最強と最恐
熾烈な戦いを繰り広げる三者が一斉に後ろに跳ぶほどの視線。その場に居合わせた誰もが示し合わせたように鳥居の上を見上げる。
「あいつは……まさか……」
普段は飄々した態度の鉄山が狼狽えるほどの存在。月夜を背後にすべてを見下ろしていたのは狂気を孕む黄色い瞳をもつ銀髪の女。
自身の背丈以上の斬馬刀を肩に担いだ女は真打登場とばかりに鳥居の上から飛び降りた。
「叢雲橘花……」
それは九字護身〝闘〟の字を受け持つ叢雲家当主にして若手九字護身の筆頭格。
本来ならば全員が参加して然るべき九字護身の会合においては唯一不参加を貫き、事実上それが黙認されているという九字護身の異端児。その名を聞けば誰もが良い顔をしないというのが叢雲橘花の人物評だった。
『さすがに分が悪いな……』
さらなる九字護身が現れたことでヒトキリはそう呟く。
「逃がすか!」
『フッ、そう急くな。機会があれば再び相見える日が来よう』
鉄山が阻止しようと試みるもヒトキリは霧散するように消えた。
戦いが終わったことで静寂に包まれる場の空気。
そんな中で一人歩みを止めない橘花は琴音の前に迫った。
「お前がいなければ二条祥雲が敗れることもなかった。死ね」
感情なくそう言い捨てた橘花は斬馬刀を振り上げる。
咄嗟のことに唖然とする一同。
そんな周囲の反応などお構いなしに橘花は斬馬刀を振り下ろそうとした。
「よせッ!」
橘花の手首を掴んで離さない祥雲。
そんな祥雲に対して橘花は抗議するような眼差しを向ける。
「なんのつもりだ?」
「それはこっちのセリフだ。殺人など正気か?」
「この女はそれだけのことをした。後顧の憂いは絶つまで」
祥雲の手を振り払うなり今度は斬馬刀の剣先を祥雲に向ける橘花。
重量級の武器を扱ってるにもかかわらずそれを感じさせない立ち振る舞い。
満身創痍の祥雲が戦って勝てるような相手ではなかった。
「おっと、そこまでだ」
「これ以上続けるというのならば三対一で戦うことになるわよ」
まさに一色触発。橘花と対峙する三人の九字護身の目は敵を見る目そのものだった。
「……興醒めだな」
僅かな睨み合いの末、根負けとばかりに斬馬刀を肩に担ぐ橘花。
最後に横目で祥雲を睨んだ橘花はそのまま何事もなかったかのように去って行った。
「あの女はイカれてる。なんであんな奴が当主なんかに……」
「叢雲家といえば徹底した実力主義だからね。久々に見たけどさらに強くなってた。あの感じだとまともに相手できるのはもう役の爺様ぐらいしかいないでしょうね」
「それはそうと前から思ってたんだが、なんで奴は二条に執着するんだ?」
「アタシに聞かないでよ。本人がいるんだから直接聞けば?」
思い出したとばかりに祥雲を見る鉄山と千草。祥雲はそんな二人に対して不満げな表情を向けていた。
「いちおう俺は怪我人なんだがな」
「へえ~、鋼鉄のような防御力を誇るお前が怪我なんてするんだな」
冷やかすように軽口を叩く鉄山。
不謹慎とばかりに鉄山の足を踏んだ千草は腰のポーチから何かを取り出た。
「アタシの一族に伝わる秘伝の塗り薬。それだけひどいと気休め程度にしかならないだろうけど……」
「すまん助かる。痛みは霊力で耐えられるが現状できるのはそれだけだからな」
「かかりつけの薬師とかは?」
「そうゆうのは分家の人間に聞かないとなんとも……」
「はあ~?」
「お前だって知ってるだろ。二条家は薬師いらずなんだよ」
代々図抜けた霊力を持つ肉体強化型の当主を輩出する二条家にとって戦闘における怪我などというものはほぼほぼ無縁なものだった。ゆえに祥雲が重傷を負うといった事態は想定外以外の何者でもない。故にそれに対する備えなんてものはしていなかった。
「はぁ……呆れた」
「すまんが知り合いの薬師を紹介してくれないか」
「いいけど……高いわよ?」
「腕が確かなら金に糸目は付けない」
祥雲の言葉に頷き携帯電話を取り出した千草。不意に千草が携帯電話を落としたのはただならぬ〝何か〟を感じとったからに他ならない。
「なっ……」
誰かが近付いてくる気配。その場に居合わせた誰もが直感的にそれを感じた。
「おい、この気配はヤバいんじゃないか……」
「静かに……」
鉄山の中ですでに答えが出ていたが、あえて黙らせる千草。
できれば違ってほしいという千草の願いも虚しく、その人物はゆっくりとした足取りで姿を現した。
「あらあら、みなさんお揃いで。ごきげんよう~」
ずいぶんと間延びした喋り方。喪服を思わせる黒を基調とした和服に身を包んだ妙齢の美女は特に理由もなく微笑を浮かべる。
「胡達さん……」
できることならば会いたくなかった人物。胡達を視認するなり苦手な先輩に絡まれた後輩のような余所余所しい態度をとる面々。
鉄山と千草はタイミングを合わせるようにして祥雲を見た。
「よかったな。優秀な薬師が来たぞ。そーゆうわけでそろそろ帰るわ」
「これ以上の長居は無用っぽいからアタシも帰るわね」
「おい待て!」
本妻に浮気現場を押さえられた愛人のようにそそくさと退散する二人。
その場に残されたのは祥雲と胡達、そして事情を知らない琴音だけとなった。
「あらあら、祥雲君。その腕の怪我……」
「軽傷ですので大丈夫です。俺のことは気になさらず」
「そうはいきません。私は薬師ですから怪我人は見過ごせません」
「ちょっ、待っ……」
満面の笑みで近付いてくる胡達。祥雲から見てその姿はさながら死神のようだった。
「あっ……」
足元の小さな出っ張りに躓いた胡達は祥雲に覆い被さるように倒れる。
「ちょっ!?」
胡達の豊満な胸が情け容赦なく祥雲を押し倒す。
地面に後頭部を強打した祥雲の視界は昇天するように真っ白に包まれた。




