる辻桐。
琴音は辻桐の説明を受けてようやく妖魔の階級についてを理解した。
「大まかな基準なので同じ等級の妖魔であってもその強さにはバラつきがあります。中でも甲級妖魔の強さの幅は広く、下は並の術者が数人いれば討伐可能ですが上は日本が誇る最強の霊能者集団である九字護身と同程度の強さだと言われています」
並の術者ではヒトキリの相手は務まらないと言わんばかりに眼鏡を光らす辻桐。
琴音は釘を刺された気分でその話を聞いていた。
『――……誰か――……』
かすかに聞こえた雑音混じる声。
それにいち早く反応したのは辻桐だった。
「これは緊急通信……」
「出ていいぞ。なんなら俺達は席を外そうか?」
「いえ、その必要はありません。失礼します」
辻桐が内ポケット取り出したのは〝伝〟という字が書かれた薄らと青白く光る霊符。
それは携帯電話などの通信機器が圏外であるこの世界において携帯電話と同様の役割を果たす霊具であり観測手を始めとした一部の者だけが持つことを許された代物だった。
「こちらは第十二区の辻桐。どうされましたか?」
『強力な妖魔の攻撃受けて……至急……応援を……』
「場所は!? 敵の詳細を!」
『…………ッ』
途中で途切れたらしく霊符から光が消えた。その後は辻桐の方から何度呼び掛けようとも霊符に応答はなく、緊急信号を出した観測手が不幸な末路に迎えたと考えるが自然だった。
「もしかしたらヒトキリ……」
ボソッと呟くように怨敵の名を口にする琴音。
その眼光は臨戦態勢とばかりに鋭く研ぎ澄まされていた。
「待ってください。だとしたら危険過ぎます。ここは増援を――……」
「そりゃこっちの都合だろう。敵は待ってくれんぜ」
「ですが……」
「ヤバくなったら逃げを打てばいい。幸い十二区の結界の近場だ」
様子見としてはこの上ない好条件。
いくら辻桐が反対したところで答えなどというものはすでに出ていた。
「んじゃまっ、敵の正体を突き止めにいこうか」
「そうは言っても肝心の場所が分かりませんよ」
「ここからだとちょっと距離があるが、でかい気配が一つ。要はそいつのところに行けばいいんだろ?」
「さすがは九字護身……」
訓練を受けた霊能者が有する気配を読む力。〝気読力〟。
レーダーの設計思想の原点ともなったその能力は使い手によって距離や精度にバラつきがあり、トップクラスの霊能者である祥雲の気読力は琴音や辻桐と比べて格段に優れていた。
「おそらく違うだろうな」
「えっ?」
「気配からして強力な妖魔であることには違いはないが、ヒトキリの気配にしては少し違和感がある。オチムシャの可能性もあるが実物を見たことがないからなんとも言えん。もしかしたら異世界(あっち側)からやってきた未確認の妖魔の可能性もあるからくれぐれも油断はするなよ」
「承知しました」
「狩れたら狩るつもりでやる。辻桐と琴音は俺のサポートに回れ」
リーダーである祥雲の言葉に頷く琴音と辻桐。
ある程度の段取りが決まったところで三人は未確認の妖魔退治へと乗り出した。




