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妖魔戦争前の調整

 琴音の修業を始めてから早三カ月――。

 季節は夏となり砂漠を彷彿とさせる炎天下は祥雲をへばらせるのに十分な役割を果たしていた。

 「妖魔退治の依頼……ですか?」

 「ああ、やってみないか?」

 年代物のクーラーの振動音が絶え間なく聞こえるリビングのソファーの上でだらしなく寝そべる祥雲は待望の新作ゲームに興じながら琴音の修業をさぼる口実とばかりに脈絡なくそう切り出した。

 「場所は町はずれにある封鎖されたトンネルだ。なんでも数年ほど前から心霊スポットとしてマニアの間では有名だったらしく、裏では妖魔の仕業とおぼしき死人が何体か見つかってるらしい。そういった経緯から討伐依頼がきたわけなんだが成功報酬は五十万」

 「五十万円……!?」

 「ケチな依頼だから断ろうと思ったんだが、修業の成果を試す場も必要だろうと思って返事は保留にしてあるわけなんだがどうする?」

 「是非ともやらせて下さい! 精一杯頑張ります!」

 使命感を滾らせた琴音は散歩直前の犬のようなテンションで祥雲迫る。

 見ているだけでも暑苦しい。夏バテで一歩も外に出たくない祥雲にとって琴音の情熱は距離を置きたくなるぐらい鬱陶しいものだった。

 「俺なら四時間でこの依頼を片付けて帰ってこれる。てなわけでお前の持ち時間は六時間でどうだ?」

 「わかりました!」

 目的地まで徒歩で約二時間の距離。四時間など行き帰りだけで終わってしまう。

 祥雲が設定した時間に妖魔を退治する時間が含まれていないのは祥雲が妖魔を瞬殺できるという前提で話しているからに他ならなかったが、真面目な琴音は祥雲の言葉を額面通りの意味として受け取った。

 「では、さっそく行って参ります」

 「わかってるとは思うが、くれぐれも無茶はするなよ」

 琴音を玄関まで見送ることもせずにリビングでゲームに没頭する祥雲。

 時間の経過は祥雲が思うよりもずっと早かった。


 「ただいま戻りました」


 その言葉が耳に入ってハッと我に返る祥雲。

 慌てて時計を見た祥雲の表情が瞬時に固まる。

 「……もう片付いたのか?」

 「はい。私一人でもやれました」

 驚いた祥雲は中断ボタンを押してゲーム機をテーブルの上に置いた。

 ――所要時間は二時間四十分。

 それは祥雲予想を大きく上回る結果だった。

 「よくやった。……っておいッ!?」

 ポタポタとフローリングの床に垂れ落ちる水滴。

 振り向いた祥雲の目に入ってきたのは全身汗だくの琴音だった。

 「そんな状態でうろつくんじゃねえ。今すぐシャワーを浴びてこい!」

 「ごめんなさい」

 「……ったく」

 床に散らばった琴音の汗をティッシュで拭きとりながら自然とニヤつく。

 最初こそゲームに没頭する目的だったものの、弟子の初陣が大成功に終わったのは師である祥雲にとって嬉しいものだった。


 「なにニヤついてんだよ。気持ち悪いな」


 そんな祥雲の気分を一瞬にして害する一言。

 聞き覚えの声からすぐにその人物を割り出した祥雲は煩わしそうに言った。

 「鉄山か。何の用だ?」

 「電話やメールしてもシカトするから直接来てやったぞ」

 「ああ、てっきりいたずら電話かと思ったが違うのか?」

 「お前な……」

 「その感じだとけっこう真面目な話か?」

 「お察しの通り超が付くぐらいまじめな話だ」

 祥雲がテーブルの上を簡単に片づけ椅子に腰かけると鉄山は向かい合うように座る。

 嫌な予感がする中で鉄山は改まるように二度咳払いをした。

 「九字護身からまた一人、脱落者が出た」

 「なんだと……!?」

 「北条さんがヒトキリとやりあって病院送りになった。なんとか撃退こそしたらしいが、けっこう派手にやられて死国戦への参加は難しいって話だ」

 それなりの凶報を覚悟していたが、それは祥雲にとって予想以上。

 九字護身〝者〟の当主北条(ほうじょう)尚継(なおつぐ)が倒れたという知らせ。

 因縁深い相手なだけに祥雲の表情は一気に険しくなった。

 「あの北条さんが……」

 「他にも実力者が何人もやられてる。お前が戦った時とは比べものにならないほどヒトキリは仕上がってやがるぜ」

 「だとすれば一対一でやるのはキツそうだな」

 「ああ、ヒトキリとの一騎打ちは禁止令が出るって話もあるぐらいだ」 

 「まさかそれほどまでに力をつけるとはな……」

 あの時仕留めていれば他の霊能者が犠牲にならずに済んだという自責の念。

 琴音を庇って敗れたこと自体に後悔はしていなかったが、それでも祥雲は後味の悪さを感じずにはいられなかった。

 「あっ……」

 シャワータイムを終えた琴音がリビングに戻ってきた。

 鉄山を見るまで来客者の存在に気が付かなかった琴音は咄嗟に隠れようとした。

 「おっす、琴音ちゃん」

 そう言われて軽く会釈する琴音。風呂上がりのラフな格好を鉄山に見られたということは妙に気恥ずかしく気配を絶つように台所へと消えた琴音は冷蔵庫から牛乳を取り出すとそれをグラスに注ぎ一気に飲み干した。

 そして少し冷静になったところで聞き耳を立てて隠れるようにして二人の様子を窺う。

 「それにしても面倒嫌いな二条が弟子をとるなんてな」

 「お前には関係ないだろう。ほっとけ」

 「やっぱりアレか。琴音ちゃん可愛いし光源氏計画とか考えてるわけ?」

 「お前と一緒にするな。そんなんだからハゲって言われるんだよ」

 「うるせえ。俺んとこは代々このヘアスタイルって相場が決まってるんだよ」

 「知るか。妖怪煩悩生臭坊主めが」

 「てめえ、どっかのアバズレみたいなこと言いやがって……」

 「そのアバズレというのはもしかしてアタシのこと?」

 「そうだよ! って、あれ……」

 鉄山が振り返るとカーテンの裏側から姿を現す千草。

 忍者だけあってその気配の消し方は業界でも随一。

 琴音はおろか同じ九字護身の祥雲や鉄山でさえも気付けなかった。

 「そこのハゲから事情はだいたい聞いたみたいね」

 「北条さんがやられた件だよな?」

 「うん。おかげで私の担当地区が絶賛増量される予定」

 「お前の担当地区ってどこだっけ?」

 「北西だけど北条さんが受け持つ予定だった北区の半分を引き継ぐように言われた」

 「そりゃ大変だな。せいぜい頑張れよ」

 「他人事だと思って……そうゆう祥雲はどうなのよ?」

 「俺は東だから鉄山か(えんの)の爺さんが倒れない限り俺の担当が増えることはない」

 「今回は持ち場が離れてるし前回みたいに共闘はできそうにないわね」

 「へっ、ざまぁーみろ。祥雲にちょっかい出せなくて残念だったな」

 「なにそれ喧嘩売ってんの?」

 「そう怒るなよ色ボケ忍者。興奮すると汗でご自慢の厚化粧が落ちるぞ」

 「はいはい。役の爺様はともかく鉄山は気をつけないとね~」

 「てめえ千草、それは俺が弱いって言いたいのか!?」

 「ご想像にお任せするわ~」

 大規模な〝禊〟限定で割り振られる九字護身の担当領域――。

 割り振られた以上は原則として各々の担当領域を中心に活動することが義務付けられ、行動にある程度の制約を受ける。それは〝陸の黒船〟とも形容される九字護身を組織的に運用しなければ苦しい戦いであることを暗に意味していた。

 「ところで二条はいつごろ死国入りするんだ?」

 「予定では二週間後ってとこだな」

 「すると一番稼げる時期か。初参加の琴音ちゃんにとっては災難だがな」

 祥雲が参戦すると決めたのは妖魔戦争が中盤に差し掛かるタイミング。

 一般的に妖魔との戦いが最も激化すると言われている時期だった。

 当然ながら大勢の人が死ぬ。普段ニュースなどで目にする「人が殺された」という情報がいかに些末なことなのかを思い知らされるほどに大勢の人間が戦死するのが妖魔戦争の常。

 参戦する以上は九字護身といえど決して他人事ではなかった。

 「まあ、なるようにしかならんだろ」

 祥雲の本音としては早々に死国入りして琴音を戦場に慣れさせておきたかったが、最終調整で琴音の甘さを完全に消し去るまでは迂闊に動けない。

 「ちなみに俺は五日後に死国入りする予定だ」

 「アタシは一週間後」

 祥雲や琴音だけでなく鉄山と千草もまた妖魔戦争の参戦者。

 誰もが己のコンディションを最高に仕上げてから戦争に臨もうとしていた。

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