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妖魔戦争

 ずっしりと重い祥雲の声色。予想だにしなかった提案を前に琴音はごくんと生唾を呑む。

 「それは……」

 「余計な事は考えるな。やるかやらないか……二つに一つだ」

 「……討ちたいです。できることならこの手で仇を!」

 己が非力だからこそ琴音は悔しそうに身体を震わせた。

 両親の仇を討てるのならばすぐにでも討ちたいがそれを成せるだけの力がない。

 そんな琴音の本心を見抜いた祥雲はようやく本題を口にした。


 「ならば俺の弟子になれ。お前に力を貸してやろう」


 そう言って手を差し伸ばす祥雲。

 応じること即ち合意。

 唐突過ぎる出来事に若干の戸惑いを見せた琴音だったが、覚悟を決めた琴音は契約成立とばかりに祥雲の手を両手で力強く握った。

 「よろしくお願いします!」

 「痛ててて。意気込むのはけっこうだが思ったよりも力強いな」

 「あっ……すいません」

 「三カ月だ。三カ月でお前を強くしてみせる」

 目的の為の期限を設ける。それ自体はおかしくない。

 ただ琴音が眉をひそめたのは三カ月という期間設定。

 そんな短期間で悪名高きヒトキリと戦って打ち勝つというのは現実的に考えて不可能としか思えない無謀なことだというのは今の未熟な自分でもわかる。

 思わずそれを口走りそうになったが琴音は首を左右に振って否定する。

 ――祥雲を信じる。

 自分に言い聞かすように心の中で強くそう念じた。

 「解せないという面持ちだな」

 「その……」

 「三カ月という期間には意味がある」

 「意味……ですか?」

 「仮にも神社に属する霊能者なら《妖魔戦争》という言葉ぐらいは聞いたことがあるだろう」

 そのことで琴音が知ってるのはまことしやかに囁かれる噂話程度のこと。

 九字護身である祥雲のような特殊な血筋でもない謂わば普通の霊能者である琴音がその詳細など知る由などなかった。

 「古の時代より人と妖魔の世界はコインの裏表だと言われてきた。普段は世界線……つまるところ次元が違うからお互いに干渉なんてできやしないが、〝(みそぎ)〟と呼ばれる期間中は例外で、一時的にではあるが境界線が不安定となりお互いの世界に行き来できるようになる。人が妖魔の世界に、妖魔が人の世界に……ってな具合にな」

 祥雲が口にしたもう一つの世界の存在。それは人が住む世界とは明らかに異なる起源を持っていた。しかしながらそれがどういったものであるかは憶測の域を出ない。なぜならその世界に足を踏み入れた者は例外なく神隠しに遭い、二度と元の世界に帰還することが叶わなかったからだ。


 死界、冥界、地獄、黄泉――その世界についての呼称はいくつもある。


 神話に出てくる悪魔や怪物の一部はその世界からやってきた妖魔だといわれており、太古の予言書などでは人と妖魔の世界の境界線が無くなるようなことになれば人の世は滅亡すると記されている。

 「世界各地にそういった場所はあるが、アジア圏なら日本がダントツだ。俺は過去に二つの妖魔戦争を経験し、そして今年の八月に予定されている《死国戦》に参戦するよう要請を受けている」

 難しい話はせずに要点のみを掻い摘んで説明する祥雲。琴音は修業期間が三カ月である理由を理解した。

 つまりは八月の妖魔戦争に参戦するということ。

 あまりにも唐突過ぎるがゆえに琴音にとってその話はどこか他人事のように思えてならなかった。祥雲は琴音の表情からそれを察しつつも説明責任とばかりに最後まで話を続ける。

 「帰巣本能なのかは知らんが妖魔は空間が不安定な場所に集まる習性がある。まるで街灯に集まる蛾のようにな。ここからは俺の推測も入るがヒトキリは十中八九、姿を見せるはずだ。なぜなら死国戦は数十年に一度の規模だからな」

 確証こそなかったが確信はしているとばかりにそう言い切る祥雲。

 当然それに足る根拠があった。


 業界での通称は《霊島・死国》。かつては《黄泉の国》と呼ばれていた時代もあった。

 一説では〝ヤマタノオロチ〟の時代より続く長い妖魔戦争の歴史においても、《魔都・京都》、《霊山・富士》に並ぶ《三大激戦地》の一つに数えられており、禊の該当地域に出現する〝巣穴〟と呼ばれる次元の裂け目から出現する妖魔の数と質は他の地域と比べて最大の規模を誇っていた。

 当然ながらそれを迎え撃つ霊能者も伝統的に精鋭揃い。九字護身はもちろん全国で名を馳せる霊能者が数多く参戦する天下分け目の戦い。

 必要以上に琴音を怯えさせても仕方がないと判断した祥雲は、敢えて知ってることの多くを伏せたままこの話を終えるつもりだった。

 「二条~、お前ってなかなか鬼畜野郎だな。ゲームでいうなら初心者がベリーハードで始めるようなもんだろ」

 「いきなり死国戦なんて災難ね。絶対死ぬわよ」

 そんな祥雲の思惑を邪魔するように鉄山と千草。

 これ以上余計なことを言わせまいと祥雲は牽制するように二人を睨みつけた。

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