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剛運

 「俺の部屋でボヤ騒ぎ!? コレクションが燃えているだと……!?」

 不意に訪れた凶報。鉄山の部屋には一般的にいうオタクグッズが山のように保管されていた。

 家族からは白い目で見られても鉄山にとっては大切な宝物。

 ショックのあまり放心状態となった鉄山の手からスマホがするりと抜け落ちた。

 「なぜ……」

 信じられないことだが現在進行形で起こっている。我に返った鉄山は目を血走らせ脱兎のごとく部屋から飛び出す。その際偶然ではあったがクッキーの入った箱に体の一部が接触し、中身を床にひっくり返すという偉業を成し遂げた。

 「あらあら、あわてん坊さんですねぇ~」

 やれやれと床に散らばったクッキーを拾い集める胡達。なんとも言えない気まずさが部屋全体を覆い尽くすと、その光景を見兼ねた祥雲が床に散らばったクッキー集めに協力する。

 そんな中で胡達は大き目のクッキーを手に掌に転がして凝視した。

 「なんか針金のようなものが入ってたみたいです」

 「胡達さん……」

 「ごめんなさい。でも誰も食べなくて良かった」

 失敗とばかりに舌を出す胡達。

 胡達が針金入りのクッキーを食さずに済んだ代償とばかりに降りかかったのは鉄山の部屋のボヤ騒ぎ。

 祥雲と千草は安堵の息を吐くと心の底から鉄山に感謝した。

 「胡達さん、あとで掃除機かけときますんでそのぐらいで……」

 「散らかしちゃってごめんなさいね」

 「いえいえ、お気になさらず」

 兎にも角にも胡達を帰したい。祥雲の表情は不自然なほどに引き攣っていた。

 「では元気な祥雲君を見れました事ですし、そろそろお暇しますね」

 「わざわざ来ていただいてありがとうございます」

 「大したことはできませんが困った時はいつでも頼って下さい」

 「はい。その時はよろしくお願いします」

 ホテルマンのように律儀に玄関先まで胡達を見送る祥雲。

 胡達はそれを好意的に受け取ったらしく満面の笑みで手を振りながら帰っていった。

 「……行ったか?」

 「みたいね……」

 胡達が視界から消えてから改めて安堵の息を吐く祥雲と千草。

 それはさながら地獄から生還した気分だった。

 「琴音、命が惜しければ絶対に関わるなよ」

 「それはどうゆう……」

 「あの人の家系は《剛運(ごううん)》といってな。本人の意思とは無関係に他人を不幸する。たとえば乗ってる飛行機が墜落したら胡達さんだけは必ず生き残るだろう。その代償として乗り合わせた他の乗客の命すべてを犠牲にしてな……」

 霊能者の中でも異質の血統。他者の運を吸い取る特異性質。

 周囲の人間からすれば、さながら〝疫病神〟や〝死神〟にしか思えないその能力を畏怖する者は実際のところ多く、九字護身とてそれは例外ではなかった。

 中でも胡達は歴代でもかなり強いといわれる剛運の持ち主。

 それは戦闘面で優れる他の九字護身とは明らかに一線を画する異質な強さだった。

 「それと間違っても胡達さんを邪険に扱おうとするなよ。俺が幼稚園ぐらいの時だったと思うが、胡達さんの剛運を危険視して人里離れた山奥に幽閉しようとした当時の九字護身の当主が非業の死を遂げている」

 具体的な因果関係などなくても状況から考えて他に疑いの余地がない。

 その当主が死んだのは九字護身の会合で胡達にとって〝不利益〟となることを主張した翌日。最後にその当主を目撃した者は「何かに憑りつかれたようだった」と証言している。

 ただ問題なのは胡達本人は自分の能力に無自覚だということだ。

 「剛運は未知の能力だからね~」

 「そうなんですか?」

 「もとは祈祷師だった名残か――他の霊能者の力を増幅させたり、妖魔の大群を蜘蛛の子を散らすかのように退散させたりと大福(だいふく)家はいろんな《奇跡》を起こせるの」

 妖魔が本能的に近付くことを避ける正真正銘退魔の血統。

 その性質を買われて妖魔戦争における大福家の配置は本陣だと相場が決まっている。

 いかに苦しい戦いであったとしても大福家当主が本陣に布陣して以来、本陣が陥落するような憂き目にあったことは今だかつてなくその守護神のような存在感は一部で神格化されるほどだった。

 「胡達さんってすごい人なんですね……」

 「すごい人で間違いはないんだろうけど、あの人は天然だから余計にタチが悪い。足元の蟻に気付かずに踏み潰すような感覚で今までに何人殺してきたと思う?」

 「えぇーと……」

 「千草、あまり琴音をビビらせるな。なにも胡達さんの悪口を言いに来たってわけじゃないんだろう」

 祥雲にとって胡達は話題に出したくないトラウマ的人物。

 しばしの間――千草の話に横槍を入れずに黙って聞いていた祥雲もそろそろブームは去ったとばかりに話題の変更を促した。

 「ああ、そうだった。ここからはけっこう大事な話。蘆屋のおっさんがやられた」

 「マジか……!?」

 「やられたって言っても単なる病院送りだから命に別状はないわよ。見舞いに行ったらノートパソコンでエロ動画見てたぐらいだし」

 「紛らわしい言い方しやがって。察するに相手はヒトキリか?」

 「惜しいけどハズレ。相手は〝オチムシャ〟よ」

 「噂の片割れか……」

 東のヒトキリと西のオチムシャ――。

 活動領域が異なる二体の妖魔は幾度となく比較されてきた。

 九字護身〝前〟の字を受け持つ蘆屋家当主――蘆屋(あしや)道真(どうま)が敗れたという凶報はヒトキリだけでなくオチムシャもまた九字護身に比肩する強力な妖魔であることを暗に示していた。

 「そーいえば、オチムシャと言えば……」

 「焔の兄さんが血眼になって探してる妖魔ね」

 「あの人が九字護身の会合を欠席してるとこなんて初めて見たぜ」

 「無理もないわよ。〝あんな事〟があったんだからね……」

 千草の言葉を最後にお通夜のような場の空気。それは今から三カ月ほど前に遡る。

 九字護身〝皆〟の焔家当主、(ほむら)(れつ)の不在に起こった惨事――。

 後にオチムシャと呼称される一匹の妖魔の襲来によって焔の本陣は陥落し、その時に犠牲になった焔の血族やその関係者の生首は石段にさらし首のように並べられた。

 今世紀最大の大事件。一時はその話題で持ちきりだった。

 相手が妖魔だったこともあり警察沙汰にはならなかったものの、烈は犠牲者の墓前で血の涙を流して復讐を誓い今や残された家族でさえもその所在は分からないと聞く。

 「おいおい、今年はよりにもよって死国戦だぜ。このままで大丈夫なのかよ?」

 「アタシに聞かないでよ。ヒトキリに殺されかけたくせに」

 「それを言うな。次は絶対に負けねえ」

 「だといいんだけどね~」

 祥雲に向けられたその表情には何とも言えない思いが込められていた。

 鈍感な祥雲はまったく気付かなかったが、琴音だけがそれに気付いていた。

 「まあ、元気そうだしアンタはちゃんと参戦できそうね」

 「おうよ。だから安心していいぞ」

 「死国戦までにはちゃんと仕上げてよね。死んだら承知しないから」

 「誰が死ぬかよ。てめえの心配でもしとけよ」

 「そんだけ軽口叩けるようなら本当に大丈夫そうね。心配して損しちゃった」

 「その、……ありがとな」 

 「えっ?」

 「わざわざ見舞いにきてくれて」

 視線を逸らして照れ臭そうに感謝の言葉を述べる祥雲。

 一瞬はきょとんとした千草だったが、その口元は直後に大きく緩んだ。

 「ねえ、もしもアタシに何かあったらその時は見舞いにきてくれる?」

 「考えとく」

 「そこは絶対行くって断言してほしいんだけど」

 「じゃあ、行けたら行く」

 「もうッ!」

 お望みの言葉を聞けなかった腹いせに祥雲の背中をバシッと叩く千草。

 「痛ぇな!」

 「じゃあね! バイバイ!」

 頬をふくらませた千草は不機嫌そうに帰って行った。

 「チッ、暴力女が……」

 「今のはどう見ても祥雲さんが悪いと思いますよ」

 「思ったことを口にしただけだ。それのどこが悪い」

 「女性にはもっと優しく接した方がいいかと」

 「今のままでも充分優しいだろ」

 「本気でそう思ってます?」

 「さあ、どうだろうな」

 祥雲は琴音が言おうとしている事を内心ではちゃんと理解していた。

 それを素直に口にできない不器用な性分。それは祥雲の悪い癖でもあった。

 ――偏屈なのは親父の遺伝だから仕方がない。

 心の中でそんな言い訳をして千草を怒って帰らせたことを正当化した。

 その結果、その日の夜は枕に顔を埋めたくなるぐらい後悔の念が残る後味の悪いものとなったのは言うまでもない。

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