星海のペスカトーレ(3)
ホッカイ・ユニオン 第18コロニー
---通称:イチバ・コロニー
たった一機の宇宙漁船が巨大な宇宙クロマグロを牽引して現れた時、イチバはかつて無いほどに騒然とした。
銀白のブレード・シルエット。その漁船に積まれた武装はドリルアンカーとワイヤーブレードのみ。
機体の側面に刻まれた船名は......
《S,B,エルメテウス》
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入 金 済
常に感謝
宇宙クロマグロ 状態:良 x1
60,000,000ct
[漁法ボーナス "イポン釣り" 倍率 3x]
[追加懸賞金 4,000,000ct]
[タックス オトクイサマ・サービス]
支払い合計:124,000,000ct
ア リ ガ ト ネ !
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ここはイチバ・コロニー内の高級酒場「イッカク・マネキン」
落ち着いたソーラン・クラシックが流れるアダルティックな雰囲気の店内に、明らかに浮いたワイルドな銀髪の少女が一人。
《S,B,エルメテウス》の船長エルメテ・コーデリオは、電子通帳に表示された莫大な金額を眺めて満足そうに頷く。
「くはーーっ!これでブレードワイヤーの分は取り戻せたぜェ」
エルメテが飲んでいるのはノンアルコールの無変異オーガニックフルーツ・ジュースだ。価格は一杯2000ct。一般労働者のディナー平均額の1.5倍に相当する。
ここ数年間で、変異していないオーガニック農作物の値段は倍近くにまで跳ね上がった。
その原因は宇宙魚介物のフンにある。フンに含まれる魚介ダークマターは農作物の遺伝子を無造作に変異させてしまうのだ。変異には稀に良性のものも存在するが、実際大半は悪性のものだ。--現在、下級労働者向けのスーパー・マーケットは見た目も味も落ちた変異農作物で溢れかえっている。
オーガニック・フルーツジュースを飲み干したエルメテの隣の席に大男が座り込んだ。エルメテは、彼の顔を見て露骨に嫌そうな表情をする。
「おいおい、イポン釣りボーナスが"たったの"3倍だなんてぇ、割に合わなくないかぁ?」
エルメテを抱き抱えるような体勢で電子通帳を覗き見し始めた大男の正体はランドヴィルだ。彼は完全に泥酔しているようだ。
「割りに合わないのはヒャクモ=ショウチだ。でも俺はこの漁法を止めるつもりはねェぜ」
銀髪の少女はランドヴィルの身体を押しのけて睨み付ける。その双眼は、まるで飢えたデモニック・エイリアンのように鋭く威圧的だ。
しかし、ハイになっているからか、ランドヴィルはそれを意に介さずバッド・フザケを続ける。これは流石にシツレイだ。BOOOOO!
「イポン釣りも最高だけどよぉ、他の漁法も取り入れた方がもーっと効率良く稼げるんじゃねえのかぁって......例えば......"ミサイルとか"」
ブツンッ!!
BOOOOOM!!!
瞬間、両者の身体が弾け飛んだッ!
一体何が起きたというのか。周囲の一般客はそれを理解出来ず、未知への恐怖で悲鳴と失禁の連鎖が始まる!ジーザァス!!地獄絵図だ!!
「へぇ、二人ともまた腕を上げたね」
ゴージャスな席に座り、宇宙シャケのワギリ・オツクリを優雅に素手でつまむハイデン女史は、たった今発生した音速近接格闘を完全に把握していた。
まず第一に、エルメテがランドヴィルの席をキックで粉砕。続けて右腕を軸に恐るべき握力を持って身体を高速回転。宙に浮かび上がりながら渾身の回し蹴りを放つッ!!
これをランドヴィルは的確に右腕でガード。瞬時に体勢を立て直し、空中で高速回転するエルメテを狙い、ギロチン・ヒダリテ・チョップを放つ!
閃光!
二つのダイヤモンド・カッターが鍔迫り合いを引き起こし、両者が弾け飛んだ---アイウチか?!
否!断じて否!!
一流の宇宙漁師のバトルにアイウチなど存在しない!!
「!!」
突如、ランドヴィルの視界からエルメテが消失し-----
次の瞬間、背後上方から現れたリーパー・ガールがその両足でランドヴィルの頭をマンリキめいて締め上げていたのだ!
一体何が起きたのか、あなたは既に気付いているかもしれない。
そう、エルメテは弾かれる際の力を利用し、アイキ・ムーブでランドヴィルの背後に......瞬間移動したのだ!
《クゥゥゥレェイジィィィ!!!》
エルメテはランドヴィルの頭を軸に空中高速回転!
おお!
刮目せよ!
あれこそは!
コーデリオ流格闘術第四奥義ッ!!
《サイクロン・クゥレェェタァッ!!!》
◆
クレイジー・サイクロン・クレーター......宇宙最恐の女海賊フェルキア・コーデリオの編み出した処刑奥義。
今回、この技について解説してくれるのは"キラーフェイス"の二つ名で御馴染みのナイスガイ。
プラチナクラス宇宙漁師にしてエルダー・サイキッカーの《ラムザ=フォルク》だ。
(*万雷の拍手で迎えられるラムザ氏*)
ラムザ氏は眩い金色の瞳を輝かせながら早速技の解説を始めてくれた。
『まず飛び上がり、空中で敵の頭を完全にロックする。頭部への衝撃で平衡感覚を殺すのさ』
ラムザ氏は筆者が手渡した人形でそれを再現しようと試みるが、興奮のあまり握り潰し、粒子レベルで分解してしまう。
『いやぁ失礼、この技を話す時はいつも興奮してしまうんだ。何せボクが唯一敗北した---フェルキアの"処刑奥義"なんだからね』
そう語るラムザ氏の表情はとても晴れやかだが、黄金の瞳の奥には確かな闘志が燃えているように見える。
『解説を続けよう。頭部をロックした後だが---身体を捻り、空中でコマのように高速回転する。......いや、聞き間違えじゃないさ。"空中に留まり、自力でコマのように高速回転する"って事さ。』
『そして---"デス・カザグルマ"が始まる。』
◆
ド ワ オ ! !
高級酒場に暴風が吹き荒れている。
この暴風の中心に居るのはティアマットでもニンジャでもない。
---宇 宙 漁 師 だ ! !
空中で高速回転するデス・カザグルマ。その軸はエルメテ、その羽はランドヴィル!
その高度は下がるどころかむしろ上昇しており、ついに酒場の床からランドヴィルの足が離れる!オソロシヤ!
「オラァッ!!」
100回転目のタイミングでエルメテはランドヴィルを......叩きつける!
「グォオオオオ!!!」
しかし暴風は治らない!なんてことだ!エルメテは依然滞空!
《再高速回転!》
10回転毎に宇宙大理石の床に...
「オラァッ!!」
「グォオオオオ!!!」
叩きつける!
「オラァッ!!」
「グォオオオオ!!!」
叩きつける!!
「オラァッ!!」
「グォオオオオ!!!」
叩きつけるッ!!!
宇宙大理石の床はランドヴィルが叩きつけられる度にヘコみ、人型のクレーターが彫り込まれていく!
そう、これこそが「クレイジー・サイクロン・クレーター」の由来なのだ!アンビリーバヴォォ......!
エルメテは、最早ボロゾーキン状態になったランドヴィルをトドメとばかりに蹴り飛ばした。
「チッ.....全然酔ってねェじゃねーか
!また安い挑発に乗っちまったぜ」
圧倒的な勝利を見せつけたエルメテ。しかしその表情は曇っていた。
「ハハッ!こうでも言わなきゃ手合わせしてくれねぇだろ!船長!」
対して、平然と立ち上がったランドヴィルの表情はホビーボックスを買って貰った子供のような笑顔だ。衣服はボロゾーキンだが、その肉体には傷一つ付いていない。
それもそのはず。ランドヴィルは床に叩きつけられる度にウケミ・アーツを発動する事で物理ブロッキング現象を引き起こし、ダメージを99%以上カットしていた。
ランドヴィルは宇宙漁師でありながら宇宙空手流派"ジュードー流"のエルダー(師範)でもあったのだ。
「だがなランディー、その冗談は禁止だ。次に"ミサイル漁"がどうとか言ったら解雇するからな」
ミサイル漁とは、大型宇宙魚介類や群れに対して廉価な小型ニュクリア・ミサイルによる爆撃を行う極めて"一般的"な漁法だ。
この方法の最大のメリットは技術を必要とせず誰にでも可能な点だ。
費用対効果を考えると小型ニュクリア・ミサイルの1本500,000ctに対してミサイルで仕留められる大型宇宙魚介類の取引価格は1,000,000ctから。ミサイルを外すリスクを考えれば決して高くは無い。
しかし、この漁法のボーナスは"2倍"である。
ミサイルの製造元であるウェポンディーラー《オータムソード・エレクトロニクス》と魚介イチバギルド《トヨス》は、宇宙漁師ドリームを信じる新人漁業者に対しミサイルの購入を奨励するという点で経済的ウィンウィン関係にあるのだ。そのために高い漁法ボーナスを掛ける事が可能であり、今や最も"一般的"な漁法になってしまった。
賢明なアナタにニュクリア・ミサイル漁のデメリットについて詳しく説明する必要は無いだろう。
しかし、何も知らない下級労働者達は今日もミサイル漁によってミズアゲされた宇宙魚介類を口に運んでいる。
「エルメテ様、お迎えに上がり......何ですこれ?」
滅茶苦茶になった高級酒場に現れたのは背の低いアンドロイド・メイドだ。彼女はエルメテから"ヴォイドシーカーX"(VSX)という冒涜的かつ威圧的な名を授かっているが、採用されている性格パッケージは至って温厚かつ従順な家庭用メイドである。
VSXは、荒れ果てた高級酒場の様子を見て溜息の音声データを再生する。
「いつもの事よ、VSX。それより例の件はどうなったのかしら?」
ハイデン女史の言葉に、エルメテはハッと我に返った。
「そうだッ!!どうなったんだVSX!!」
「えーっと、*書類データを参照中*」
『S,B,エルメテウス船長エルメテ・コーデリオ及びに同漁船乗組員に"シルバークラス"宇宙漁師の称号を授与す----』
『緊急警報発令。コードK。繰り返す。コードK
--宇宙クラーケンが本コロニーに接近中』
<つづく>