地獄の序章
船のデッキから薄らと見えるのは霞みがかかった島のシルエット。
表の世界では四国と呼ばれるその地も裏では人間と妖魔が覇権を巡って争う激戦区であり数多の霊能者がその命を散らしていた。
――命の灯が儚く消える感覚。
祥雲にとってそれは何度経験しようが決して慣れるものではなかった。
「風が強くなってきましたね」
険しい表情をして島を見据える祥雲に掛けられた声。
艶やかな長髪を靡かせた琴音がその身に纏うのは祥雲とお揃いのダンダラ羽織。
一般人が見れば新撰組の色違いだと見紛うであろうその羽織は緑と白という二色の組み合わせで出来ており、一説では新撰組のダンダラ羽織は二条家のダンダラ羽織を参考にしたものだと言われている。
「風が止めば世界が変わる。覚悟しておけ」
船が行き着く先は人の世界でなければ妖魔の世界でもない。
謂わばその中間にあたる狭間の世界。
古代の霊能者が作ったとされるその世界は妖魔が古の時代のように直接人の世に跋扈できないようにする防波堤の役割を果たしており、禊による空間の歪曲が発生する直前の現世を基に作られている。
一見すれば現世と同じに見える狭間の世界。その違いを強いて挙げるとすれば狭間の世界に生物は一切存在しないという点でありそれ以外の建物や物の配置、地形などは完璧と言っていいぐらいオリジナルに忠実だった。
「風が止みましたね」
「いよいよだな。……くるぞ!」
祥雲の言葉を起点に戦闘機が近くを通り抜けたかのような耳鳴り。
そして捻じれて歪曲する空間。
歪みそのものは目の錯覚を疑うぐらいすぐに解消されたが、琴音がふと見上げた太陽は昼を昼だと思わせない薄暗い闇を孕んだ光を放っていた。
「…………ッ」
直後に船を襲う大きな揺れ。バランスを崩した琴音は尻餅をついた。
琴音以外にもその船に乗り合わせた実戦処女達は軒並み不安や恐怖に表情を歪めており、大きな揺れが生じるたびに船全体から阿鼻叫喚の声が上がる。
「今のは洗礼だ。本当の地獄はここから始まる」
琴音の背筋を走り抜ける悪寒。
直感にそれは島の方からだとわかった。
「なっ……!?」
港にひしめく夥しい数の怪我人。
骨折した者。手足のない者。全身血まみれの者。そして呆けて虚空を見上げる者――。
具合を問わず戦闘不能という括りだけで一カ所に集められている状態。
それはさながら野戦病院のようだった。
「グズグズするな。上陸準備にかかれ」
茫然とする琴音の肩を叩き現実へと引き戻す祥雲。
この時点で乗船者の経験有無は素人目でもそうだと分かるぐらい明白なものとなっていた。




