祥雲の提案
草木の匂いがほんのりと香る四月の風。
ベッドの上で目を覚ました祥雲はぼんやりと外の景色を眺めていた。
冬眠から覚めたかのような気怠さ。それは自分の手を動かすことでさえ違和感を覚えるほどだった。
「あっ……」
ガチャッと扉が開かれた直後に驚きの声。琴音は瞳を潤ませ嬉しそうに言った。
「よかった……。意識が戻ったんですね」
「俺はどのぐらい寝てた?」
「今日で丸一週間です」
おぼつかない記憶。不完全燃焼のような後味の悪さ。
祥雲は一週間前ことを思い出そうと目を瞑るも悪い意味で〝何かあった〟という抽象的な感覚しか思い出せずにいた。
琴音はそんな祥雲の前で中腰になると、そっと額に手を置いた。
「熱も下がったみたいですし、もう大丈夫そうですね」
「大丈夫そうって何がだ?」
「二日前まで祥雲は高熱を出して生死の境を彷徨ってたんですよ。胡達さんがいなければ今頃は危なかったかもしれません」
「胡達……ああ、そうか。なんとなく思い出してきた……」
断片的な記憶がパズルのピースのように揃い始めて蘇ってきた記憶。
ヒトキリと戦って死にかけたという事実。
それは妖魔相手に負け知らずな祥雲にとって受け入れがたいものだった。
「あの、ごめんなさい。私さえいなければ祥雲が危険な目に遭う事も無かった」
深々と頭を下げた琴音はボロボロと泣き出した。
――自らを殺しかねない自責の念。
そんな琴音を見ていると祥雲の方が心配になった。
祥雲は琴音の頭の上に優しく手を置くと、落ち着かせるように言った。
「両親の仇を討てなくてすまなかったな」
「いえ、そんな……」
「嫌でなければ教えてくれないか。俺と出会う前にあったことを」
それが琴音のトラウマに触れることだというのは重々承知していた。
しかし触れなければいつまで経っても心の溝は埋まらない。これ以上宙に浮いた関係を続けるのには無理があると思ったからこそ祥雲はベッドから身体を起こすなりそう切り出した。
「……わかりました」
少し間を置いて返ってきた返事。それは琴音自身も理解している様子だった。
覚悟を決めるように少しの間沈黙した琴音はようやくその重い口を開ける。
「ご存じの通り私の両親はヒトキリの手にかかり殺されました。父が庇ってくれなければ私もその時殺されていたでしょう。なにもかもがあまりにも唐突すぎて当時のことはほとんど覚えていませんが、両親の葬式を終えて父の遺品を整理している時に偶然日記を見つけたんです。それで私の両親の望みを知りました」
できれば思い出したくない記憶。その言葉はどこかたどたどしいものだった。
「……今にして思えば私のやり方はいささか強引でした。祥雲の意思を無視して私は死んだ両親の希望を優先したのです。間違っていたのは私、祥雲は何も悪くありません」
「そうやって自分を追い詰めるのは悪い癖だな」
「私は本来とっくに死んでいてもおかしくなかった身ですから」
祥雲のフォローを否定するように意味深な言葉。
その言葉の真意を推し量れるわけもなく祥雲は答えを求めるように聞いた。
「もっと前に……? どうゆうことだ?」
「いえ、その……」
今のは失言だったとばかりに琴音は視線を逸らす。
内心では気になりつつも琴音の様子から無理に聞き出す必要はないと判断した祥雲が話題を変えようとした時に琴音は観念するように言った。
「十五年前に私の神社が妖魔に襲われた時、家が半壊して私は運悪く瓦礫に挟まれて生死の境を彷徨いました。いつ死んでもおかしくないような状態。仮に死なずに済んだとしても重度の後遺症が残ると両親は医師から告げられたそうです。それを知った祥雲のお父様は日本一腕の良い薬師を見繕って私をもとの身体に戻してくれたそうです」
それが琴音と二条家との直接的な関わりの始まり――。
婚約話を反故にされたところで琴音は二条家を恨んだりはしていなかった。
己のすべてを捧げたとしても到底返しきれないほどの大恩。祥雲を含め二条家がそのことについて見返りを求めていないことには気付いていたが、だからといって簡単に割り切れるほど琴音は器用ではない。
――なにか自分にできることがあれば。
そういった思いから受け入れられるのならば祥雲の傍にいると決めた。
「ずいぶんとまあ波乱万丈な人生を歩んできたようだな」
祥雲から見れば歪な琴音の生き様。
最初は琴音の親が洗脳まがいな事をしているのではないかと疑ったが実際は違った。
琴音は最初から自分の意思で行動していたのだ。複雑な事情があったことを知らなかったとはいえ琴音を思い頭ごなしに非難してしまったのは事実。祥雲はそのことに深い罪悪感を抱いた。
「お前にそんな事情があったとは知らずに好き放題言ってすまなかった」
「いえ、事情を話さなかった私がいけないのです」
「こんな時ぐらい俺を責めてもいいんだぞ?」
「自分に非があるのにそれを棚上げなんてしたくありません」
「そんな考えじゃ疲れないか?」
「誰がなんと言おうがこれが私ですから」
「そうか……。ならばこれ以上は何も言うまい」
それが琴音の本心であるかどうかなど祥雲にはわからない。
実際にどうであれ琴音はそれでいいと言ったのだ。
今の祥雲にできることはその言葉を尊重してやることぐらいだった。
「話は変わるが、今後はどうしたいんだ?」
「……自分でもよくわかりません」
「年齢的に高校生だよな?」
「はい。でも学校は休学しています。本当は辞めて働くつもりだったんですけど、担任の先生とか校長先生に止められちゃって……」
「そりゃ高校は出ておいた方がいいからな。いつまで休学するつもりなんだ?」
「わかりません。もう戻らないかも」
「それなら一つ提案があるんだが……乗ってみないか?」
唐突な提案の中身が読めない琴音は警戒するように祥雲を見つめる。
祥雲自身はそれを言うべきかどうか直前まで悩んでいた。
それが後に一人の少女の運命を大き変える事だと知りながら口走ってしまった。今取り消せばそれをなかったことにできると思いつつも、最終的な判断は本人に委ねると決めた。
「お前の手で両親の仇を討ちたくないか……?」




