実力
二条家から徒歩十分ほどの距離にある道場。
そこは個人が使用するにはあまりにも広く――浮世離れした独特の雰囲気は初めてそこに足を踏み入れる者に違和感を感じさせる。
「ここなら好きなだけ暴れてもらってかまわない。たとえ全壊するぐらい暴れてもすぐに復元される作りになってるからな」
形状記憶の結界。それが琴音の感じた違和感の正体だった。
たとえ核ミサイルの雨が降り注いだとしても数秒後には映像を巻き戻すように元の形状に戻るその技術はあまりにも高度過ぎたが故に使用者が極少数に留まり、今や技術としてはとっくの昔に失われて久しい代物だった。その希少性の高さから二条家の道場は全国で数点しか存在しない霊的重要文化財の一つに指定されており、売れば七代は遊んで暮らせると言われるほどの価値があったが祥雲を含め二条家の人間は誰一人として道場を手放そうとはしなかった。
その理由は単純明快、二条家の道場にはそれを上回るほどの価値があったからに他ならない。
「んじゃ、さっそく始めるとするか」
「よろしくお願いします!」
紺色の剣道着姿。琴音は手にする木刀を祥雲の喉元に向けた。
もっとも一般的な構え――中段構えだ。
祥雲は親指で人差し指の第二関節をパキッと鳴らすと確認する。
「しつこいようだが、わかってるよな?」
「言われた通り祥雲を殺すつもりでやります」
「もしも俺を心配する素振りなんて見せたらその時は容赦しねえからな」
祥雲が知りたいのは琴音の今現在の実力。
期間が三カ月と限られている以上、少しでも無駄を省く必要がある。
ゆえにこの一戦は今後を占う上で重要な意味があった。
「行きますッ!」
すり足から祥雲の脳天を狙う紫電一閃。
その俊敏な動きは当初の祥雲の予想を大きく上回るものだった。
「――――ッ」
「攻撃に躊躇があるかと思ったがどうやらそれは杞憂だったようだな。……だが軽い。なんで今の一撃に霊力を込めなかった?」
祥雲の目と鼻の先でぴたりと止まる木刀。それは断じて琴音の意思によるものではない。
かと言って祥雲が何かしたわけでもない。祥雲は瞬き一つせずにただ佇んでいただけだ。
――ではなぜ?
まるで金縛りにでもあったかのように木刀を見つめる琴音はようやくその答えに辿り着いた。
「まさか……」
「ようやく気付いたか。だから全力でやれと言ったんだ」
怒気を帯びた祥雲の眼光。
同じ人間とは思えない威圧感にあてられた琴音は本能的に木刀を引っ込め半歩ほど下がった。
「がっ……!?」
琴音の脇腹を鋭く抉る祥雲のミドルキック。それだけで琴音の身体はサッカーボールのように容易く吹っ飛び、道場の壁に叩きつけられた。
「くっ……」
混濁する意識。一瞬は気を失いかけた。
しかし琴音は食らいつくように起き上がると祥雲を睨んだ。
――圧倒的な力の差。
それは戦う前から分かりきっていたことだったが、琴音がむざむざと見せつけられたのは霊能者としての格の違いだった。
「俺が無意識に垂れ流してる霊力に防がれているようでは話にならない」
膨大な霊力を有する祥雲だからこそあり得る話。
琴音の攻撃は祥雲が無意識のうちに垂れ流している肌呼吸のような霊気によって防がれたというのが真相だった。
「今のお前が相手なら霊力なしでも楽に勝てる」
それが九字護身とその他の霊能者とのおおよその実力差。
天変地異が起こったとしても決して覆ることのない天才と凡人の格差。
それこそが九字護身が最強格の霊能者と言われる所以だった。
「私は……まだやれます」
それでもめげない。それが琴音の出した答えだった。
足元をふらつかせながらも琴音は再び祥雲の前に立つ。
たとえ殺されたとしても決して屈しないであろう覚悟を決めた者の目。
華奢な見た目とは裏腹に琴音の意志は祥雲が思うよりもずっと強靭だった。
「今日はこれで終わりにしよう」
「私なら平気です」
「本気で強くなりたいのなら無茶はするな」
「ですが……」
「師匠である俺の言葉は絶対だ。いいな?」
「……はい」
不服そうな琴音を一人残して道場から出ていく祥雲。
――悪くない。
あくまで思っていたよりかはマシという程度だがそれが祥雲の琴音に対する評価だった。




