星海のペスカトーレ(1)
1 プロローグ
「 宇 宙 ク ロ マ グ ロ だ ! 逃 げ ろ !」
移動スペースコロニー「アンモナイト・スイセイ」の操舵室では、大音量アラート音声が響き渡っていた。
「冗談じゃねえよ!今日は厄日だぜぇ!」
ジョン・バンダー20歳。
つい先程宇宙スズメバチに刺されたばかりの、サクランボ・ボムのように膨れた頬が痛ましいこの男は、二日酔いで倒れた親父の代わりに全コロニー民の命が掛かった舵を握っていた。
勿論彼にそんな権限はなかったし、操舵経験などある訳がない。
彼の額には冷や汗が浮き上がり、目には涙が浮かんでいた。それもそのはずだ。
宇宙クロマグロはとにかくヤバイ奴だ。 戦艦並みにデカイし、凄まじく速い。
体当たりで幾つものコロニーを滅ぼしてきた宇宙の悪魔だ。いち速く宇宙クロマグロの予測移動ルートの範囲外に移動しなければ、このコロニーも宇宙の藻屑と化してしまう。.....300万人の命と共に。
現在位置が移動ルート範囲内である事を示すアラート音声は未だ鳴り止まない。
......ガッデェム。既に宇宙クロマグロの周辺通過予測時間まで残り15秒を切っていた。
ジョンは死を覚悟した。
もう間に合わない。寝よう。なぜ現実はかくも非常なのか。全て宇宙スズメバチのせいだ。頬が痛い。頰が取れたら痛みも取れるのに。いやその前にもう一度宇宙シャケ・フレークが食べたかった。あと死んだら異世界転生ハーレ-----
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[通信を受信しました]
『くははははァーーーー!!!!』
-----KRAAAAASSHH!!!
「ワッザ!?」
突然繋がれた通信、笑い声、轟音。
解凍された宇宙クラーケンのように飛び起きたジョンの頭の中は、掻き乱されたレインボー茶碗蒸しのように混沌としていた。
「一体何が......!!??」
ジーザァァス。モニターに映し出されていたのは驚くべき光景だった。
--宇宙クロマグロの横っ腹に、前時代的な意匠の巨大有線アンカーが突き刺さっていたのだ。
宇宙クロマグロは悶え苦しみ、予測されていた進路から大きく外れていく。
そしてジョンは確かに聞いた。
『くはーーー!!!操縦士よ、後はこのエルメテ様に任せなァ!!---』
----モニターに映る「危険回避!よかったね!」の文字を見たジョンは、安らかな表情のまま、静かに意識を失った。